【五十一丁目】「妾はー、天照大神ー」
「よう…やく…着いたぁぁぁぁ…」
もっとも、他の周囲の山に比べたら…の話である。
本格的な装備が無ければ登れない山ではないが、ハイキング気分で登山すれば、ほぼ後悔する程度には険峻だ。
多分、登山の初心者ならうってつけのレベルの山だろう。
で、その初心者である僕…
元々体力がある訳でも、運動神経が良い方でもない。
何の心の準備も無しに、いきなり登山に挑戦などという無茶ぶりに耐えられる
「大袈裟だな、こんな程度で」
そう言いながら、軽やかに山道を滑走していくのは“
彼女は持参したローラーブレードを履き、自らの妖力【
うう…仕方ないとはいえ、何かズルイ!
「君、体力なさ過ぎ。“
古い話を持ち出してきたのは“
彼女は僕と同じ徒歩だが、何せ山奥育ちである。
そもそも、道を歩くというより、木々を跳び渡って行く方を好んでいた。
「大丈夫ですか、十乃殿」
そう気遣ってくれたのは、麓で出会ったばかりの“
今回、謎の神霊出現による第二調査隊編成に際し、眷族を率いて護衛役を引き受けてくれた天狗の頭領である。
彼女は腕に“
彼女の周囲では、同じ黒鎧姿に
いずれも精鋭ぞろいという事で、本当に心強い限りだ。
「だい…じょう…ぶ…です」
呼吸を整えながら、僕はそう答えた。
周りが女性ばかりという事もあり、こうした場面であまり弱音を吐きたくない強がりもあった。
「だから、あたしが背負ってやるって言ったのに」
そう言ったのは“
こうなる展開を予想していた訳ではないだろうが、彼女はグルメ決定戦の時同様、スケートボードを持参していた。
そして、妖力【
…お願いだから、山火事だけには注意して欲しい。
「それはさすがに…」
その姿を想像して苦笑する。
行きのバイクでも彼女にしがみついて、エライ目に遭ったし、ここは我慢である。
「みえてきましたね」
沙槻さんが、秋羽さんに抱えられながら、前方に視線を送る。
息切れに俯いていた僕は、顔を上げた。
目の前に古い鳥居がある。
石ではなく、木製の鳥居だ。
かなりの年月を経ているのか、元々は赤く塗られていたであろう外皮もくすんでおり、辛うじて往年の色彩を判別できる程度だった。
今にも崩れ落ちそうなその鳥居の奥に、今回出現した神霊が居る筈なのだ。
鳥居の前に全員が集う。
誰もが無言だった。
「…居やがるな。間違いなく」
「ああ…こいつは、とんでもねぇ」
間車さんの呟きに、妃道さんが息を呑む。
見れば。
僕以外の全員が、青ざめた表情をしていた。
普通の人間である僕には感知できないが、恐らくここに居る全員が、神霊の発する気配みたいなものを感じ取っているのだろう。
「もう一度、手順を確認します」
秋羽さんが全員を見回した。
「まず、交渉役は十乃殿と巫女(沙槻)殿にお任せします。相手は我々の認識を超越した神霊である可能性が高いので、決して結果を急がず、無理はしないよう。駄目だと思ったら、即時離脱を優先してください」
「わ、分かりました」
「はい」
「間車殿と妃道殿は、我々の中では最も機動力が高い。万が一の時は、このお二方を速やかに安全圏へ運んでいただきたい」
「おう、任せな!」
「あいよ」
「
「了解」
「私は部下達と共に皆さんの援護に回ります。部下達には、いざという時はその身を盾にしてでも皆さんを守る様に厳命しておりますので、ご安心を」
その一言に、二十人程の天狗衆が一斉に片膝をついて応える。
よく統率がとれた動きだった。
「今回顕現した神霊級…『NG《エヌジー》』は、あの鳥居の先にある神社に居ると思われます」
全員の視線が、鳥居の奥に向けられる。
そこは木が生い茂っており、見通す事は出来なかった。
自然と生唾がこみ上げ、それを飲み込む。
今まで、何度も妖怪と接してきた僕だが、神様と呼ばれる存在と交渉するのは初めてである。
果たして、今までの経験が役に立つのだろうか?
「では、参りましょう…むっ!?」
「…お館様!」
不意に、天狗衆の一人が鋭い声を上げた。
秋羽さんも、腰の剣に手を掛け、周囲を見回す。
「囲まれたか…全員、防御陣形!」
秋羽さんの一言で、天狗衆が円陣を組み、僕達を守る様に展開した。
「か、囲まれたって…相手は一人じゃないんですか?」
「そのようですが…これは『えぬじい』ではありません。べつのなにかです」
息を呑む僕に、沙槻さんが
間車さんが、被っているキャップのつばを押さえつつ笑った。
「こいつは妖気だな…へえ、神様以外に妖怪も居るのか。面白ぇじゃん」
「ま、肩慣らしにはちょうどいいな」
妃道さんのスケートボードが炎を上げる。
二人とも既に臨戦態勢だ。
「…来る」
摩矢さんの呟きとともに。
周囲の森の中から、それが現れた。
その姿を見て、秋羽さんが驚愕する。
「…お前達は!?」
森の中から現れたのは、黒装束の男達だった。
その数、実に三十人程。
そして、揃いも揃って、木葉天狗衆と同じ黒鎧を身に付けている。
どうやら、同じ天狗衆のメンバーの様だが…
「無事だったのか、お前達!」
「心配したぞ!」
天狗衆の面々が、安堵したように構えを解こうとする。
「構えを解くな、馬鹿者!」
その瞬間、秋羽さんの怒号が飛び、天狗衆は再び円陣を組んだ。
僕は恐る恐る尋ねた。
「あ、秋羽さん、彼らは…?」
「…先の調査隊に参加した、私の部下達です。ですが、これは…」
「ええ」
秋羽さんの言葉を、沙槻さんが固い声で引き継いだ。
「いきてはいるようですが…なにかにつかれています」
見れば。
僕達を包囲する天狗衆の目は、どれも皆虚ろだった。
「お館様…!」
「うろたえるな。可能な限り無力化に努めろ」
「ハッ!」
天狗衆がそう答えると同時に、天狗衆(紛らわしいので「敵天狗衆」とする)が襲い掛かって来た…!
すかさず、秋羽さんが指示を出す。
「全員、防御陣形を維持しつつ降神町役場の方々を死守せよ!」
「気持ちは有難いけど…」
「こちとらそんなタマじゃないんでね!」
そう言うや否や、間車さんと妃道さんが疾走し始める。
蒼い陽炎と紅蓮の炎が、襲い掛かって来た敵天狗衆数人を弾き飛ばした。
呆気にとられる秋羽さんにウインクし、二人は更なる疾走に移る。
「オラオラ!あたしの前にいる奴ぁ、まとめて
ローラーブレードで疾走しながら蒼い陽炎をまといつつ跳躍し、凄まじい飛び蹴りで敵天狗衆を蹴散らす間車さん。
操られているとはいえ、精鋭部隊を相手に【千輪走破】で互角以上の戦いを繰り広げている。
「いきな!【炎情軌道】!」
一方では、妃道さんの駆るスケートボードの後輪から放たれた炎の
操られていても痛覚はあるのか、命中した敵天狗衆は、七転八倒しながら気絶した。
「悪いが、多少火傷するのは勘弁しなよ…ほら、もう一丁!」
炎弾で、続けて二人の敵天狗衆が倒された。
ふ、二人ともイキイキしてるな。
「かぜのかみしなつひこのみことしなつひめのみこと」
沙槻さんの大幣が一閃されると、不可視の力場が生じる。
大風となった力場は、襲い掛かって来た敵天狗衆を一瞬で吹き飛ばした。
まとめて木や地面に叩きつけられ、動かなくなる敵天狗衆。
さすがは最強クラスの退魔師“
こういう戦いの場には馴れてる感がある。
「…ああっ!すみません!すみません!い、いたかったですよね…?」
昏倒した相手へ申し訳なさそうに、いちいち頭を下げる沙槻さん。
前言撤回。
やっぱり、どこか危なっかしいな、この娘。
「!…沙槻さん、後ろ!」
沙槻さんの背後から襲い掛かろうとする敵天狗衆の姿を認め、僕は思わずそう叫んだ。
その直後。
一発の銃声が響き、その敵天狗衆は仰向けになって倒れた。
そして、痺れたように痙攣し始める。
「油断大敵」
「まやさま…ありがとうございます」
「ん。どんまい」
猟銃を構えた摩矢さんが親指を立てる。
そして、猟銃を右肩に担いだかと思うと、そのまま引金を引いた。
彼女の背後に居た敵天狗衆が、仰け反って崩れ落ちる。
見もせずに相手を狙撃するとは…さすが、摩矢さんだ。
「見事…!」
間車さん達の活躍を目にし、秋羽さんが感心した様に呟いた。
地方都市の役場職員とはいえ、間車さん達は数々の荒事をくぐり抜けてきた実績がある。
しかし、国の機関の精鋭部隊を相手に、互角以上に渡り合うとは僕も正直驚いた。
「そりゃあああっ!」
間車さんの飛び蹴りを受け、最後の敵天狗衆が倒れる。
それで戦いは終了し、僕達は一息を吐いた。
「お疲れ様でした、皆さん」
「おう!いい汗かいたぜ」
労いの言葉を掛けると、間車さんが風呂上がりのオヤジっぽい台詞を吐く。
「間車」
「あん?何だ、妃道」
「勝負するか?」
不敵に笑う妃道さんの言葉に、間車さんがニヤリと笑う。
「いいぜ。せーの…」
二人が同時に指を七つ立てる。
「ちぇっ、同点かよ!」
「倒した時間なら、あたしの方が早かったけどな」
そう言いながら不敵に笑う妃道さんに、間車さんが噛みついた。
「ウソつけ!あたしの方が早かったろうが!」
「へー、じゃあ何分何秒よ?」
相手を倒した時間で、小学生レベルの言い合いを始める二人。
…もう、放っておこう。
「喝!」
一方、秋羽さんと沙槻さんは、気を失った敵天狗衆の一人に気合を入れ、目を覚まそうとしていた。
倒されていた敵天狗衆は、呻き声を上げ、意識を取り戻す。
「こ、ここは…」
「大丈夫か?」
「ハッ…お、お館様!?何故ここに!?それに…わ、私は一体…!?」
「正気に戻ったようだな。お前…いや、お前達は何者かに憑かれていたのだ」
茫然となる敵天狗衆に、秋羽さんが質問する。
「一体何があった?覚えている限りのことを話せ」
その台詞に、敵天狗衆はハッとなって秋羽さんを見た。
「なりませぬ!」
「何?」
「なりませぬ、お館様!そして、皆も!一刻も早くここから撤退を…!」
必死の表情でそう訴えかける敵天狗衆。
「落ち着け。何故だ?何故、我らがここから去らねばならぬ?」
「そ、それは…!」
その時だった。
パンパンと拍手が響く。
「へー、スゴイスゴーイ。やるじゃーん、
軽い口調の女性の声が周囲に響く。
その瞬間、まるで雷に打たれた様に、敵天狗衆がビクンと体を震わせた。
全員が声の方を振り向く。
その先に、鳥居の上に腰掛ける一人の女性が居た。
年の頃は十代後半くらいか。
まるで、昔話に出てくる天女の様な衣装を着ている。
だが、薄く化粧をした顔やお洒落に盛った茶髪から、女子高生ギャルにしか見えない。
「あ、ああ…もう、打つ手がない…」
うわ言の様にそう呟く敵天狗衆。
その言葉は。
確か、消息不明になった第一調査隊が残した、最後のメッセージだったではなかったか。
「この妖気…間違い無い」
秋羽さんが唇を噛む。
「彼女が『NG』だ…!」
硬直する一同に、美女が微笑んだ。
「皆、
「生憎の天気」…?
僕は空を見上げた。
今日の天気は快晴である。
雨の予報も無い。
何だ?
彼女は何を言ってるんだ…?
「あ、貴女は…一体」
思わず僕がそう尋ねると、不思議そうに美女は首を傾げた。
「えー?
そのまま、再び笑う。
「妾はー“
「「「なっ!?」」」
驚愕のあまり、全員が二の句が継げない。
あ、天照大神だって!?
日本神話の最高神!?
このギャルJKが…!?
「惑わされてはなりませぬ…!」
それに、敵天狗衆が警戒の声を上げる。
「こ奴は“天照大神”ではありませぬ!妖怪神“
「あは、バレちゃった」
美女は微笑んだままだった。
ただし。
今度の笑いには、明らかな悪意があった。
「妾ー、
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