第4話
当たり前だが、証言台には一人ずつしか立てない。
裁判長が命じたのは侍女の司杏莉。
だから、先に立ったのは彼女だ。
不安そうな顔はどこにいったのか、今は感情の読めない無表情をつらぬいている。
「それでは知杏、司杏莉。妹の侑鈴の証言により、あなたには貴妃の暗殺を企てた疑いがあります。いくつか質問をしますので正直に答えてください」
裁判長が始めると、杏莉が頷いた。
「ですがその前に、先ほど証言していました司侑鈴。あなたにも証言してもらいます」
その言葉にハッとする。
「裁判長!それは…っ」
不利になる事を考えて、拒否しようと声を上げる。
「裁判長。私は彼女の代わりと申しました!質問は私が話すのが妥当かと思われます!」
茗恋が手を挙げて叫ぶように発言すると、裁判長の顔が歪んだ。
「それは…今回は特例として彼女を中心に質問します。あなたは彼女の次に発言の許可があります」
冷たく告げた裁判長の声が響いた。
「次にですか…?わかりました。それなら私も後に異議を唱えます」
一瞬、冷たい表情を見せて、茗恋が告げた。
「それなら構いません。では、再開します」
裁判長が再び茗恋から証言台にいる杏莉に視線を向けた。
裁判長が話すのは、先に証言した侑鈴の話が本当かどうか探る内容だ。
「では、まずは侑鈴が証言した、あなたが妹に成りすまして貴妃の白湯に毒を仕込んだ件ですが、あなたは茶器の扱いに慣れていますか?」
「…はい。私は淑妃様の侍女であります。茶器を触るのは当たり前です」
「そうですね。では、その茶器の種類をこの場で言えますか?」
侍女の仕事をしている彼女にとって、その質問は簡単に答える事ができる。自信のある表情をして頷く。
「茶器には茶壺、蓋碗、茶海、茶杯、聞香杯があります。この五つが基本的のモノです」
「そうですね、それは茶を好む者なら誰でも知っている事です。今回の毒殺未遂は、その茶器が使用されています。しかし、貴妃はお茶ではなく就寝時に習慣して飲まれていた白湯が原因で毒を口に運んでしまいました。これは貴妃の侍医が調べ上げたものです。貴妃は就寝前の白湯の入った茶壺に毒を仕込まれていた。そして、その毒は匂い袋の事件に使用された毒のある花の種を使用されていた。それを運んでいたのは貴妃の侍女頭である侑鈴でした」
そこは前に侑鈴の時に説明した内容である。
裁判長はその侑鈴に視線を向けて確認し、再び証言台の杏莉に向けた。
「それでは司杏莉。あなたに質問をします。あなたの主人である淑妃ですが、彼女は普段、後宮ではどのような茶器を使用されていますか?青磁や、白磁と言ったのが一般的ですが、淑妃はどうですか?」
「どのような…ですか?そうですね、淑妃様の茶器は特別製でございます。以前から愛用していた茶器を使用されています」
「特別製ですか。それはどのような陶磁器ですか?色や模様も具体的に証言してください」
そこまで言われて、彼女は言葉を詰まらせた。困ったように茗恋を見る。
茗恋はその視線に頷き、それを見て杏莉が裁判長に向き直る。
「紅国では…王族の方は紅釉の茶器を使用しています。紅国ということもあり、紅釉の原料、銅で赤をより綺麗な色で作られます。模様は様々ですが、淑妃様は梅花の模様の入った茶器を使用します」
「紅釉ですか…。この翠国ではあまり見かけませんね。王族に使用されていて、愛用していると言いましたが、それは紅国からこちらに来た時に献上された物ですか?」
「それはそうですね。淑妃様には紅が似合います。なので、日常の物はより高級感のある紅色の物を使って頂いています」
そう答える杏莉はどこか誇らしげだ。
茗恋には自国の名を連ねている紅色が似合うと言って、彼女も満更ではなさそうににこりと笑う。
「なるほど…淑妃には確かにその名の通り、紅色がよくお似合いです。ああ、それを聞いて、一つ確かめたいことがあります」
そこで言葉を切って、裁判長は隣の裁判官から何かを受け取る。
真っ赤な色の丸みのあるモノ。
「これを見て下さい。司杏莉、これは紅が着色されている香炉です」
ふと、それを杏莉が目にすると、眉をひそめていた彼女が一瞬驚いたように目を見開いた。
「これはさきほど司杏莉が申された物と同じ、紅釉です」
「それは…っ」
すると、茗恋が驚愕したように、香炉に見入っていた。
「これをここで見てもらったのは、これが淑妃の愛用していた茶器の物と似た色と作りだからです。間違いなく紅国からの物で、綺麗な紅色ですね。宮殿では我々が使う青磁とは違って対照的ではありますが、女性が好まれそうです」
そこまで続けて話すと、裁判長は侑鈴を呼んで今度は彼女に質問した。
「今度は司侑鈴に聞きます。あなたの仕える貴妃はどの色の茶器を使用されていましたか?」
侑鈴は微かに息を吐き、緊張した面持ちでゆっくりと口を開いた。
「貴妃様は…白の…白磁の茶器を使用されていました」
「そうです。貴妃の虹珠麗は事件直後も白磁の茶器を使用されています。彼女は殆どが白磁の物を使用されていました。そしてこちらが、事件に使われた茶壺です」
そこで現場で見た、あの珠麗の使っていた茶壺を出した。
珠華はそれとその前の紅の香炉を見て、微かに眉を寄せた。
(あれは…私が昨日まで寝室にあった物だよね?あの香炉はどこかで見たような…)
最近、見たばかりな気がする。それも珠麗の毒に関わって調べていた時に。
「この白磁の茶器には毒が付着されて、その毒はやはりあの匂い袋に入っていた蝋梅の種が使われていました」
匂い袋も証拠品として裁判長の前に出ている。
薄汚れた匂い袋に、杏莉の顔が曇った。
「今度は司杏莉に聞きます。あなたは、この匂い袋と、この香炉をご存知ですか?」
彼女が微かに息を飲んだ。
視線を彷徨わせる。
「では、言い直しましょう。これはあなたが妹の侑鈴に成りすまして貴妃の寝室に運んでいた、毒殺しようと使っていた匂い袋と、毒の種を焚くための香炉ですね?」
その途端、また周りが騒めき出した。
「どうですか?違いますか?」
更に追い打ちを立てるように声を上げる。
杏莉は青ざめた顔をして、ぐっと拳を握る。
「裁判長。私には、身に覚えのない物です」
ようやく口を開いた彼女の答えは、知らないという否定な言葉。
「身に覚えがない…?それはおかしいですね。この匂い袋は貴妃の寝室にあった。毒に使われた匂い袋と香炉ですよね?」
「何度言われても同じです!私は知りません!」
そう言って、完全に否定した。
すると、それを聞いた裁判長は厳しい表情からニヤリと、笑みを浮かべた。
「皆様…!今、ここにいる皆様が証人です。彼女は知らないと言いました。ですが、これはあなたは知っているはずです!それを証言するため、今度はあなたから匂い袋を受け取ったという武官を紹介しましょう」
裁判長が高らかに声を上げて告げると、杏莉から匂い袋を受け取ったと証言していた陣湯庵が現れた。
「湯…っ!?」
まさか、彼がこの場で現れると思わなかったのだろう。
驚愕したように、彼を見つめた。
「武官の名は、陣湯庵。先の件で陸志勇から話が出ましたが、彼が淑妃の匂い袋と同じ物を持っていたと噂になっていた武官です。しかし、匂い袋は淑妃からではなく、違う方から貰った物だそうです」
裁判長が彼の説明に入ると、杏莉は動揺を隠しきれずにいた。
「では、ここで司侑鈴から陣湯庵に交代します」
それを合図に、二人は入れ替わる。
侑鈴は湯庵を見て頭を下げて、自分の場所に戻った。
「それでは、陣湯庵殿!早速あなたに問います!この匂い袋は、司杏莉から頂いた匂い袋ですか?」
湯庵は強張った顔で、裁判長の手にある匂い袋を見て頷いた。
「確かに知杏…司杏莉殿から頂いた代物です。彼女とは私が以前いた碧州で出会いました。その時にお守りだと頂いた物です」
「つまり、あなたと司杏莉は宮殿に上がる前は碧州にいた、と言う事ですか?」
「あ、いえ。碧州にいたのは私であり、彼女は紅国にいました。偶然に知り合い、互いに文を出し合う仲になりました。それから私は宮殿の武官になり、彼女は後宮の侍女となりました」
ここで杏莉の過去を知っている彼が本当の事を証言すれば、杏莉は匂い袋や香炉を知らないと、言い逃れできない。
証人となる彼の言葉は真実を、杏莉の否定は嘘だと言うことになる。
「皆様、聞きましたか?陣湯庵の言葉が、誠です。司杏莉は確かにこの匂い袋を知らないと言った。ですが、それは嘘だと言うことです!本当は彼女は知っています!」
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