『安達ケ原』

ネコ エレクトゥス

第1話

12月28日「相変わらずの悪天候。家の中に缶詰め状態。また本に手を伸ばす。前回の大飢饉に教訓を得て次の大飢饉を乗り切った東北の名君の話。大飢饉。大地は干からび草という草は一本もなくなり、無数の屍が地を覆う。そういえば『安達ケ原』の舞台は東北ではなかったか。いけない。家に閉じこもっているとまた余計なことばかり考えてしまう。」


1月2日「世間は新年を迎え表と裏をひっくり返したかのようなお祭り騒ぎ。カーニバル。ところで前から気になっていたのだがカーニバルとカンニバルの語源には共通するものがあるのだろうか。意味的には通じているのだが。」


1月17日「今日は興味深い文章を目にする。南洋の島には戦争直後まで『人口蹄疫』なる病気があったという。口蹄疫とは牛だけのものではなかった!驚きである。そしてその地で『人口蹄疫』なる病気は人間が人間を食べることによって発症した。」


2月20日「エルナン・コルテスは新大陸で血も凍るような光景を目撃する。殺害した敵の戦士を食べる部族の者たちの姿。しかし考えてみれば十字軍にも人を食べた記述があるのだ。十字軍から大航海時代まではほんのひと時。それなら大航海時代から現代までもほんのひと時と言えるのではないのか。」


3月2日「痛んで売りに出せなくなった果物を飼料として豚に与える養豚場の話を知る。そこの豚の肉は味の良い高級品として出回っているという。それでは傷んでいない果物を日常的に口にしている動物の肉はどうなのか。それはやはりうまいのではないか。」


4月6日「春の目覚め。始業式に向かう子供たちの声が耳に心地よい。だがそんな喜びの世界の中で私は自分が獣になってしまったのを知る。子供たちが食べ物に見えたのだ。」


4月28日「人間でもやはりおいしいのは脂肪分と筋肉のバランスの良い女性の方なのだろうか。そういえばヴォルテールに飢えて女性の胸やお尻の肉を食べた人の記述があった。」


6月1日「夏が近づき衣替えの季節。街行く人たちの肌の露出が増える。」


6月10日「F.ゴヤの『我が子を喰らうサトゥルヌス』を見て思う。最高のものを知っていたはずの神は反逆を恐れたためだけにその子を食べたのか。」


7月2日「男の子ばかりを食べ漁っていたといういにしえの中国の貴族の話。すると……、そうなのか。」


7月8日「外に出るのを極力避けるようにする。」


7月19日「黒いサングラスをかけて外出。多少なりとも状況は改善。しかしこのレンズの裏の視線の意味を誰が知ろう。」


7月28日「水場で戯れる子供たちの姿。もうだめだ。私は完全に病気なのだ。この病を治すには入院するか命を絶つか、それとも……。」


8月2日「一つの計画を思いつく。」


8月3日「前日あんなことを考えてしまった自分を反省する。そんなことをしていったいどうなるというのだ。」


8月7日「気が付くと例の計画のことばかり考えている自分を発見する。」


8月10日「明日はいよいよ決行。」


 この日記はここで終わっている。なおこの日記が公表された後世間ではこんな光景が見られたという。


「ママ、あれ買って!」

「ダメ。静かにしていなさい。」

「いやだ!あれ買って!」

「いい子にしていないと黒いサングラスした恐いおじさんが来て食べられちゃうわよ!」

「うぇーん。ママ、ごめんなさい。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『安達ケ原』 ネコ エレクトゥス @katsumikun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る