俺だけじゃない
「え……死んでなかったの」
「死んだよ」
「え……なんでいるの」
「うーん、気が向いたから?」
「……気が向いたらってそう簡単に帰ってこれるものなのかよ」
「簡単ではなかったかな」
「相変わらず適当だな」
「お前こそ、な」
何だろう。
半年ぶりとは思えないくらい普通に会話してる。
と言うか、何か話していないと泣いてしまいそうだった。
テツが、死んだはずのテツが、会いたくてたまらなかったテツが……
今、目の前にいる。
ちゃんと触れられる。
実態として存在している。
こんなにあり得ない事が起きているのに、
俺はこの現象を何の抵抗もなく受け入れていた。
「で、今日がその最後の1日ってわけ?」
「そういうことだ」
テツ曰く、”こっちの世界”にいられる時間は1週間で、そのうちの6日間は”こっちの世界”にいる人間には姿が見えない状態でいたらしい。
最後の1日だけ、生きていた時と同じような形に戻るんだとか。
ちなみにテツが存在していられるのはこの部屋の中だけ。
ということは、この6日間はテツも一緒に存在していたことになる。
……最後、か。
半年前にテツが事故で死んだ時が最後だと思っていたので、何とも変な響きだ。
「て言うかこの部屋、今日で取っ払われるんでしょ?」
俺は頭の中を一度整理するために沈黙していると、不意にテツが重要なことを口にした。
そうだった。
まさかの訪問客のせいですっかり忘れていた。
今日いっぱいでこの部屋は本当に取っ払われてしまう。
「ま、俺は応援係やってるからお前頑張ってね」
テツはそう言って押入れにあったエロ本を手に取ろうとしている。
「何言ってんだバーカ。誰のせいでこんなに苦労してると思ってるんだよ。お前もやるんだよ」
俺はそのエロ本をテツの手が届かないところへ遠ざけながらこう言う。
「お前、おかんみたいだよな。」
何でわざわざこっちに戻って掃除しないといけないんだよ。とブツブツ文句を言っている。
「俺がどんだけ大変だったか分かってんのかよ……まあいいけどさ」
「……お前、つっかかってこないのかよ」
「……大目に見てやるよ」
今日で本当に最後なのに、くだらない揉め事はしたくなかった。
何だか変な空気になって、沈黙の時間が訪れた。
俺は逃げるように片付けを開始すると、テツも渋々それに続いた。
しばらく黙って片付けをしていたが、不意にテツが口を開いた。
「なあ、みんな、元気にしてるか?」
「えっ……ああ、元気だよ。薫も、大家のおばちゃんも、パン屋のおばちゃんも、バイト先のみんなも」
「そっか。よかった……」
テツはそう言って笑ったが、何だか表情は寂しげだった。
ああそうか。
俺はこいつに会えなくなっただけだけど、テツはもうみんなと話すことはできなくなってしまったのだ。
テツも俺らと同じように、いや、それ以上に寂しい思いをしているのだろう。
「何笑ってんだよ」
俺だけじゃないんだと思って、ホッとしたのか思わず笑みがこぼれたのを見て、テツが不服そうに声を上げる。
「いや、なんでもない」
「何だよ気持ち悪い」
「そうだよな。」
俺は何か引っかかっていたものが一つ解決した様な気持ちになって、
何故か笑いが止まらなくなっていた。
「いや、本当になんなんだよ。気持ち悪い」
俺は困惑していたテツにも笑いを移しながら、ここ半年のモヤモヤが少しづつなくなっていくのを感じていた。
サヨナラじゃないよね、また会えるから 甘味 @Kammmy
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