再会

「お宅さん、気持ちは分かるけどね。早く片付けてもらわないとこっちも困るのよ」


家主のいなくなった家に訪問客なんてと思いながらも、そっと扉を開ける。

そこに立っていたのは怒ったような、困ったような顔をした小柄のおばちゃんだった。

「えっと……どなたでしたっけ」

見覚えのない顔に戸惑う俺を見上げながら、おばちゃんは表情を変えずに話を続ける。

「このアパートの大家の中野です。あんた、テツくんの友達でしょ?あらっ汚い部屋!ちょっと私が片付けてあげるからあんたはもういいわ」

大家さんは俺の後ろに広がっている部屋の光景を見た途端、ずかずかと上がり込もうとする。

「ちょ、ちょっと待ってください。俺がちゃんと片付けますから」

慌ててそれを制した俺に、おばちゃんは声を荒げてさらにまくし立てる。

「あれからどんだけ待ったと思ってるの!もう限界」

「うっ……それは……」

はあ。

大家さんはひとつため息をつくと、最後にこう告げた。

「まあ、あと1週間待ってあげるわ。それ以降は問答無用で出て行ってもらうからね」

それだけ言うと、プリプリ怒りながら去って行った。

「……クソババア」

大家さんの丸い背中が階段の下へと消えて行ったのを見ながら思わず口走る。



確かに、テツが死んでからもう半年が経過していた。

それなのに俺のいるこのテツの部屋は、半年前とほとんど何も変わっていない。

変わった事は家主がいなくなったことと、部屋の窓に貼ってあったダンボールが外されただけだ。


ダンボールだって、俺が心配で様子を見に来た薫が暗さに耐えかねて外しただけで、ほぼ毎日のようにここに通いつめている俺はほとんど何もいじっていない。


でも、タイムリミットはあと一週間だ。


俺は部屋全体の状況を再確認するかのように、ゆっくりと見渡した。

そして、大きく深呼吸をする。

(深呼吸をして改めて、なんて空気の悪い部屋だろうと深呼吸した事を少し後悔した。)

「いつまでもこんな事してられないもんな」

そう呟くと、早速俺はテツの部屋の片付けを開始した。


とは言っても、テツはものを溜め込むだけ溜め込んでそのまま放置していたので

一言に片付けると言っても大変だ。

第一に、物が多すぎる。

俺はとりあえず押入れからゴミ袋を引っ張り出し、その中にひたすらものをぶち込むという作業を続けていくこと5時間。


「……」

なんなんだこの部屋は。

いくら片付けても次から次へと物が出てくる。

「あーもう!」

と叫んだ瞬間、異常なほど埃が積もったリュックが俺の頭の上に降って来た。

プチっ

俺の中で何かが切れた。

頭の上に乗った汚いリュックを思いっきりゴミ袋の中に放り投げると、

その勢いでブワッと舞った埃が夕焼けに照らされてチラチラした。

それをひとしきり眺めた後、俺はトボトボと自分の家に帰った。

明日は薫も呼ぼう。

そう心に決めながら。


翌日からは、薫も(渋々)参戦したが、お互い仕事帰りなこともあり、大した成果も得られないまま終了。

気がついたらあっという間に最終日を迎えてしまっていた。


「どうすんだよこれ……」

呆然とごみだめのような部屋を前につぶやくと、

「全然片付いてねーじゃんか。マジでどうすんだよこれ」

と声がした。

「どうせまたあのクソババアにしばかれんだろ……」

ていうか今の声。なんだ?

今日は薫は、最終日なのに休日出勤に借り出されてここには来ていない。

「お前……」

「やっと気づいたな」

この声と口調は聞き覚えがある。というか、

「忘れるわけ、ねーだろ」

俺は意を決して振り返り、誰もいなかったはずのその空間を見た。

「ういっす」

振り返ったその空間には、なんと、死ぬ前そのままのテツが座っていた。





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