忘れること、忘れないこと

「おい、落とすなよ」

あれから3ヶ月も経った頃、

俺は薫と2人で月に一度、テツの家の前に置かれた花をあいつの墓に添えにいくようになっていた。


「ふう。ケイも手伝えよな。結構大変なんだぞ。一時に比べたら、ずっと数は減ったけど」

傾斜のキツい坂道を登りきり、学生時代より少し出た腹を揺らしながら薫が不服を漏らす。

「俺は部屋掃除担当だから」

結局それも俺が手伝ってんだろうが。

俺が反論するとすかさず薫がツッコんでくる。

このスピードは昔から変わらないなと思いながら、俺はこれをサラッと聞き流す。


確かにあれから3ヶ月も経つというのに、俺はどうしてもあの部屋のものを動かすことが出来ずにいた。

何度も片付けようと試みたのだが、

その度に一つ一つにこもった思い出を思い出してしまい、結局捨てずじまいになっていた。


死んだばかりの頃よりも徐々に減ってきたテツの部屋の前に置かれた”お土産”の数からも、

時間の経過は明らかであった。

世間からどんどんあいつが生きていた形跡が消えていく。

それなのに、俺らの心はあの日のまま取り残されているかのようだった。

いや、俺もどんどんあいつを忘れていっているんじゃないか。

あの楽しかった日々は、どんどん無かったことになってしまうのではないか。

そう考えると、怖くて堪らなかった。



「あれ、それ何?」

薫がふと、俺の手元に目をやる。

「あ……うん、ちょっとな」



学生時代、一度だけ俺とテツはお笑いコンテストに出場したことがある。

なんとか予選は通過したものの、結果は1回戦敗退と惨敗だった。

が、一応それなりに受けていたと自負している。


「なあ、テツ」

「ああ?」

「なんか、夢みたいだったな」

「夢じゃねえよ。すげえうけたじゃんか。このまま芸人なっちゃうか」

「うっせえ、真面目に言ってんだよこっちは」

「俺だって真面目だぜ?やろうぜケイ」

「……」


テツはいつも本気みたいなテンションで冗談を言う。

また始まったよ。と思いながら俺はさっきのステージでの空気感を思い出していた。

今まで内輪だけで披露していた自分で書いたネタを、会場の人に聞いてもらえた。

そして、まあまあうけた。

それは、何か魂が震えたとでも言うのだろうか。

まさに「夢みたいだった」のだ。


「はいこれ、あげる」

突然テツが俺の手の上に何か落とした。

「お守り……?」

「拾ったからやるよ。なんか2つあるんだよこれ」

「縁結びじゃね?これ」

「なんか良くわかんないけど、拾ったのもなんかの縁じゃね?貰っとけ貰っとけ」

記念品だよ。と適当なことを言って、ちゃっかり自分はピンクの方を上着のポケットへ入れた。


その、テツがポケットに入れたピンクのお守りがまさに今俺が持っているこれなのだ。


テツはすぐ物を失くす奴だった。

こんな何年も前のお守りなんて、もうとっくに無くしたものだろうと思っていた。

それが、まさかあいつの愛用していた(というかそれしか無い)コートから出てくるなんて。

驚きはあったが、それよりも何か変な安堵の気持ちで俺の心は満たされた。


俺はあのコンテストの日以来、なんとなくテツに貰ったお守りを密かに持ち歩いていた。

照れくさいから、テツにも誰にも見つからないように。

でも、

テツもおそらく俺と同じように毎日持ち歩いていたに違いない。

そう思って思わず持ってきてしまったのだ。


これを見ている時は、テツはこの世に存在していたことをちゃんと思い出せる。

世間が忘れたって、俺がずっと覚えてる。

宮田徹一は、ずっとここにいる。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る