終章
1
最後まで話せなかった。
後ろ髪引かれる思いで彼女と別れ、宮殿に戻り執務室へと急いだ。
そこに待ち構えているように、奥の書斎棚に洸縁がいた。
彼は不機嫌な様子だった。琉凰が仕事を放り出して女刺客に会いに行った事が気にくわないようだ。
「よく帰ってきましたよね…。ですがその顔、予想は外れましたか」
途端、入ってきた琉凰に開口一番嫌味とともに告げられる。
「…戻ってきて一番にそれか?そなたは余の心配をしてなかったな」
冷たい部下の言葉に、少し寂しくなる。
「心配?いいえ、あなたにそれを感じても私、無駄じゃないですか。それに今更ですよね?私は今朝、忠告したはずです」
洸縁の言う通りだ。琉凰が自分で彼の言葉を無視して珠華に会いに行ったのだ。
「…そうなんだが、もう少し余を労っても…。はぁ〜〜っ」
深いため息をつくと、洸縁は訝しげに眉を寄せた。
「何か、あったんですか?そんな大きなため息などついて…。祖父が話していたあの双子の話をしたのではないのですか?」
洸縁はてっきりその話を持ち出して、間違っていた事を知ったのだろうと思った。だから琉凰は元気がなさそうに帰ってきたのだと。
「いや、それがなぁ…。泣かれてしまったんだ。あの者は貴妃の代わりをしていた影武者で、双子の事を話す前に、余はあの者を無意識に追い詰めてしまったようなんだ」
「はぁ…?」
訳がわかならいと言った様子の洸縁に、肩をすくめて、
「あの刺客、どうやら貴妃の影武者をしているそうだ。今回の事件でも二回ほど、貴妃として事件に関わっていたようだ。ただ、そのとき、影武者をして自分自身も危険に晒されて…どうにも辛かったようだな。誰にも言えない事で相当な圧力を受けていたのだろう」
「ああ、そういうことですか」
詳しく説明をしたことで、琉凰の伝えたいことがわかったようだ。
「それで、そのことで酷く辛かったのか…泣かしてしまってな…。双子の話なぞできなかったんだ」
結果、知りたいことが分からずじまいで戻ってきた。
それを話し終えると、途端に洸縁に「はぁ?」と怖い顔で凄まれた。
「意味がないじゃないですか!何のために会いに行ってきたのですか?」
「う…!わかっておる、わかっておるさ!その…だが、泣いておる女子に言えないではないか!」
「泣いている女って…刺客ですよ?その女が貴妃の代わりをしていたとしても、刺客ですよ?甘いんですよ陛下!泣いていようが泣いていまいがあなたが強気でなければ何も知ることができません!」
「わ、わかっておる!だが、余はそれ以上にやはり、泣かせたことに罪悪感がある。あのまま問い詰めることなど…余にはできん!だから、また聞けば良い!」
強く指摘されて、琉凰は逃げ腰になってそう叫んだ。
その言葉に、洸縁はますます不機嫌そうに舌打ちした。
「まったく、また聞けばって…そんなんだからいつまで経っても、あの貴妃と向き合えないんですよ!」
琉凰は珠麗と真珠国にいた頃に会った事がある。
だが、それを知っているのか知らないのか、この国に来て、珠麗とはあまり話さなくなった。
彼女からも、あの刺客、珠華が言っていた話を詳しく聞かなければならない。
「そ、それは今は関係なかろうが!洸縁は余に厳しいぞ」
舌打ちまでされて責められた琉凰は、拗ねたように言った。
さきほどから洸縁の前では、普段からは想像できない言動を見せているが、実はこちらが彼の素に近かった。
無表情で冷たく、何を考えているのかわからないと怖い印象を与えるのは、彼が周りにそう見せているためだ。
「厳しくしなければあなた、また素に戻るでしょ?おおかた、その刺客にも素を見せたのでは?泣いていたからって肝心の事を聞けなかったのはそのせいですよ」
また指摘されて、琉凰は言い返せなかった。
「洸縁に言ったのが間違いだった。そなたの方がこの国の王にふさわしいな」
いじけた琉凰が嫌味のつもりで言ったその台詞に、一瞬、洸縁の顔から表情が抜けた。
だが、すぐににこやかな笑みを浮かべて、
「そうですね。私があのとき天下を獲れば良かったですかねぇ…」
冷たい眼差しを送り、なで声で呟く。
刹那、ぞくっと背筋に悪寒が走り、真っ青な顔をした琉凰は「冗談だ」と軽く笑おうとして失敗。
とてもじゃないがそんな雰囲気ではなく、琉凰は「悪かった」と言い直した。
それを見て洸縁は、眉間にシワを寄せて深いため息をついた。
「冗談でも、二度と私にその話を触れないで下さい」
冷たい眼差しのまま、洸縁がクギを刺した。
琉凰は失言だったと顔をしかめると、
「悪かった。二度と言わない」
申し訳ない様子で謝った。
この二人も長い付き合いだが、この様子ではどちらが上なのか、微妙なところだった。
「それで陛下。これからどうされますか?淑妃の件が片付いてから、その後釜を見つけなければなりません。その件だけでも忙しいのに、貴妃の事に構っていても、後宮のいざこざは終わりません」
話はまだ終わっていない、と洸縁が妃嬪の話をすると、琉凰はハッとしたように気持ちを入れ替えて、真剣な表情を浮かべた。
「その件だが、すでに後釜は決まっている。お披露目会の時にでも話をつけよう。貴妃の事もあるから、その時に色々聞きたい」
「…それはまた考えましたね。貴妃の件で忘れられておりましたが、お披露目会にうってつけです」
「いい案だろ?一人一人は難しいから皆と交流できるし、そのあと四夫人…貴妃とじっくり話をすればいい。刺客の話をすれば、向こうも話すわけにはいかなくなる」
琉凰が考えた提案に洸縁も納得したようにうなずく。
「強引にその場を設けて参加させれば、貴妃も逃げられません。ですが、予定通りだと残り五日。予定通りは難しいです。開くとしても半月はかかります」
途中難しい表情をして尋ねる洸縁に、琉凰はにやりと笑った。
「ああ、そうなるだろうな。ただ、あの古狸共はこれには手出しできない。あの陸侍中が考えていた事だ。あの雨月大将軍にも協力してもらっている」
「え…?陸志勇がそんなことを?…いつから、彼はそのようなことを考えていたのです?彼も、淑妃の件、妃嬪達との場を設けようとしていたのですか?」
「やはり、仕えていた朱家の姫君のためだろうな。茗恋姫が失態をした為、今回向こうから詫びはあったが…やはり紅王も激怒している。こうなる前になんとか収めようと、奴は茗恋姫を余と合わせようとしていたのだ」
「それをお披露目会で、ですか。あの者、やはり先を読んでますね…。惜しい事を…」
洸縁も陸志勇には一目置いている。
今回で味方に慣れるが、彼を長期休暇に出した。
戻るのは本人の自由。そのまま休暇の間に、辞めるのであればそれもそれで考えがあった。
「洸縁。陸志勇の事は後回しだ。ただ、そのお披露目会の案件は必ず通してくれ。時間が惜しい」
「あ…すいません!すぐに手配します」
琉凰に話を振られ、洸縁は慌てた様子で頷いた。
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