第5話

「慧影か…久しぶりだな」



天狼が入ってきた慧影を見て、ふっと笑い挨拶した。



慧影は天狼を冷たく見据えた。



「天狼。お前、何をしに来たんだ?」



現れた早々いつもと違ってどこか不機嫌な慧影。



「あ…?何って、呼ばれたんだよ。なぁ、珠華。アレだよなぁ。珠麗の毒の件で知りたいことがあるって呼んだんだよな」



すると、天狼は慧影の相手をすることなく珠華に話を振った。



「えっ…?あ、ああそうだ。今回の事件のあの、毒針に使われている毒を調べてもらっていたから、その報告をしに来てもらった」



いきなり話を振られて少し驚いたが、珠華は正直に天狼を呼んだのは自分からだと告げた。



「報告…ですか?それで、何を聞いたのですか?」



慧影が眉を寄せて、探るように鋭い視線を向けた。



びくっ!と怯え、息を呑み、珠華は天狼に困ったように視線を向けた。



彼はそれを受け取り、仕方ない、とため息をついた。



「そのことなら、俺の口から話そう。ちょうどお前にも俺から話したい事があったからな」



何か含みのある言い方で、彼は答えた。



「天狼、お前…」



慧影が微かに目を見張り、さっと顔色を変えた。



「珠華にはもう話した。珠麗が倒れた原因は刺客が放った毒針ではなく、日常生活のあるモノから毒に侵されていた、とな」



「…っ!待て、天狼っ!話が違うだろ。それは私が確かな証拠を掴んでから話す話だったはずだ。何故、それを姫様に話す?原因がなんであれ、珠麗様が毒で殺されたのは間違いないんだ」



途端、慧影が取り乱したように声を張り上げた。



だが、天狼はそんな慧影を馬鹿にしたように、鼻で笑った。



「馬鹿か、お前。それこそ遅いんだよ。ちゃんと教えてやらないと、あの粘着質な野郎になにもかも奪われるぜ?そうなれば慧影、お前も俺も手出しできない。珠華は永遠に、珠麗の死の原因を追求できなくなる」



「…!」



慧影が顔を歪める。



珠華は息を呑み、二人が自分の知らないことを知っている事に、困惑する。



(何…?どういうこと?二人は一体なんの話をしているの?)



「慧影、どうなんだ?珠麗の為にも、珠華の為にも…真実は明かすべきだ」




天狼の酷く真面目な声が、室内に響く。



慧影が息を呑む音がして、ぐっと悔しそうに唇を噛んだ。



その場に重い沈黙が流れた。



珠華も下手に、彼らから聞き出せない。



そんな雰囲気ではなかった。



(ど、どうしよう…!二人の話がさっぱりわからないだけじゃなく、この空気が重くて、口を出すのも…っ)



口にするには、勇気がいる。



珠華がそう思った瞬間、バッ!と突然慧影がそちらを振り返った。



その表情は苦しく辛そうだった。



ぐっ、とまた唇を噛み、彼がゆっくりと口を開いた。



「姫様。どうか、この私を許して下さい。まさか、こんな事になるとは…。私も油断していたのです」



説明するより前に、彼は謝ってきた。



何を許すのかわからないが、珠華は続きが知りたくて、「話してほしい」と告げた。



「はい…。天狼からは既に聞いていた事です。珠麗様はあの刺客が放った針で倒れた訳じゃなかった。その針も原因となりますが、彼女の身体は既に毒に侵されていて、食事も喉を通らない程に弱っていました」



慧影がポツリポツリと話し始めた。



彼が調べたのは、珠麗の近辺に置かれたものから。調度品や着る物も全て。



だが、そこには特に変わったものはなかった。



「それでは、どうやって彼女に毒を盛っていたか…。天狼と一緒に調べてようやく見つけたのが、侍女が持ってくる茶器にあった」



「え…?茶器?」



驚き、ハッとしたように、部屋の隅に置かれた台の上にある茶器の道具に視線を向けた。



「侍女達がいつも用意していることは知っていました。私はそれをすぐに専門に調べさせたが、茶壺、蓋碗等には毒は付着していないし、茶葉にもそれらしいモノはなかったのです」



「え…?じゃ、じゃあ彼女達の中にいるわけじゃないのね」



慧影の最後の言葉に、珠華はホッと息をついた。



「だって、そうならねぇ。すぐにバレるものね」



そう言って、冗談めかしに笑うと、天狼がクッと喉を鳴らした。



「甘いぜ、珠華よ。その茶器や使う茶葉にはなかったが、もう一つ大切な事を忘れている」



彼のどこか楽しそうな声に、慧影はキッと睨みつけ、「黙っていろ!」と注意した。



「天狼の言う事はこの際置いて…。姫様。確かにこの茶器には何もありません。だけど、珠麗様は茶以外によく飲んでいたものがあります」



そう真剣な表情で、慧影が続ける。



茶以外のもの…飲み物と言ったら…。



珠華は慧影から茶壺に視線を向けて、難しい顔でそれをジッと見つめた。



「珠麗が、他に飲んでいた…?茶ではなく、一番大切…好きな…」



ブツブツと独り言で暫くジッと見つめていると、ふと、彼女の頭の中にある光景が浮かんだ。



夜に珠麗の元に訪れるのは、何度かあった。




就寝前、寝台に入って読書をしている。その読書と、寝台の横の机にある…。



「あ…っ!思い、出した!珠麗はいつも、白湯だけ飲む習慣があった!」



茶器の道具の中、目の前にもある茶壺。


白い何の柄もないそれ。



「そうです。珠麗様は白湯を好んでいた。普段は客人が来た時や休憩時に茶を飲み、そこにある茶器類を使っていた。だが、就寝前は白湯を飲んでいたのです」



白湯を飲む事でよく眠れると、話していたことを思い出したのだ。



しかし、その白湯に毒が入っていたなら、その毒は白湯を運んでくる人物が一番怪しい。



「白湯に…。でもあれを運んでくるのは…」



そこでハッとしたように、顔色を変えた。



「まさか…そんな…彼女が?」



驚きと戸惑い。



珠華の様子に慧影が辛そうな顔で頷く。



「姫様もご存知の通り…就寝前に白湯を運んでくるのは、ただ一人。侍女頭である司侑鈴です」


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