……これは喜ぶべきことなんだろう。


 自分が紹介した本がこんなにも夢中になるほどのめり込んでくれて、冥利につきるということだろう。


 だけど、ちょっと寂しい、と花子が自分の本にほのかな嫉妬を炙っていると、悠太郎がフフフと笑った。


「これすげーな。ここんとこ」


 あっけらかんと悠太郎が読む。


「台所によそ者の男がやってきて石でスープを作るのにお湯を沸かさせて下さい……」


 そのエピソードは覚えてる。なのに悠太郎の声で音読されるだけで、全く違うような、新しいような感覚になる。


「……台所を預かる使用人は好奇心に負けて鍋と水とスプーンを渡すと男は石をポンと入れてコトコトと煮始める。そして次に味を調えるために塩とコショウを下さいと請えば多くの場合は手に入る。更に男は味を良くするために野菜や肉のカケラをもらえないかと続けて、最後には良く出来た『石のスープ』が出来上がるのである、ってさ」


 悠太郎が歯を見せて笑う。


 その笑顔を今、独り占めできるのは花子だけだった。


 急に顔が赤くなる花子、首を傾げる悠太郎、だけど彼は彼女を見ていなかった。


「…………何がおかしいんだろう、これ」


 キョトンとしてる顔は、男の子の可愛い、なんだと花子は初めて知った。

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