第四章 事件解決…?
第1話
謁見室にはずらりと官吏が並ぶ。
その中の重臣は最前列に、衛兵は周りを固めている。
そして、今回の件で先に出頭した陸志勇と司侑鈴が二人、前に出てきていた。
裁判には刑部に御史台が取り仕切る。
貴妃に刺客を送り暗殺しようとした件、陛下と共にいた寝室での刺客を送り込んだ件、貴妃の茶器に毒を混ぜていた件。
全てが繋がっている事と、その暗殺を企てた黒幕を引きずり出すための裁判。
もちろん、一番の犯人候補者である侍女とその侍女の主人、淑妃も来ている。
裁判は、始めに貴妃が襲われた件から始めた。
だが、その刺客は分からずじまいだったため、証拠はなくあまり効果はなかった。
そして次に、寝室で皇帝陛下と貴妃が襲われた件。それは皇帝陛下の代理である洸縁が説明し、貴妃を狙っていた事を証言した。
そこで陸志勇が前に出る。
彼は今回、一連の事件の重要参考人だ。
「今回、宮殿で根も葉もない噂が広まった事で貴妃を暗殺するために用いた毒、その元となる花の匂いと同じ匂い袋を持つ者がいる話が話題となった。その匂い袋はある武官が持っていたとされ、それは紅国でしか手に入らない貴重な袋と、花だとわかった。その一連の事件の重要参考人であるあなたは何故、その匂い袋を独自に調査していたのですか?」
裁判長として、刑部侍郎が仕切る。
本来なら刑部尚書である陸定佳が表に立つが、彼はこの事件に関与している可能性があった。
「それは…刺客が貴妃様を陥れようとして使ったと思われる武器に、毒が付着していないことに気づいたからです」
「お待ちください。それは、どうして気づいたのですか?もっと具体的に証言して下さい」
間髪入れず、裁判長が深く追求する。
志勇は一瞬考え込むように視線を下げて、すぐに真っ直ぐに裁判長を見返した。
「私の出身国は、紅国です。その当時、私はある妃様の護衛を勤めていました。そのとき、その妃様は今回の貴妃様のように、送り込まれた刺客に毒針で襲われ、危険に晒されました。ですが、使われたその針には毒は付着しておらず、どこから毒を摂取したのかわからない状態でした」
そこで一旦言葉を切り、深いため息をついた。
視線が彷徨い、少し下を向くと、またゆっくり口を開く。
「そこで妃様を診察した侍医や調査をした方に聞き出し、どうやって彼女の体内に毒を摂取したのか、その方法を初めて知ったのです。そのため今回起きた貴妃様の事件が、まるであのときと同じ状況であったため、先に独自で調べたのです」
「なるほど…わかりました。あなたは今回の一連の事件もそのときと同じ状況だと気づき、即座に調べていた、と言うことですね」
「はい…。気づいて直ぐに調べました。そして、調べてある人物にたどり着き、その人物が私が仕えていた妃様の近くにいた事を思い出したのです」
志勇がはっきり答えたその言葉に、周りが動揺した。
琉凰は微かに眉を寄せ、その視線が自分の妃達へと向けられた。
妃として代表に四人が駆り出されている。
真剣な顔で聞き入っている賢姫、不安そうな顔の徳姫と無表情を貫く淑妃。
今回の事件の被害者である貴妃の珠華は無表情に、力強く拳を握りしめていた。
「では、参考人の陸志勇殿。あなたが仰った、妃様の近くにいた人物とは…今、この部屋にいらっしゃいますか?」
刑部侍郎の次の質問に、水を打ったようにしーんと静まり返る。
陸志勇は一瞬辛そうな表情を見せてから、「はい」と大きく答えた。
「では、次の質問です。その妃様の近くにいた人物と、こちらの問題となっている匂い袋ですが…これはその人物が使用していた物ですか?」
「…その匂い袋は、その人物の物ではありません。紅国の有名な職人が高級な布で作られた本物です。ですが、匂い袋でも同じ作りではありますが、使用した素材となる布が違って、偽物もあります」
「それは、こちらの、汚れた匂い袋の事ですか?」
裁判長がもう一つ、同じような匂い袋を皆の前に出す。
薄汚れたそれは、最初に出した匂い袋と見た目は瓜二つだった。
刹那、妃嬪側のある妃が微かにだが顔色を変えた。その横で佇む侍女が真っ青な顔をして震えていた。
その様子を琉凰はしっかりと確認し、貴妃の珠華も目撃した。
(あの匂い袋は、二つあった。武官の湯庵殿が持っていたのは綺麗な方、つまり淑妃である朱茗恋の物。それが今回騒がれていたブツだ。だけど本当は珠麗の寝室にあった薄汚れた物が事件に使われていた物…侍女の物だ。湯庵殿は侍女に貰っていたのだが、それを彼女からの物だと思い込み、大事にしていた。侍女はそうする事で、あの汚れた匂い袋…寝室にあった物が証拠品である事を隠そうとしたんだわ)
「それは……私が知る人物が、暗殺用に使用していました。毒性の強いある花の種や、匂いとなる花弁、種類は様々ですがそれを使って被害者に毒を盛ることができます」
「では、あなたはこの綺麗な匂い袋は今回の事件には関わりはなくただの匂いであり、こちらの薄汚れた匂い袋が事件の証拠品だと考えているのですか?」
裁判長の言葉に、辛そうに顔を歪ませ、ゆっくりと頷いた。
それは肯定だと言っている。
途端、周りが騒がしくなった。
初めから二つの匂い袋があり、一つをダミーとして、事件の証拠品を隠そうとした。それはつまり、この事件はその綺麗な匂い袋を持っていた妃も事件に関与していた可能性があるということだ。
「皆様、落ち着いて下さい。陸志勇。今回の貴妃の暗殺方法は、あなたの証言したこの匂い袋が原因で間違いありませんか…?」
「…はい。知る限りは、それが一番可能性が高いです」
「ありがとうございます。彼の言葉を証言に、実際我々もこの汚れた匂い袋の中身を調べました。その結果、この中身には紅国で取りやすい蝋梅の種が入っていました。その種を調べると、毒の成分があると、確認できました」
先に陸志勇に証言させてから、裁判長は刑部で調べた結果を周りに告げた。
「なんと…!」
「やはり、それが証拠品か!」
「犯人は!?その袋の持ち主は!」
重臣たちが険しい表情で叫び出す。
珠華はぐっと力を入れていた拳を広げ、震え出す身体を抱きしめた。
ここぞとはかりに騒ぎ立てる重臣達を睨みつけた。
(今更…っ、今更お前たちが知って何になる!?珠麗は死んだ!襲われる前に、危険を回避するように周りが警戒していれば…!)
貴妃が襲われたのに、彼等はそのことを心配していなかった。
ただ、噂話だけを鵜呑みにして、それを周りで根も葉もない話で騒ぐだけ。
本当に心から心配し、珠麗を助けたいと思っていたのは…ほんの一握りの者だけだった。
「皆様!皆様、静粛にお願いします!…では、次の質問に移ります…!」
騒がしい周りに裁判長は声を上げて、次の質問に移ることにした。
「犯人を述べるのが先だ!こんな騒ぎになって、我々に教えるのが先だろう!?」
「そうだそうだ!何も知らずにいた我々が馬鹿みたいではないか!隠れてコソコソ、門下省はやっていたんだ!」
今度は、何も知らされずにいた事への不満をぶつけてくる。
「そもそも、陛下が知っていたなら、これを我々に話すのが筋ではないのか!」
「いつからこんなことを!?軍を動かしたのは、やましい事があったからか!」
独自で調べていた陸志勇は勿論、その上の皇帝陛下も含めて、彼等はここぞとばかりに責めてきた。
「皆様…落ち着いて!静粛に!」
裁判長が止めるが、重臣達は己のことばかり。
この場にいる重臣達も含む官吏は、暗殺されそうになった事を噂で知らされた。
皇帝陛下と貴妃の周りがその暗殺されたという話を広めないようにしていたからだ。
だが、今回こうして変な噂が広まり、貴妃が暗殺されかけた事。それを噂の匂い袋が関係している事など、知らされていない彼等にとっては面白くない話なのだろう。
「皆の者、静まれ」
刹那、背筋が凍るような冷たい声が、その場に響いた。
誰もがハッとして息を飲み、口を閉ざす。
ひやりとした冷気が漂い、鋭く刺すような殺意がある者から流れた。
「私語を慎め。まだ、話は終わっていない」
そう続けて、その者が周りの臣下に告げた。
瞬時に場を凍らせたのは、皇帝陛下、緑琉凰だった。
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