第6話

昨日の今日と、翠国の皇帝陛下…緑琉凰は忙しかった。



いつもは業務事項だけで済ませ、あまり意見をしない琉凰は、臣下達からの報告を受けてすぐに朝議を終わらせていた。



しかし、今日は昨日の件で始めて、昼近くまでかかった。



いつも通りの報告が終わると、昨日、琉凰が無断で軍を動かした事に対して臣下達から抗議があった。



始めに話を振ってきたのは、軍を統括する陛下の反対派である雨月大将軍だった。



彼はこれとばかりに議会で攻めてきたのだ。



雨月大将軍がつくのは、門下省。つまりは陸侍中の下。



例え皇帝陛下でもなんの相談もなく動かした事に不満をぶつける。



議会は白熱し、今回の件で皇帝陛下の信頼はガタ落ちした。



しかし、彼は貴妃暗殺未遂について、刑部を調べた結果、証拠となるものを掴んだ。



陸侍中は確かに淑妃と繋がりがあり、毒の成分がある匂袋、淑妃がそれを愛用していた事を知った。



その匂袋に入っていたのは、ざわざわと騒めく中、琉凰は静かに、それでいて迫力ある声で言った。



「皆、今回の事件にはあの淑妃が関わっていた!淑妃が愛用する香には毒性があり、かの者はそれを匂い袋として使っていた。それを門下省陸志勇が、その毒となる香を独自にて調べていたのだ!」



バサ!と隣に立つ洸縁が、証拠となる書類を皆の目の前に突きつけた。




「これが刑部を調べて得た証拠品です。この書類には刑部に送った陸志勇様の直筆の署名、判があります。そしてこちらは他の書類ですが、ここにも署名があります。見比べればわかりますが、どちらも同じ筆跡です」



ざわり、と再び周りが騒ぎ出す。



「陸侍中が!?何ゆえそんな事を…」


「何かの間違いであろう!それが本当に彼が書いた証明にはならん!」



「陸侍中の筆跡を偽造したのでは!?」



各々、自分たちの都合のいいように解釈し、偽物だろうと、陛下の言葉を否定する。



「偽物か、そうでないかはわかるはずだ。これは正真正銘、陸志勇が直筆したモノだ!」



次の瞬間、険しい表情を浮かべて周りの声を遮るように大声で叫んだのは琉凰だった。



途端、反論した者は息を呑み、驚いたように口を閉ざす。


他にもこの状況を楽しんでいた者や、達観しているだけの者がいたが、彼らも驚いたようだった。



琉凰が今回、積極的に自ら動き、こうして強く意見をした事に、中でもある者は少し見直していた。



(へ〜…やるじゃん陛下。これまでと何か違うな。ここに来て、やる気が出たか…)



礼部に属する礼部侍郎。彼はどちらでもない派で、上司である礼部尚書と一緒にただ達観しているだけだった。



ここにきて、いつもと違う皇帝陛下に気づいたのか、彼は真面目な顔をすると挙手をした。



「あの…一つ、主上に質問がございます」



この騒ぎの中、手を挙げた彼に皆が一斉に振り返る。



隣にいる礼部尚書がギョッとしたように彼を見た。



「おい、何をお前は…」



すぐに尚書が諌めるが、琉凰が「良い、話せ」と許可をくれた。



「では、私から一つ、気になっていた事をこの場を借りてお話ししたいと思います」



派手な衣装を着たその服の懐から、礼部侍郎がさっと何かを取り出した。




「これは…ある方に貸して頂いた匂い袋です。この袋はある職人が一針一針丁寧に縫った、この世に二つとはない代物です」



彼は手元にある匂い袋を、周りの者に見えるように持ち上げる。




紅く輝く花と金の蝶が綺麗に刺繍されており、普通の匂い袋とは違う光沢のある生地で作られていた。




「それは…っ」



刹那、刑部尚書の陸定佳が青ざめた表情で声を上げた。



「何故礼部がそれを持っているんだ!」



怒鳴るような大声で、彼は礼部侍郎の方に指を指した。



「え…?ですから先ほどもいいましたが、ある方から借りた物ですよ。これが、どうしましたか?」



顔色を変えた刑部尚書に対し、余裕のある態度で首を傾げて、問い質す礼部侍郎。



刑部尚書はハッとしたように慌てた。



「い、いや…なんでもない!み、見間違いです!話の腰を割って、すみませんでした…!」



勘違いだったと、告げる。



しかし、彼はまだ礼部侍郎の手元を気にしている様子で、ちらっと見ては…何故か陸志勇の方に視線を向けていた。



それを琉凰も洸縁も、見逃さなかった。



「見間違え…?そうですか…。では、話を続けさせて頂きますが、この匂い袋はある国から採取した生地で作り上げたものだそうです。刺繍も高級品で作ったその職人曰く、これはとある高貴な女性が好まれて頼んで作った、その国に二つほどしかない物だそうです」



ある国から出た生地。高級物…高貴な女性が頼み作られた、匂い袋。



「まさか…それは…」



その場にいる誰もが、ハッとしたようにある女性を思い浮かべた。



礼部侍郎はどこか満足したように息をつくと、陸志勇の方に鋭い視線を向けた。



「それと、先ほどの主上が申された毒の件について話は戻りますが、この匂い袋には、匂いの素となるある花弁と、種子が入っています」



続けて礼部侍郎が、匂い袋の口を開いてそれを反対の手のひらの上で軽く振った。


コロコロと、手のひらに種らしき物と、乾燥した花弁が出てきた。



「この匂い袋の中には、貴妃様に使用された毒と同じ成分の物が入っています。この紅い花弁は匂いの素であり害はありません。しかし、こちらの種子の方は別で、ある用途として使えるものです」



礼部侍郎がそこまで伝えると、一人の臣下が口を開いた。




「どういうことですか…?匂いとなるのがその花弁なら、種子はいらないはずです。何故、その匂い袋には種子も入っているのですか?」



その質問に、礼部侍郎はニヤリと笑った。



「ええ、そうです。普通なら要りません。香もそれならそれだけでいいはず。ですが、このある方の匂い袋には、何故か要らない種子も入っているのです」



ざわざわ、と周りが騒ぎ始めた。



そこまで告げれば、礼部侍郎の言いたい事は伝わっているはずだ。



その話にはさすがに、陸志勇も顔色を変えた。



「まさか、それが貴妃様に使われた毒なのか!?」



「その毒の素が入っているには偶然過ぎる!誰がそんな危険な物を…!」



「何故そんなものを持っている!礼部は何をしている!?」



周りの臣下為が再び喚き出した。



礼部侍郎は冷めた目を周りに向けて、クッと小さく笑うと、ふと真剣な表情で息を吸った。



「皆さん!落ちついて下さい…!そもそもこれは、あの貴妃様の事件と関係がないかあるかわからない匂い袋です!ただ、私がこの場でこれを紹介したのは、そんな犯人ではないかと疑われてもおかしくない状況下に、未だにこのような匂い袋を大事に持っている人がいるということです!」



そう続けて声を張り上げて、礼部侍郎が訴えた。



「…礼部侍郎。あなたが持つその匂い袋は、果たして本物でしょうか?」



その声はとても落ち着いていて、よく響く声だった。



皆がハッと弾かれたように、声の主の方に振り返った。



「誰に、借りたものなのですか…?」


もう一度、その人物が口を開いた。



礼部侍郎はどこか試すかのように、ふっと妖しく笑った。



「陸侍中…。これはある武官から借りたモノです。武官は、これをある女性から貰ったモノだと言っておりました」





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