第4話

翌日、宮殿内は慌ただしく騒がしかった。



皇帝陛下、琉凰が周りの者に無断で軍を引き連れ刑部省を調査したことで、朝からずっと議会が開かれていた。


そのせいで下の面々はその話題で持ちきりだ。



それは珠華のいる後宮にも伝わっていた。



事前に知っていた珠華は驚きはしなかったが。



彼女はそのことよりも、珠麗に使われた毒の事が気になった。



毒を調べているのは何も官吏だけじゃない。珠華もある人に頼み、それを待っていた。


そろそろ結果が出ているはず。未だに報告がなく、珠華は自分からその人物を呼ぶ事にした。



「珠麗様…天狼様が診察に来ました」



侍女が知らせに来た。



すぐに皆を下がらせ、一人に慧影を呼ぶように託けした。



黄天狼。珠麗と珠華と、慧影の昔馴染みある友…?



普段は宮殿にいなくて、ふらふらと外を放浪してはそのときに出会った患者を助けている自由気ままな医師。



「俄かに信じがたいな」



侍女に案内されて、入ってきた彼の第一声がそれだった。



ギョッとしたように侍女が天狼を見たが、その意味を知る珠華は微かに苦笑した。



「お久しぶりです、黄侍医」



軽い挨拶をすると、天狼は酷く嫌そうな顔をした。



「そこの者、もう下がってよいです。何かあれば侍女頭を呼びますから」



その言葉で、不躾に天狼を見ていた侍女がハッとしたように下がっていった。



天狼と二人きりになると、珠華はため息をついて、変な顔でジロジロこちらを見つめる彼に呆れた顔を向けた。



「天狼…その顔をやめろ。私がお前でもそう露骨に見せないぞ」



珠華に諌められ、軽く目を剥く。



「いやはや、なんともまぁ化けたもんだ。前から似てはいたが、そのような格好をすればそっくりだな」



「それは…褒め言葉か?このような話はいい。それよりも私は早く毒の事を…っ!?」



珠華が早く話を進めようとしたが、目の前に来た天狼がぐっと彼女の顔を覗き込んだ事にギョッとした。



「いや…近づけは前と変わらんか。はぁ…色気がない」



今の発言は、はっきりと珠華を貶していた。よく彼は珠麗と珠華を比べていた。完璧に女らしい色香がある珠麗には女として接して、全く感じないらしい珠華には男と同じ扱いだ。



珠華の顔が引きつった。



「あーあー、わかっていますよ!私には色香が足りませんよね。だけど、私はそんな事を聞くために呼び出したわけじゃないんですがね」



棘のある言い方で珠華が天狼に告げると、天狼は鼻白んだ。



「やれやれ…性急すぎるな。少しは落ちつきたまえ。そんな様子では、知りたい事も分からないままだぞ?」



(誰のせいでこんなことを…!)



即座に思ったことを叫ぼうとしたが、ぐっと堪える。



このままでは奴のペースに乗せられて、一向に話が進まなくなる。



「〜〜っ、それは…わざわざ、忠告をありがとう」



代わりにニヤッと引きつった笑みを浮かべ答えた。



「そうだそうだ。焦りは禁物だ。何せこの犯人は珠麗に深い恨みがあったのだからな。長期戦で根気強く、珠麗をあんな目に遭わせたんだからね」


天狼はうんうんと頷いて、とんでもないことを口走った。


珠華が「えっ!?」と驚いた声を上げる。


「ちょっと、どういうこと?まさか、天狼はすでに犯人がわかっているの!?」



続いて、大きな声を上げて天狼に問い詰めた。



「は…?いいや、犯人のことは知らんぞ。だが、動機はなんとなくわかった」



「え…動機?」


「そうだ。初めから違ったんだ。見方を変えればすぐに気づいたもんだが…。あのとき、珠麗に使われたあの針をよく調べてみた。お前はあれを毒針だと言っていたな?」



急に話を振られて、珠華は戸惑った表情を見せた。



「え、ええ…。あの針で珠麗は血を吐いて、意識を失ったわ」



一部始終この目で見ていた。



目の前で冷たくなっていく珠麗を。



「実は、その針は毒針ではなかったんだ。あの針になんの仕掛けもなかった」



「……はぁ?そんな、それこそ間違いよ!私はこの目でちゃんと見ていたのよ!?なのになんで針になんの仕掛けも…」



顔を青ざめた珠華が、取り乱したように天狼に詰め寄った。



「ちょ…っ、だから落ち着け!いいか、これは刺客に襲われる以前に、珠麗の身体は蝕まれていたんだ」



「はぁ!?何っ?どういうこと?」



目の前で睨み声を張り上げた珠華に、鋭い視線を向けた。



「ありふれたやり方ではあるが、これは専門でなければわからなかった。珠麗があのとき倒れたのは、点穴を打たれたからだ。刺客は弱っている珠麗の身体に更に追い討ちをかけるように針で流れている気を乱し、心の臓に負担をかけた」



「点、穴…?身体にあるあらゆるツボのことよね?でも、弱っている身体って…珠麗には持病はなかったし、後宮では定期的に身体の健康状態を調べてもらっていた。身体に異常はなかったはず」



天狼の推理では、珠麗はあのときにはすでに身体が弱っていた。病か何かに侵されていた事になる。



「ああ。俺も確認していた。彼女は何の病にも侵されていなかった。普通に健康体だった。だが、それはあの事件から二週間も前のことだ」



つまり、天狼が珠麗の身体を調べたのは、およそ一月ほど前になる。



天狼はあの事件の時、宮殿に滞在しており、珠華は彼を呼ぶように他の隊員に呼びかけていた。



だが、最初に駆けつけてきたのは天狼ではなく、この宮殿にいる大医だった。



大医はその場で確認し、亡くなっていると告げてすぐに戻っていった。その後に入れ違いに天狼が来て、亡くなった珠麗を診たわけだ。



「あのときの大医の判断は間違っていない。すでに息は止まっていたし、誰も助ける事は出来なかった。ただ、あの大医は俺と違い、死亡を確認しただけで詳しく調べてはいなかったんだ。死亡した原因は、珠華達をまやかしたその針ではなく、日常の中のモノにあったんだ」



「は…?」



珠華は目を見張った。



「日常って…つまりは、いつも出る食事か飲み物とか、それに毒が仕込まれていたの?」



驚きながら、思った事を口にして問い詰めると、天狼は険しい表情で首を振った。


「いいや、それは違う。食事は毒味をされてから運ばれてくるだろ?食事ではなく…」



そこで言葉を切って、天狼が何か言いづらそうに、含みのある目線を珠華に向けた時だった。



−−−−バン!!と勢い良く扉の開く音が響く。



「失礼します!!」



珠華はびく!と驚き、弾かれたようにそちらに顔をを向けた。



「あ…!」



天狼の話を遮るかのように、勢いよく入ってきたのは慧影だった。


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