【二十二丁目】「あたしらは、走ってナンボの妖怪だからな」

「それでは開幕です!」


 女性司会者が高らかにそう宣言すると、ファンファーレと色鮮やかなの風船の群れが、青く澄んだ夏空を彩った。


 『第壱回降神町おりがみちょうグルメ決定戦』開会式。


 お偉方による挨拶も終わり、町を上げてのイベントが、いま開会した。

 会場に詰めかけた来場者の拍手と歓声が、イベントの盛況ぶりを表している。

 今回のイベント、『グルメ決定戦』とは銘打っているものの、内容は降神町の名物店がブースを出し、同時に地場産品販売やフリーマーケットなどが軒を連ねる、何でもござれの様相を見せていた。

 ステージでも、大道芸やご当地アイドル、町民サークルによる歌やダンスの発表、小・中学生の合唱や合奏が隙間なく進行していく筈だ。

 一見、何が目的か忘れてしまいそうなイベントだが、主催者である降神町役場の思惑は、未だいがみ合う「降神町商店会」と「降神町商友会」の遺恨に白黒つけて解消しようという部分にある。

 それが如実に出ているのが、本イベントの中枢にもなっている「グルメバトル」だ。

 会場の全出店者が、互いのブースでオリジナルメニューを展開。

 どの店舗のメニューが美味かったかは来場者が投票によって判断する。

 その上で、優劣を決めようという訳である。

 全出店者に投票できる訳だが、実質は「商店会」と「商友会」の一騎打ちと言ってもいいだろう。

 何しろ、お互いがただならぬ気迫で臨んでいるため、他の出店者は割って入る余地が無い。

 現に、早くも来場者の多くが両サイドに属するブースに向かっている。

 特に「商店会」側の本命、老舗蕎麦屋『玄風げんぷう』と「商友会」側の主力、話題のイタリアンレストラン『MISTRALミストラル』のブースは、行列すらでき始めていた。


「いらっしゃいませ~!当店の織部おりぶシェフがお贈りする本日限定メニュー『ORIGAMIピッツァ』ただいま好評販売中でぇす♪」


 メイド姿に自前のネコミミと尻尾をフル活用し、三池みいけ 宮美みやみ猫又ねこまた)がお客さんの呼び込みを行うと、若い男性を中心に、あっという間に人だかりができる。

 さすがにイケメンばかりではないようだが、招き猫さながらの集客力を発揮していた。


「にゃはは、気ぃ持ちいい~♪」


 意気揚々とポーズをとり、写真撮影にも応じている辺り、本人もノリノリだ。

 その奥のブース内では…


「よく来た」


 同じメイド姿でも、いささか芸風が異なる砲見つつみ 摩矢まや野鉄砲のでっぽう)が、テーブル席で接客に応じていた。

 幼い外見にマッチしたゴスロリ調のメイド服が、男女問わず視線を集めている。

 あとは、せめて営業スマイルだけでも浮かべれば様になるのだが、相変わらずの無表情でメニューを放り出す。

 これには客も怒るかと思えば、意外と受けが良い。

 いわゆる「クール萌え」という奴だろうか。

 どうやらにこやかな他のメイドの女の子達と違い、無愛想でクールな反応が、逆に一部の客層から強く指示されているようだ。


「何にする?」


「…いい…」


「ゴスロリクールメイドいい…」


 テーブルに着いた三人の男性客が、摩矢の対応に身もだえる。


「じゃ、じゃあ、このジェラートセットを三つ」


「ん」


 礼を言うまでもなく、背を向ける摩矢。

 そこで思い出したように、振り返った。


「水いるか?」


「え?は、はい…」


 答えに頷くと、調理スペースに戻り、お冷を三つ手にする。

 そして、何とそのまま先程の客が座るテーブル席に放り投げた。

 どよめく周囲の目の前で、水の入ったコップは魔法の如く、三人の男性客の前に着地した。

 テーブルには水がこぼれた形跡すら一切なかった。


「それ飲んで、少し待て」


 表情も変えず、背を向ける摩矢。


 おおおおおぉぉぉ~!!!!


 店中から起こる拍手喝采。

 彼女の持つ妖力【暗夜蝙声あんやへんせい】…投擲した物体に自動追尾・誘導を行う力があればこその芸当だ。

 そうした人だかりや歓声が来場客の興味を引いたのか「MISTRALミストラル」のブースは、群を抜いて盛況だった。


「フフフ…やはり、あの二人をスカウトしたのは正解でした」


 調理スペースから、その様子を見ていた織部おりぶは、満足そうに頷いた。

 あの日、偶然目にした彼女達の身のこなしに、織部は閃きを感じた。

 自分の作る料理には、絶対の自信がある。

 だから、今回の『グルメ決定戦』でも、当然勝利すると考えている。


 いや、勝たねばならない。


 特に古臭い因習に凝り固まった、あの『玄風』の打本うちもとには、膝を屈することがあってはならない。

 一年前の夏祭りにおいて、織部は打本と知り合った。

 静かな環境を好む織部にとって、大声が印象的な打本は苦手な人種ではあったが、地域を支えていこうというその熱意は、織部の目にも好ましく映った。

 というのも、外の街から移り住んで来た織部だったが、この町はとても気に入っていたからだ。

 だから、二人はすぐに意気投合し、気さくな仲になった。

 しかし、その絆はもろくも同じ夏にちぎれた。


 伝統ある夏祭りに、もっと人が集まるように。

 彼らが、素晴らしいこの降神町の滞在を楽しむことができるように。

 そして、打本達と一緒に地域を盛り立てていけるように。


 織部は、海外逗留の経験も活かし、夏祭りの改善案を提案した。

 しかし…


「所詮、他所者よそものの考え」


 古い因習やしがらみに縛られた、打本達商店会のメンバーのその一言が、決定的だった。

 確かに、自分は性急的過ぎたのかもしれない。

 生まれてからこの降神町に生きてきた、打本達の気持ちや立場も、今となっては分かる。

 ただ一言。

 受け入れられたと思っていた自分の思いが「他所者」という一言で切って捨てられたことが。

 とても悔しかった。


 織部は必勝を期するものを考えた。

 そこで思い至ったのが、降神町の特徴でもある「特別住民」即ち妖怪達の存在だ。

 彼ら・彼女らが生き生きと店内を駆け巡る姿は、いまの降神町そのものを象徴する光景ではないか。

 そして、織部は摩矢をスカウトすることにしたのだった。

 幸い、彼女が属する降神町役場は「妖怪の人間社会適合化」を推している。

 妖怪がこうしたイベントで活躍する姿は、いいPRにもなるだろう。

 コンタクトをしてみる価値はあった。

 そして、その読み通り、役場サイドは砲見摩矢の出向を容認した。

 おまけで無理矢理ついてきた三池も、結果的に貴重な戦力になってくれた。


「フッ、このまま勝たせてもらいますよ…!」


 そして、あの日のあの言葉を、撤回させてやる。


 織部は静かに闘志を燃やした。


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 開場後、来場客が会場内に溢れかえると、会場案内・警備役である僕達の仕事が飛躍的は増加する。

 当然といえば当然なのだが、これが妖怪も住む町となると、また趣きが異なる。


 例えばこんな感じだ。


「そんな!じゃあ、あたしに男性に混じって用をたせって言うんですか!?」


 いま、僕…十乃とおの めぐるの目の前にいるのは可愛らしい、見た目は十代の女の子だ。

 目がクリッとした、ツインテールの美少女である。

 ノースリーブの白いシャツに黒いフリルがついたベビーピンクの可愛いミニスカートがよく似合う。

 そんな少女の容姿に振り向く男性は多い。

 が、次の会話を聞くと、呆気にとられた人もいた。


「あの、だからですね、ここは女性用なんですってば」


 会場に設けられた設置式トイレの前で、僕は突き刺さる視線に困惑しながら説得を続けた。

 どこから見ても完璧な美少女だが、実はこの娘はれっきとした妖怪である。

 “否哉いやみ”という妖怪で、伝承では仙台の城下町に現れたとされる。

 後ろ姿は美女のようだが、振り返ると皺だらけの老人だったとする話が伝わっており、声を掛けてきた相手を驚かせたらしい。


 要するに彼女…いや、彼はこう見えて立派な男性なのである(変な日本語だが)。


 俗に言う「男の」という奴で、加えて言うなら、僕よりずっと年上の男性だ。

 以上の点から、見た目まで完璧に女の子になっている彼は、我々男性にとって伝承の否哉より性質たちが悪い存在なのかも知れない。

 今も、女子トイレに入ろうとする彼を何とか説得しているのだが、傍はたから見れば、僕がいたいけな少女に「男子トイレに行け」と言っているようにしか映らないわけで…(涙)

 不満タラタラの彼だったが、結局、男子トイレが空いた隙に僕が出入り口で見張りに立ち、彼が用を済ますことで何とか決着した。

 精神的に疲れきったところに“針女はりおなご”こと鉤野こうのさんが合流してきた。


「十乃さん、通報にあったナンパ男、拘束して警察に引き渡してきましたわ」


「ありがとうございます、鉤野さん。お疲れ様でし…何かあったんですか?」


 溜息を吐く鉤野さんに、僕は尋ねた。

 すると、鉤野さんはうんざりしたように、


くだんのナンパ男、先月故あって縁を切らせていただいた方でした…良い方でしたが…その…女性に不誠実な方だったので…」


 つまり、浮気性な元カレと鉢合わせたという訳だろうか。

 不思議と目に浮かぶ。


 イベント会場でナンパしまくる元カレ。

 それを目撃する鉤野さん。

 乱れ飛ぶ鉤髪と命乞いの叫び。


「…私、理性で抑えるのが大変でしたわ」


 着物の袖で口元を押さえる鉤野さん。

 台詞から察するに、今の想像に近い光景が広がっていたに違いない。


「…とりあえす、何事もなくて良かったですね。本当に。お疲れさまでした、鉤野さん」


 或いは鉤野さん自身が通報対象になっていたかも知れない光景をそっと頭の隅に押しやり、僕は彼女を労ねぎらった。

 そこに、今度は“赤頭あかあたま”こと釘宮くぎみや君が、巡回から帰ってきた。

 彼にしては珍しく、プンプンと怒っているようだった。


「お帰り、釘宮君。どうしたの?不機嫌そうだけど…」


「別に、そんなことないです」


「そうは見えませんわ。何かありまして…?」


 鉤野さんも不思議そうに聞いてくる。

 釘宮君は、普段温厚そのもので、今みたいに不機嫌丸出しになるのを見たことがない。


「…13回、でした」


「じゅうさん…って、何が?」


「迷子の案内所に連れて行かれそうになりました」


 悔しさからだろうが、うっすらと涙目になる釘宮君。

 僕と鉤野さんは、危うく吹き出して笑いそうになるのを、必死で堪こらえた。

 彼は立派な成人男性だが、見た目は5歳くらいの可愛らしい男の子だ。

 会場を一人で歩けば、親切な人が迷子と勘違いし、世話を焼くことは多いだろう。


「…二人とも、いま笑ったでしょ?」


 むくれた顔で、僕と鉤野さんを睨む釘宮君。

 あどけない表情で凄んでも、逆に可愛さが際立つのが彼にとっての悲劇だ。


「そ、そんなことありませんわよ…ねぇ、十乃さん?」


「そ、そうそう!気のせい、気のせいだよ、釘宮君。あーっと、そう言えば飛叢ひむらさんは見つかった?」


 “一反木綿いったんもめん”の飛叢さんには、その妖力を生かしてもらい、会場を空中から見回ってもらう役をお願いしていたが、定時の合流になっても一向に帰ってこなかった。

 そこで、鉤野さんと釘宮君に巡回がてら、捜索してもらっていたのである。

 話題を逸らしたのは見え見えだったが、根が素直な釘宮君は答えてくれた。


「飛叢兄ちゃんなら、ずっと迷子の案内センターに居たよ」


「えっ?何でそんなとこに?」


 思いもよらぬ単語にビックリする僕。

 飛叢さんと迷子の案内センターなんて、全く結びつかない組み合わせだ。


「差し詰め、巡回がつまらなくなって油を売っているに違いありません。まったく!己の職務を放り出して、何をやっていますの、あの人は!」


 呆れたように言う鉤野さんに、鈴宮君は首を横に振った。


「違うよ、鉤野姉ちゃん。飛叢兄ちゃんは、ずっと迷子の相手をしてるんだよ」 


 鈴宮君が飛叢さん本人に聞いたところ、迷子を発見し、その子を案内センターに連れて行った飛叢さんは、その子に懐かれてしまい、離れるに離れられなくなってしまったらしい。

 そうこうしている間に、何人かの迷子がやって来たという。

 結果、帰ろうとすると何故かみんな泣きだすため、現在、子供たちを妖力で空中散歩に連れ回ってあやしているとのことだった。


「僕が見たときは、何かのアトラクションみたいに子どもたちの行列ができてた」


 鈴宮君の報告に、僕と鉤野さんは顔を見合わせるだけだった。

 道理で帰りが遅い訳だ。

 聞く限りでは、恐らく飛叢さんは当分解放されないだろう。

 気の毒だが、ここは子どもたちのために頑張ってもらうしかない。


「仕方がないですね。もうすぐ別の班が交代で来てくれる筈です。飛叢さんには申し訳ないですが、僕らはお昼にしましょうか」


 ちょうど、太陽も真上に差し掛かっている。


「うん!僕、おなかすいた!」


 鈴宮君がニッコリ笑う。

 どうやら、昼ご飯と聞いて機嫌が直ったようだ。


「異存はありませんわ」


 鉤野さんも相槌を打つ。

 こうして、慌ただしい最中、僕達は束の間の休息を取ることになった。


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 予兆はランチタイムののピークに現れた。


「おかしい…」


 “朧車おぼろぐるま”こと、間車まぐるま りんは、空きが目立ち始めたデーブル席に厳しい表情でそう呟いた。

 さっきまでは両手にお盆を持ち、テーブルの間を脇目も振らずに駆けずり回っていた輪だったが、今は周囲の様子をゆっくり見渡せる余裕もあった。

 少し前までぎっしり埋まっていた席が、正にお昼時である現在、少しずつだが空席が増えている気がする。


(この昼飯時に客が減るなんて、普通じゃねぇ)


「…おい」


(あたしだってここんところ『玄風』で給仕やってんだ。客の流れを読むことだって仕込まれてきた…こいつは妙だ)


「おい」


(席待ちの行列もできちゃいるが、短くなってる。それに『玄風うち』の連中だって、うまく客を裁いてんのに、何で空席が増える?)


「おい!聞こえねぇのか!?」


(『玄風うち』に原因が無いなら、やっぱりこれは…)


 突然、軽快な音と共に丸盆が輪の後頭部を直撃した。


「あいたっ!…ってぇな、何しやがる!」


 振り向いた輪の目に、跳ね返った丸盆をキャッチした妃道ひどう わだち片輪車かたわぐるま)の姿が映った。


「そいつはこっちの台詞だ、ボケェェェェ!!!!!」


 妃道は、通路の真ん中に立ち尽くしていた輪に、猛然と噛みついた。

 怒りのあまりか、ただでさえ鋭い切れ長の目が、逆三角形になっている。

 輪は眉根を寄せると、妃道に言い聞かせるように言った。


「何だよ、うるせぇな。店内では静かにしろ、お客さんの迷惑だろ」


「そ、そうか…って、そうじゃねぇよ!何だよこれは!?」


 言いながら、短めの着物の裾を押さえ、赤面しながら吠える妃道。

 それは、さっきまで着ていた黒のライダースーツではなく、輪と同じ『玄風』の女性店員用制服だった。


「ああああたしの服、返せよ!こんな…こんな格好…一体どうなってんだよぉ!」


 輪にジャーマン・スープレックスを不意打ちで受けて失神した妃道は、目覚めた後、自分の衣服が丸ごと着せかえられているのに気付いたのだった。

 スカートや女性っぽい服装を着たことが無い妃道は、何とも頼りない裾丈の制服に動揺しまくっていた。

 誰もが恐れる峠の女王も、こうなるとただの女性である。


「あ、うん。よく似合ってんぞ、妃道。可愛い可愛い」


 ヒラヒラと手を振り、てきとーな棒読み口調で感想を述べる輪。

 そして、しばし妃道の姿を見て、


「……………………………………………………プッ」


「手ん前ェェェェェッ、ブッ飛ばされてーのか!?」


「まあ待て、妃道」


 逆上して殴りかかろうとする妃道を、輪は制止した。

 その真剣な表情に、妃道も気勢を削がれ、拳を止める。


「妃道、お前を生涯のライバルとして認めるあたしが、その腕を見込んで、敢えて頼む」


 そして、躊躇ためらうことなくその頭を下げた。


「どうか、あたしに…いや、この『玄風』にお前の力を貸してくれ!この通りだ!」


 間車 輪と妃道 軌。

 共に走ることに特化した妖力を持ち、それ故に走ることには誰よりも高い誇りを持っている妖怪。

 そのため、二人は激しくぶつかり合う宿命にあった。

 そして、お互いに引けない関係になっていた。

 いま、そんな絶対的ライバル関係にある輪が、頭を下げ、妃道に助力を乞うている。

 妃道は、勝ちに飢えた冷徹なレースの猛者もさだ。

 だが、同時に情に厚い妖怪“片輪車”でもある。

 妃道は、振り上げた拳を降ろした。


「…何でそこまでする?一体、何が目的なんだ…?」


 妃道の問い掛けに、輪は頭を下げたまま答えた。


「ただ、勝利のみ…!!」


 輪の表情は見えない。

 ただ、声には揺るがない決意の響きがあった。


「いいね」


 妃道がうっすらと笑みを浮かべる。


「そいつはあたしの大好物だ」


 輪が弾かれたように顔を上げた。


「妃道…!すまねぇ、やっぱり、無理矢理拉致って…いや、頼んでみて良かったぜ!」


 「MISTRALミストラル」についた摩矢と三池は、共に強敵だ(女子力的に)。

 ここは見栄えのする妃道を言いくるめ、何とか味方につければ「玄風」の戦力も安定する。

 打本も、自分の知人なら文句は言うまい。

 逆に人手が足りない今なら、歓迎すらする筈だ。

 妃道自身にしても、有志一同でやる店を手伝いに来ていたのだから、予定は多少狂っても、大した問題はあるまい。

 ついでに、自分と同じ格好をさせておけば、口封じにもなる。

 輪の思惑は、台詞や雰囲気とは裏腹に、こんな感じだった。


「で、あたしは何をすればいい?」


 妃道の問い掛けに、輪は思案した。

 妃道は客寄せにはうってつけの女っぷりだが、給仕は初心者だろう。

 いっそ、もっと際どい格好で客寄せさせようか、と考えていると、ブースの外で歓声が上がった。


「何だ?」


 様子を見に出てきた二人は、唖然となった。

 会場の中心には円形の360度見渡せるステージがある。

 ここでも数々の催しが行われているほか、その周囲にはお休み処として、たくさんのテーブルと椅子、パラソルが並んでいる。

 ちょうど、ステージを囲むように設置されたそのスペースでは、来場者が思い思いのランチを楽しんでいた。

 つまり、各ブース内で食事を取れない場合は、テイクアウトできるメニューを持ち込み、ここで食事ができる訳だ。

 歓声は、そのお休み処の一角から、徐々に広がっていく。


「あれは…摩矢っち!?」


 輪の視線の先には、摩矢がいた。

 会場内に掛けられた万国旗のロープを足場にして軽快に跳ねまわり、手にした何かを指弾の要領で放っている。

 放たれた何かは、くつろぐ来場者達のテーブルに正確に配置されていく。


『ご来場のみなさーん!!』


 突然のパフォーマンスに、唖然としていた来場者は、ステージ上に立つネコミミメイドのアナウンスに目を向けた。


『ただいまのパフォーマンスは、私達イタリアンレストラン『MISTRALミストラル』がお贈りしておりマース♪』


 見れば、マイクを手にした三池が、極上のスマイルで愛想を振りまいている。


『皆さんのお手元にお届けしたのは「バーチ・ディ・ダーマ」…“貴婦人のキス”というイタリアのお菓子です。当店シェフの織部おりぶが、自信を持ってお贈りするこの一品、ただいま特別に無料試食タイムを実施中でぇーす!どうぞご賞味くださーい!』


 来場者達が、摩矢が放った包みを恐る恐る開けると、マカロンそっくりの一口サイズのお菓子が現れた。

 口に入れてみると、ビスケット生地に包まれたナッツとチョコレートの風味が、何とも言えない味を醸し出す。


「おいしい!」


「これは美味いな!」


「ママ~、もう一個欲しい~」


 絶賛する来場者達の頭上を、摩矢がアクロバティックな動きで舞い跳んでいく。

 こちらも拍手喝采だった。


「ふ。照れる」


 珍しく、摩矢もノッているようだった。

 深山で培った野性味あふれる忍者のような連続ジャンプに、宙返りや錐揉みが加わり、アクションに拍車がかかる。


『皆さんのご来店、お待ちしてまぁす♪』


 パチンとウィンクし、投げキッスをする三池には、男性陣の熱視線とフラッシュが集中する。


「くっ!お休み処で宣伝とは…やってくれたな!」


 どのブースも、てんやわんやで宣伝どころではないこの時間帯を狙い、視覚・味覚でPRを行う。

 悔しいが「玄風げ」でも思いもつかなかった戦法だ。

 ふと、歯噛みする輪と、笑顔で来場者に応えていた三池の視線がぶつかる。


「フッ…」


 余裕そのものの三池の笑みに、輪と妃道までも魂が燃え上がった。

 何故か言いようのない屈辱感が、二人を突き動かす。


「妃道…行こう」


 きびすを返す輪。


「どうする気だ、間車?」


「やることは、決まってる」


 輪は、ニヤリと笑った。


「あたしらは、走ってナンボの妖怪だからな」

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