第六章 ともに手をとりて ~磯撫で・牛鬼・影鰐ときどき精螻蛄、そして“戦斎女”~
【三十八丁目】「なるわけないでしょおがッ!!!!!!」
「みんな、見えてきたぞ!」
ハンドルを握る妖怪“
その声を聞きつけ、車窓に注目する一同。
車窓の外には蒼い色彩が広がっていた。
抜けるような青空と、日を反射してキラキラ光る海。
湾岸通りを走る僕らのバスから、一斉に歓声が上がる。
「ホントだ!キレイだなぁ」
「おー、絶景だな」
「ちょっと!目の前を飛ばないでくださいまし!何も見えませんでしょう!」
無邪気にはしゃぐ赤毛の少年…“
寝そべったまま、車窓と平行に飛んでいるイケメン…“
その飛叢さんに声を上げる和服美人…“
お馴染みの妖怪トリオが、三者三様の反応を見せた。
他に同乗している
「ちょっとぉ!ちゃんと私の歌を聞きなさいよ!いま、いいところなんだから!」
カラオケマイクを手にしていたネコミミの美少女…“
「…山がある。宿の近くにもあるかな」
バスの屋根の上では、マタギ少女…“
…そんなに山に行きたかったのだろうか。
皆が盛り上がる中、僕…唯一の人間である
「間車さん」
「ん?」
「朝早くからの運転、本当にお疲れ様です」
「おう、気にすんな。これがあたしの仕事だからな!」
意気揚々とハンドルを操作する間車さん。
「乗り物大好き、運転するのはもっと好き」という彼女にとっては、長時間の運転も苦ではないらしい。
僕は続けた。
「慣れてないマイクロバスも、軽々と運転するあたり、流石だと思います」
「よせよ、照れるだろ」
「お陰で、当初の予定時間より、だいぶ早く現地に着けそうです。途中、混雑に巻き込まれた時はどうなる事かと思いましたが…」
「おう。やっぱり、あの道使って良かったろ?」
ちなみに彼女が言う道は、車幅ギリギリの裏路地だった。
よく、アクション映画に出てくる迷宮とかで、狭い通路を巨大な石が転がってくる罠がある。
このマイクロバスの前に居た人々は、その時、それを連想しただろう。
犠牲者が出なかったのは幸いだった。
「事故現場で立ち往生しかけましたし」
「あん時は焦ったよな。でも、ちょっとした刺激程度だったけど、面白かっただろ?」
ちなみに彼女が言う「ちょっとした刺激」というのは、中央分離帯の壁面を爆走することを指す。
スタントじみた走行をするマイクロバスに驚いた他のドライバーの皆さんが、二次事故を起こしていないことを祈るばかりである。
僕は声を震わせて続けた。
「ガラの悪い暴走族にも出くわしましたし」
「あっはっは。あいつらは傑作だったな。このあたしにちょっかいかけるから、あのザマだ」
ちなみに彼女が言う「あのザマ」とは、間車さんにその神技めいたハンドル
高そうなバイクも、泥まみれになっていた。
同情は難しいが、農家の皆さんには申し訳ないことをしたと思う。
沈黙する僕に、間車さんが声を掛けた。
「何だよ、元気ねぇなあ。朝飯抜いてきたのか?」
「いえ」
「だったら、お前も楽しめよ。せっかくの合宿旅行だ。もっと盛り上がっていこーぜ!」
そうなのだ。
何を隠そう、今日は僕達、
参加者は僕達引率の職員に加え、人間社会適合セミナーの受講者(全員妖怪)のうち、希望者20人程。
この合宿旅行、実は毎年行われている恒例行事だ。
参加者たる妖怪の皆さんは、合宿を通じて人間社会の文化を学び、就職に活かしたり、引いては人間という異種族への理解を深めてもらうことになる。
今年はマイクロバスをチャーターし、二泊三日の小旅行を行うことになった。
運転手は、経費節約と本人の趣味を兼ねて、間車さんが担当している。
「いや~、爽快爽快!ここまで順調で良かったな」
能天気にそう言う間車さんに、僕は思わず後ろの席から運転席の背もたれにかじりついた。
「順調!?順調ってどこがですか!?間車さんには、あのサイレンが聞こえないんですか!?」
軽快に走行するマイクロバスの後方から、真っ当な生活を送っている人間には聞きなれない、もしくは聞きたくないサイレンが聞こえてくる。
振り向いて確認するまでもない。
警察のパトカーだ。
誰かに対して、何やらスピーカーで呼び掛けを行っているが、不幸なことに湾岸線を走るこのマイクロバス以外に車の影は無い。
つまり、お巡りさんはこのバスに何かを言っていることになる。
呼び掛けがよく聞こえないのは、このバスが200キロ近く出して一般道を爆走しているからだろう。
それもこれも、間車さんが車外で高速飛行する飛叢さんの挑発に乗り、スピードレースをおっぱじめたせいだ。
とにかく、僅かに空けた窓から吹き込む風が尋常ではない。
「おたおたすんな、よっと…!」
ドリフト気味にカーブをクリアしながら、笑う間車さん。
車内の皆さんは、悲鳴というよりは歓声を上げて喜んでいる。
「前に
「そーゆー問題じゃないです!」
全く懲りた様子の無い間車さんに、噛みつく僕。
ここまでの道中も肝が冷えたが、何とか事なきを得、切り抜けて来た。
だが、目的地も近付き、安堵していた途端にこの有様である。
「役場の職員の運転するバスが、公務中に速度超過でパトカーに追っ掛けられてんですよ!?そこに問題は感じませんか!?」
しばしの無言の後、間車さんは真面目な顔で、
「つまり…不祥事にならないよう、連中を始末しろってことか?」
「してどーすんですッ!!何でそうなるんですッ!!」
ふと、運転席の横の窓から、コンコンと音がした。
見れば「車の中は嫌」と言って、屋根の上に陣取った摩矢さんが、逆さまに顔を覗かせていた。
窓を開ける間車さんに、摩矢さんはいつもの調子で追っかけてくるパトカーを指差した。
「あの音、うるさい。始末していい?」
「おー、同胞よ。やっぱそうなるよな?」
「なるわけないでしょおがッ!!!!!!」
こんな感じで。
僕達の合宿旅行は幕開けを迎えた。
…うう…胃が痛い…
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