第3話

ゆっくりと立ち上がる姿に息を飲む。



今の今まで興味のない様子で座っていたあの朱茗恋が、ようやく反応を見せたのだ。



珠華は拳を握り、震えた。



(すごい…!彼等の読みは正しかった!)



彼等…琉凰とその側近の洸縁。



昨夜、侑鈴が捕まった後、二人は今日のこの裁判に犯人の杏莉だけでなくその裏にいる黒幕を引きづり出すため、大きな作戦を立てた。



それが、この特例案。



協力的ではなかった陸志勇を味方にこの特例を彼に教えてその場で許可を得ると、すぐさま琉凰に裁判での法律を一つ、新たに作り出した。



実はこの洸縁は昔から占星術に詳しく先見の明を持ち、皆の一歩先の事を予知していた。



そのため、彼はその場にいた誰よりも早く、今回の事件の真犯人が茗恋だと気づいていたわけだ。


(やはり、初めから彼等は淑妃が犯人だと疑っていたのね。あの夜も、先読みしていたんだ!)



数週間前に陛下の逢瀬の時、寝室に忍び込み珠華を襲ってきた刺客がいた。



その時も洸縁はまるでこうなる事を初めから知っていたかのように、兵を連れて隠し扉の向こうに隠れていた。


今回もその先見の明にて、この特例案をいつでも使えるように考えていた。



そして、それを裁判中に、しかも本人の前で使ってみせたのだ。



それがどう出るか…。



自身の証拠となる杏莉を証言に立たせないように、保身を考えて罠にハマるか、それでも自分には黙秘権があると関係ないとだんまりを貫くか、何かするにはその特例案はうってつけだった。



(あの男…本物だった。今ごろ、自分の予測が当たって喜んでいそうだな)



ふとそんな事を思って、珠華は奥の玉座にいる皇帝陛下琉凰と、その横にいる洸縁に目を向けた。



だが、どちらもこの策が上手くいって特別喜んでいるようには見えない。



琉凰は未だ険しい表情で茗恋を見ており、この特例案を考えた洸縁も無関心だ。



予想外な反応に、少し驚く。だが、すぐにハッと気づく。



これは、彼等にとっては当たり前な光景なのではないか、と。



皇帝陛下の立場、今までにも色んな事件があったに違いない。



こんな事を発案出来るのも先見の明があるからではなく、こういった経験を何度もしてきたからではないか?



(それに、まだ喜ぶのは早いか。この罠にはハマったが、これだけで裁判の判決が決まるわけじゃないもの。まだ、淑妃が黒幕とも決まってはいない)



どれも予測。確信まではいかない。



二人の様子に珠華は改めて表情を引き締める。



立ち上がった茗恋は庇うように侍女の知杏…杏莉の横に立ち、それを官吏が戸惑うような様子で見ている。



「裁判長!私が証人として出て宜しいですか?」



迎えた彼等では無理だと判断し、すぐさま彼女は命令した裁判長に声を上げた。



裁判長もこの特例案は先に話していた事ではあるが、あの茗恋が関わっている事を伝えてはいなかった。



裁判長に事前に吹聴していたら、買収したと誤解されて、発案したあの洸縁も、それを特例でも法律に加えた琉凰が不利になり、侑鈴の罪状が重くなるかもしれなかった。



裁判長がチラッと琉凰に視線を向けると、彼は微かに頷き返す。



それを確認して、裁判長は再び茗恋の方に顔を向けた。



「許可します!侍女と、証言台までお越し下さい」



特例に周りはざわつき、不満もあるようだった。



その中で茗恋は「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀をした。



顔を上げると、そこには綺麗な笑みを浮かべており、今から証言台に立つ者とは思えない余裕さがある。



それに対して司杏莉はオロオロして、彼女に心配そうな顔を見せている。



「チアン…大丈夫よ。私達は何も悪いことなどしていないわ」



そうでしょう?と首を傾げ、にこりと笑う。



すると、ハッとしたように動揺していた莉杏が微かに息をついて、茗恋のように軽く笑みを浮かべた。



まだぎこちない笑みではあったが、彼女は茗恋の言葉で自分を取り戻したのだ。



(どうして…?どうしてこんなに余裕なの?)



追い詰められているようには見えない。



まだ、何か切り札があるのか。



そのとき、ゆっくりと茗恋が動いた。一瞬、彼女の視線が珠華に向く。



そこには今まで向けられた事のない、深い憎悪が見えた。



途端、声を上げそうになった。



(−−−ハッ!だ、だめ!今声を出せば彼女の思うツボだわ!)



グッと耐えるように唇を噛む。



その様子に茗恋は嘲笑うかのように口元を吊り上げて、前を向いた。



「…さぁ、行きましょう」



何事もなかったかのように杏莉に声をかけて、証言台に向かった。



その後ろ姿を見つめ、珠華は握りしめた拳から血が出ていることに気づく。



(無意識に、力一杯握っていた…)



茗恋は珠華を、いや珠麗を相当憎んでいるのだ。



その理由ははっきりしないが、未だに、生きている彼女に憎悪を向けている。



(今ので確信したわ。淑妃…朱茗恋は珠麗を暗殺した犯人だ!)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る