第9話

一度堰を切ったら、止まらなくなった。



声が自然と泣き声に変わる。



琉凰の前でみっともない姿をさらけているのに、涙を止める術など知らず珠華は困惑した。



「これは…っ、ごめんなさい。泣きたくないのに……!」



止まらないと、必死に頬を何度もぬぐって、珠華は言い訳のように声を上げ、泣いた。



途端、ふわりと上品な香りがして、彼女を優しく包み込んだ。



(…え?この、香り…?)



ぼんやりとした思考で、考える。



その香りはよく知っている。それは何度か嗅いだ事のある、琉凰の匂いだ。



「……え……?は?えっ!?ふぇいかぁ…!?」



途端、琉凰に抱きしめられたのだと気づき、動揺した珠華は顔を真っ赤にして叫んだ。



「そなたの悲しい顔は見たくない。泣くなら、この胸で泣いてくれ」



(このっ、この胸って!)



琉凰の言動にいちいち動揺する珠華の気持ちを知らず、彼はただ切なそうな声で彼女の耳元で囁いた。



それすら今の珠華には大きな影響であり、彼女の心臓は今にも壊れそうなほどバクバクした。



「〜〜っ!?い、いけません陛下!離して下さいっ!」



だが、すぐにハッとして我に返り、珠華は慌てたように琉凰を押しのけようともがいた。



しかし、琉凰の腕は離れず、逆にもがけばもがくほどギュッと力強く抱擁された。



「いいや、離さない…っ。今、そなたを離せば、何かよくない気がする…!」



それは何か、直感みたいなモノか。



琉凰はそのとき、何かに搔き立てられたようにムキになって、涙を見せた珠華を離さなかった。



「なっ…!?何を言って…っ」



(よくないって、なにを言ってるの!?こんなところ見られるほうがよくないわよ?)



それこそ厄介なことになりかねない。



突然の抱擁の理由を曖昧な返答だけ返してきた琉凰に、泣いていた珠華は呆気にとられた。その瞬間、涙も止まった。



「そなたは無理をしている。貴妃を、危険に晒したこと…怖かっただろう?貴妃の代わりをして、誰にも言えない事も、辛かったはずだ。怖くて辛くて、それで不安で…悲しいんだ。だから、今は泣けばいい。思う存分泣けば、もうこの苦しみから解放される…」



すると、琉凰が続けて真剣な表情でそう告げた。



それは涙が止まった珠華の心を再び揺さぶるのには、充分な言葉だった。



「何を…?は?なんで、また…っ」



そして気づくと、珠華はまた涙を流していた。



琉凰の言葉や仕草一つ一つに応えるようかのように…。



(ははっ…なに、これ。訳わかんない。なんで…彼の言葉に泣けてくるの?)



再び涙を流した自分自身が、分からなかった。



だけど、こうして抱きしめて心配し、自分の事を諭して理解し、慰めてくれる琉凰の存在は大きかった。



珠華は、無意識にそういう人を求めていたのだ。



珠麗の代わりの大事さと危険だけじゃない事を、琉凰は自分自身がそういう経験をしてきたから、よくわかっていたのだ。




「陛下…。あなたって……」



珠華は涙を流したまま、ゆっくりと琉凰の胸に顔を埋める。



(本当、変な人ね)



珠麗の気持ちを誰よりも身近にいた珠華よりも知って、その気持ちさえ持て余している珠華自身の気持ちでさえ知っている、不思議な方だ。



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