第2話
琉凰の言葉に、その場は水を打ったように静まり返った。
皆の表情が変わると琉凰は満足したように、裁判長である刑部侍郎に視線を向けた。
「裁判長。続けてくれ」
その言葉に驚いていた裁判長はハッとして頷き、口を開いた。
「え〜…ゴホン。では、参考人である陸志勇への質問は以上とする。陸志勇は席にお戻り下さい。続いて、共謀者の疑いのある侍女頭、司侑鈴は前へ」
一旦、陸志勇への質問を終えて、今度は真犯人の代わりとなる司侑鈴が呼ばれた。
彼女は「はい」と返事をして、一瞬、珠華の方に視線を向けた。
正気のない青白い顔に少し悲しそうな表情を浮かべて、すぐに裁判長の方に視線を戻した。
(侑鈴…頑張れ)
心の中で彼女を励まし、心配そうな顔で珠華はグッと拳に力を込めた。
「それでは、司侑鈴。あなたは貴妃である虹珠麗の侍女として、貴妃と共にこの国に入国された。長年近くでかの方を支え仕えてきたその優秀さから、侍女頭へと昇進された」
侑鈴という侍女頭のこれまでの経緯を簡単に説明して、裁判長は深刻な表情をした。
「侍女頭として仕え、貴妃の習慣を利用して就寝時に運ぶ白湯入りの茶壺に、毒のある種を粉末した物を細工した。それが、周りに気づかれないように数回渡り行われていたため、貴妃は事件前本調子ではなかった。事件当日、護衛のいる前で暗殺者を送り込むと、貴妃の体に毒針と見せかけた針を打ち、貴妃を毒針で襲ったかのように見せかけた。…司侑鈴。あなたはその事件に関与している疑いがあり、実際にあなたは貴妃に毒を盛った罪で出頭されました」
それが侑鈴が貴妃暗殺に関わっていた内容だ。
「では、ここから質問に入りたいと思います。共謀となる貴妃暗殺に関与した理由を、この場で証言してください」
裁判長の質問に、侑鈴の顔が青ざめる。
珠華は侑鈴から彼女が庇っている侍女に視線を向けた。
侑鈴が出てきたことで、先程とは比べ物にならないくらい顔色が悪く、怒りからか侑鈴を冷たく睨みつけていた。
「はい。この場をお借りして…私の口から知っている事を洗いざらい白状しようと思います」
「おいっ!前置きはいい!早く、貴妃の侍女頭なら罪を認めることだ!」
そこに、また周りにいた者から声が上がった。
それを聞いた周りも「そうだ」とヤジを飛ばす。
「彼女は犯人と決まっていません!共謀の嫌疑をかけられているだけです。彼女から真犯人の事を聞くまでは、皆様、静粛にお願いします!」
唐突に野次を飛ばすから、なかなか話が進まない。
裁判長の刑部侍郎では甘く見られている節がある。
「…私には、年の近い姉がいます」
すると、周りの声に負けず、侑鈴の凛とした声がその場に響いた。
ハッとしたように、皆が一斉に彼女に振り返った。
「彼女は私と同じ後宮に入り、ある方に仕えています」
話を始めた侑鈴の言葉に、皆が耳を傾ける。
「姉はその方に陶酔しております。その方のためにならその命、尽くすつもりです。そのせいで姉はその方を脅かす貴妃様を憎みました。貴妃様に毒を仕込み、暗殺を企てたのです。しかし、私はそれをどうにか止めたくて説得しましたが、その姉の大事なあの方がそれを許さなかったのです」
珠華は彼女の言葉に辛そうに顔を歪ませ、淑妃の方に視線を向けた。
淑妃、朱茗恋は侑鈴の話に何を考えているのか、無表情で聞いていた。全く動揺した素振りを見せず、達観している。
ただ、その横の侍女は青ざめた顔で、唇を噛み締めて震えていた。
「では、あなたの姉君はその仕える方のために、自分の意思で、貴妃に毒を仕込んだというのですね?」
裁判長が確認するように尋ねると、侑鈴は少し顔を曇らせる。
「自分の意思でもありますが、彼女はただ利用されただけにすぎません」
「と、言いますと、あなたの姉君は、本当は別の真犯人に操られ、従わされていたかもしれない…そう言いたいわけですか?」
侑鈴の犯人は別にいるような言い方に、裁判長は眉を寄せて問いかけた。
侑鈴はグッと両手を握って、「そうです!」とはっきりと告げた。
「姉には毒の知識などありません。あったとしても、それを入手する手段を持ち合わせておりません!」
「司侑鈴、それはあなたが決めるべき事ではありません。まずはあなたが実際にその目で見た事だけを証言してください」
裁判長がすかさず注意した。
侑鈴のそれは推測に過ぎず、本当の事など当人しか知らないだろう。
「ですが、裁判長!」
「司侑鈴!私の言葉には従って下さい。これは忠告です。余計な発言は控えなさい!」
尚も侑鈴が叫ぼうとして、裁判長がきつく警告した。
それが効いたのか、グッと言葉を詰まらせ、悔しそうに拳を握って震えた。
(侑鈴…耐えて!裁判長の命に背けば極刑が重くなる!)
「…はい。申し訳ありません」
「では、次の質問をします。あなたは今、事件の犯人はその姉君がしていたと、証言しました。姉君が、その陶酔している方に騙されているとも証言された。ですがそれは実際に、あなたが考えた嘘による証言かもしれません。そこで、こちらで、あなたの言われた姉君の事を調べました」
「…え?」
裁判長はそこで何かの資料を出しては、皆にわかるように部下にそれを周りに見せるように回る。
証言した侑鈴は、ここでそんな事をされるとは知らず戸惑った。
いつ、それも調べていたのか…。
資料に書かれていたのは細かい経歴の書かれた侑鈴の姉の事。彼女が実在するかの資料。
実際に、姉はいる。
侑鈴とは年子であり、名は
杏莉は長女だが家の決めた結婚が嫌で家を捨てて、逃げてきた。ある国に一時期居たがこちらに戻って来ると、憧れている後宮に入り、そこで一から働いて、今は淑妃、朱茗恋の侍女となっている。
「皆様、これはすでに刑部で調べられた内容です。この書類には偽りはなく、確かに、司侑鈴には姉がいました。皆様、今からそれと今回の貴妃の毒事件からあの匂い袋の話を踏まえて話をしていきたいと思います」
裁判長が宣言すると、刑部官吏が動き出す。
事前にこれは陛下の許可を取っている。陸志勇にも侍中として協力してもらっている。
侑鈴や皆が驚く中で、淑妃の席に官吏が向かった。
「この場を借りて、今回、証言人として侍女、知杏。本名、司杏莉は一緒に証言台に立って頂きます」
このやり方は強引で、前代未聞だ。
裁判をしている最中、その場で犯人だろうと思われる者を証言台に立たせる。
「なんて、やり方を…」
「裁判長!裁判の途中で、まだ証言人にと任意していない者を無理矢理立たせるのは…!」
誰かが裁判長に抗議した時。
「門下省、陸侍中!!」
その瞬間、大きな声で陸志勇が呼ばれた。
陸志勇は「はい!」と返事をして、席から立ち上がる。
「皆様、このような強引な手段ではありますが、今回は特例として、裁判長自ら、証言人を選ぶ事が許されます。これは、その承認付きの、書類でございます」
それは皇帝陛下が、きちんと処理した特例の案件。
そこにはしっかりと玉璽の印があった。
「確かに、これは…」
重臣となる上官は皇帝陛下の許可付きのある書類を見ては皇帝陛下を見る。
これはまた、彼が臣下に相談なく独自に動いたのかと信頼が損なわれる場面だが、事件に関わる裁判の参考人ではあるが、まだ辞任されてはいない陸志勇も関わっていた。
二人は議会で言い争って、対立の立場。
険悪とまではいかないが、皇帝陛下になった琉凰を認めずにいた陸志勇。
そんな二人が今回は手を組み、この特例案を出した。
つまり、皇帝陛下の琉凰の独断ではないため、臣下の信頼は落ちることもなければ上がることはないと考えた。
「お待ちください」
すると、そこに誰かの高く凛とした声が響いた。
証言に立たされようとしていた杏莉の横。今回の大物…淑妃が、ようやく動いたのだ。
「チアンを連れて行くのなら、私も、証言台に立ちましょう。先ほどの司侑鈴等の発言に、異議を唱えたい」
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