第7話

淑妃は自分はしていないと主張を続ける。



それを聞き、珠華はイラついた。



(もう…!これならいっそのこと、ここで陛下が強引に彼女を犯人だと捕まえればいい!)



苛立ちは琉凰に移る。



そちらに視線を向けてみれば、琉凰は冷ややかな視線で茗恋を見つめていた。



彼も長く感じているのか、なかなか尻尾を出さない事にイラついているのか?



「時間が押しています」



隣りの裁判官が、密かに告げる。



長くなるのは得策ではない。




裁判長はどこか疲れた顔をして、息をついた。



そのとき、ふと琉凰のその横にいる洸縁が席を立った。



洸縁は目立たないように静かに扉の方に向かっていた。



「なら、視点を変えましょうか。淑妃、あなたについて教えてください」



いきなり、裁判長が話を変えてきた。



茗恋は首を傾げ、頷いた。



「先程司杏莉が証言されましたが、あなたの周りの物は、ほとんどが紅国の作り物だそうですね?匂袋に香炉に、茶器も…しっかりと梅花の柄が刻まれています。ですが、紅国での王族の紋章は梅花や蝋梅とは関係ありませんね」



一瞬、茗恋の眉がぴくりと動いた。



「何が、言いたいのです…?」



「いえ、あなたは紅国からこちらに嫁がれた身だ。実はこれは私も知りませんでしたが、紅国の先代国王陛下のいた時代、とある場所で花の成分を研究する組織があったようです。それは国の裏で活躍した暗器部隊で、毒を使用するためにと、先代国王陛下の分家一族、その生き残りが率いて研究していた。その暗器部隊の尊象が蝋梅だったらしいです」



これは初耳だ。



珠華は軽く目を見張る。そして、ふと陸志勇が紅国に居たときに使用された毒殺方法が思い浮かんだ。



彼が仕えていた姫が暗殺されかけた。



その方法が珠麗と同じだと、そのときの犯人はこの場にいるとも証言していた。



その後に司杏莉が自白した事で、あの陣湯庵とも面識があったため、彼女がそうなのかとそう思い込んだが…。



「これは陸志勇の証言と結びつきます。梅花の柄を好むことや、毒殺に、身分ある王族の姫…」



そこまで話し終えると、茗恋の顔は明らかに変化している。真っ青に青ざめては唇を強く噛み、体を震わせていた。



「それが、私と何の関係が?」



シラを切るつもりなのか、澄ました顔で聞き返す。



「その話ですが、今回の刺客の中に一人だけ、自白した者がいます」



「刺客とな!」



「捕まえていたのか?」




途端、周りが驚いたように声を上げた。



珠華はあの場にいたわけだが、そういえばと思い出す。



琉凰が部屋に訪れた日、倒して捕まった刺客がいた。



そのあとどうなったか、詳しい話を聞いてなかった。



逃げたのか、自害したのか…琉凰は何も言ってなかった。




「あれから四名の刺客を捕まえて牢に入れましたが、二名は自害し一名は脱走されて、残った一名は自白したようです。その刺客は紅国の暗器部隊にいた者でした。命じたものは誰かと問いかけた所、チアンと言う名が上がりました」



「…っ!?」



茗恋が険しい表情になる。



「チアンは、司杏莉のこちらでの名前です。その刺客によればチアンと言われる者も誰かに仕えている様子だったと証言しています。ただ、チアンという読み方ですが、地面の地に晏と書き、『地晏』と呼ぶようです。ですが、司杏莉の読み方は知恵の知であり、自身の杏莉の杏と書いて『知杏』です。その者が司杏莉なのかまではわかりませんでした」



偶然にしても、ここまで揃えばやはり関係しているように聞こえる。



それは皆も同じようで、騒いでいる。



「朱茗恋。あなたは紅国の暗器部隊と関係があり、その刺客を雇い司杏莉に貴妃を襲わせるように指示を仰いだのですか?」



まとめてから裁判長が再び告げると、茗恋の顔から表情が消えた。スッと氷のように冷たい眼差しで裁判長を睨みつけた。



「知りませんね…。何度も言いますが、私は関係ありません」



だが、茗恋はきっぱりとそう答える。



これでも彼女は尻尾を見せない。



埒があかないな、と裁判長がため息をついた、その時。


突然、官吏達の方から悲鳴のような叫び声が響いた。



(え…!?何っ!?あっ、あれは…!!)



その異変を感じて珠華がそちらに顔を向けると、官吏達のいる席の方からこちらに駆けてくる怪しげな黒づくめ達がいた。



「なんだ!?」



「うわぁああああっ!」



「賊だ!」



「逃げろ!」



誰かの叫び声、逃げ惑う人々の悲鳴。



即座に状況を理解した珠華は、懐に収めていた短剣を取り出した。



「四夫人の方に行くぞ!あの方達を守れっ!」



黒づくめ達の目的は淑妃以外の四夫人。



護衛や衛兵がこちらに駆けつけてくる。


しかし、逃げ惑う者がいるせいでなかなかこちらに近づけない。



珠華の近くにいた徳妃と賢妃は、お付きの侍女に連れられて逃げていく。



だが、黒づくめ達は二人に構わずに、真っ直ぐに珠華の方に近づいていた。



(くっ…!やはり、貴妃が目当てか!こうなったら戦うしか…!)



黒づくめ達は四方から珠華を囲むように近づいてきている。



彼女は険しい表情を浮かべて、自身を守るために短剣の鞘を抜き身構えた。



「珠麗っ!」


「貴妃様!」


「珠麗様!」


貴妃と呼ぶ兵に混じり、慧影の声ともう一人、誰かの声が聞こえる。



だが、四方の刺客は彼等よりも早く珠華の間合いに入り、剣を振り上げ斬りかかってきた。



「〜〜ッ!上等ッ!」



覆面護衛時の攻撃的な顔つきで叫び、一番早く斬りつけてくる右手の刺客の懐に潜り込む。



「ぐっ…!」



その首を斬りつけては血を流して倒れるその間に、次に近づいてきた左の刺客の手首を斬りつけて剣先を変えると、後方から襲う刺客の攻撃をかわして鳩尾に肘鉄を入れた。



「ぐふっ!?」



最後に前方から来るだろう二人の刺客に視線を向けると、一人の刺客の剣先がすぐ目の前に迫ってきていた。



(ちっ!ダメだ、間に合わない!)



前から来た刺客はまだ一人いる。



斬られる覚悟をして腕で顔を防ぎ、痛みに耐えようと歯を食いしばった。



「ガハッ!!」



刹那、目の前の刺客が血を流し、床に昏倒した。


「え…?」


続けてもう一人の刺客も、床に倒れ込んだ。



突然のことに驚くが、刺客と争う前に、一番近い場所にいた慧影の姿が頭に浮かんだ。



「あ、ありがとう慧…っ!?」



「はぁ、はぁ…はぁ…っ」



だが、顔を上げた先に慧影はいなかった。



一番に珠華の元に駆けつけてきてくれたのは、皇帝陛下…緑琉凰だった。

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