第6話
貴妃暗殺のために杏莉がした事は、白湯に毒を混ぜて貴妃を死に追いやった事。だが、何度も言うがそれだけでは事件は解決しない。
白湯の件は彼女がしたかもしれないが、その後の貴妃を襲ってきた刺客、それを命じたのは彼女じゃないはずだから。
それにその件が失敗したと思い、再び襲ってきたのは…皇帝陛下もいた時だ。妃の侍女が刺客を放ち、貴妃を暗殺しようとするのはあまりに無謀だ。
全て茗恋が彼女を使って貴妃暗殺を企てたはず。
「それでは、あなたは淑妃のために貴妃を暗殺しようと企んだとして…その後の、刺客を放ち貴妃を襲った件はどうなりますか?それも全部、あなたが立てた計画だったと?」
今までの全てが杏莉ただ一人が計画したのかそれを確認すると、彼女は微かに息を飲んでから、「はい」と項垂れた。
「貴妃を暗殺するには、刺客を送り込んだ方がそれらしいと思ったからです」
それらしい…。
その言葉に、珠華は眉を寄せた。それは皇帝陛下琉凰や洸縁の反応も一緒だった。
「それにしても手の込んだ計画だ。白湯で弱らせた貴妃に刺客を送り、毒針に見せかけ毒殺。それも失敗したとわかると、皇帝陛下と一緒にいる時刻に、また他の刺客を送り込んだ。どうしてもそこが辻褄が合いません。先の証言で妹の侑鈴は、あなたはあくまで利用されたに過ぎないと言っていました。それは彼女も恐れている人、つまり口にできない、身分の高い者だという事では?あなたが庇い立てしているのはあなたが大切にしている淑妃、朱茗恋ではないのですか?」
「な…っ!あれは…っ、あれは妹の話がデタラメだからです!淑妃様は関係ない!私が手配し、貴妃だけじゃなく皇帝陛下にも、淑妃様が一番だと思い知らせたのです!」
ムキになって、彼女は叫ぶように言った。
だが、それはどう見ても庇っているようにしか見えない。
淑妃、朱茗恋のためにと息巻き、毒殺までしようとその手を染めた杏莉が、その大切な存在の茗恋の慕う相手…皇帝陛下まで貶める行為をするのは逆効果だ。茗恋の立場を更に悪くして、周りの評価が落ちるだけだ。
「皇后陛下は淑妃様がとあなたは思っている。そこまで陶酔している彼女のためなら、皇帝陛下が貴妃の部屋に訪れた日を狙うのは避けるべき行為な気がします。あなたはやはり、嘘をついている」
あくまで自分がしたと主張する杏莉に、裁判長が鋭く指摘する。
「嘘ではありません!私が、やったんです!」
ヒステリックに叫ぶ。
杏莉の様子に、これ以上聞き出すのは無理だと判断した。
彼女は絶対、口を割らない。
裁判長はため息をついて、彼女を下がらせる事にした。
「もう結構です。あなたの証言はあなた自身がこの白湯事件の犯人だと主張しました。この件は、これにて終了します。司杏莉、貴妃暗殺を企てた共謀者、毒物を混入したという罪により、あなたを流刑にします。二度と、この国に足を踏み入れることはできません」
罪を犯した杏莉にそれ相当の罰を与えた。
裁判長の決断に、彼女は青ざめ呆然としたように立ち尽くした。
裁判長は他の裁判官に彼女を連れて行くように促した。
杏莉は抵抗なく、連行されていく。
妹の侑鈴は涙を流して連れ去られる姉の名を呼んでいた。
そして、次こそが、本番。
この一連の首謀者だと思われる、朱茗恋の公開裁判。
ようやくここまできた頃には、どこか緊迫した空気が流れていた。
淑妃である茗恋を処罰する事になれば、彼女の後ろ盾である先代の皇帝に仕えていた古参達が黙っていない。
しかし、意外にも彼等はこれには関与しないとして欠席していた。
つまり、皇帝陛下、琉凰の政敵は今回いないという事。茗恋も彼等から見切りをつけられたわけだ。
味方のいない茗恋をどこか切なそうに見つめながら連行される杏莉だが、茗恋の方はその視線を無視していた。
最後に自分の立場を不利にした彼女に裏切られたと思い、庇うこともしなくなっていた。
(薄情者め…。だから誰も貴様の味方はいないんだよ)
珠華が吐き捨てるように心の中で呟き、歪んだ笑みを浮かべ嘲笑う。
その目にはっきりと狂気が見えた。
「それでは淑妃、朱茗恋。前へ!」
裁判長が呼ぶと、横の席にいた彼女が立ち上がり、証言台に立つ。
茗恋は相変わらず無表情だが、堂々として不遜な態度に見えた。
「裁判長。初めに告げた事を、守って下さいな」
すぐさまボソリと呟いたその言葉に、裁判長は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「んっ、ごっほん!え〜…では、朱茗恋。早速、あなたの話を伺いましょう」
約束通り、彼は流す事なく、茗恋に機会を与えた。
「はい。では…先の侍女の件で、私が関与している事ですが、それはただの出まかせにすぎません。私自身、無実無根でございます。今更ですが、チアンは良く出来た侍女でした。それ故に私を想うあまりにあんな事をしてしまい、貴妃様の関係者には大変ご迷惑をかけたかと存じます」
自分は無実だと主張しては、杏莉のした事への謝罪をする。
ゆっくりと頭を下げて謝る彼女の姿に、周りは頷いて共感している。中には困惑している者もいるが…それもごくわずかだ。
「淑妃、今すべき事はあなた自身の事です。司杏莉の事での謝罪は求めていません」
すでに決まった事で蒸し返すな、と言っているのだろう。
即座に裁判長が指摘する。
「それは…申し訳ございません。では、話を戻します」
虚をつかれたようだが、すぐににこりと笑って話しの流れを戻す。
「はい。そうして下さい」
顔をしかめた裁判長が促すと、彼女は頷いて、ゆっくりと深呼吸した。
「それでは、例の匂袋の事から…。確かにアレは、私が使っていた物です。紅国の職人に特注品としてアレを作らせました。その袋は私自身と、王族の者が使っていました。それをいつ、チアンが持っていたのかは知りません。でも、あの中に入っている香の原料は証言通り、蝋梅です。故郷ではよく咲く梅花の一種で、決して毒のために用いられている物ではありませんでした」
そこまでは同じ証言。証拠品として提出された匂袋、それの中に入っていた物も嘘偽りのない話だ。
茗恋は大きく息を吐いて、微かに顔を曇らせる。
「それに…貴妃様に毒を入れるために使用したと言う香炉ですが、あれは紅国からの愛用品と同じ紅を着色し、梅花の柄をつけています。これも紅国の王族なら珍しくはない代物です」
そこまで話をして、茗恋は裁判長に鋭い視線を向けた。
「ですから、私には証拠がありません。陸志勇…侍中様の話も聞きましたが、あの話からすでにあのチアンが関わっていたのだろうと思われます。私の知らぬ所でしていた事に、私は責任を持つ事はできません。恥晒しかと思われますが…私が貴妃様を暗殺しようなどと、それを企てたなどと…それこそ憶測でしかない。狂言とも言えるでしょう」
最後にキッパリと、嫌味を忘れずに告げた。
憶測であり狂言。
知らない所で貴妃暗殺事件が起き、それをこうして話すまで知らなかった。それに対し彼女に罪はない。
犯人が自分の侍女だから責任は問われるが、犯人扱いはできないと、彼女は言っているのだ。
憶測で物を言い、証拠の一つもなく黒幕と決めつけている、と強く揶揄していた。
「…馬鹿な…」
途端、珠華は思わず声に出した。
本当にここまできて、そう証言するとは…。
「淑妃、それはこの貴妃暗殺未遂に対し、全て自分とは関わりがないと思っていると、そう言っているのですか?」
裁判長もよく嘘がつけるな、と思ったのだろう。
眉をひそめて、聞き返した。
「ええ。そういう事です。私の知らぬ場で知らぬ間に、貴妃様が暗殺されそうになっていたのです。それを私の侍女が犯人だったからと、私が関わっていると安直するのはおかしい事とかと思います」
また、厄介な事になった。
周りは緊迫した空気から、どこかうんざりしたような雰囲気に。
ずっと続いているので、また話が長くなると、ここまできて疲れが出てきたのだろう。
裁判長も深いため息をついた。
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