第3話

今回の調査は、一旦これにて終了。



刑部省の捜査の知らせを受け、顔色を変えた陸尚書と犯人候補の陸志勇が刑部省に戻っていき、他の者達は琉凰の指示で持ち場に戻っていった。



琉凰も忙しくなりそうだ、と言って自分の居るべき場所へと戻っていった。




だが、彼は去り際に珠華を呼び止めて、脅した。



「は?今、なんと?」



呆気にとられ、珠華が聞き返すと、琉凰は微かに口元を釣り上げた。



「そなたは余に仕えろ。報酬も今の五倍は出そう」



つまり彼は珠華を手放すつもりはないらしい。おまけに今の雇い先よりも高額な報酬で彼女を引き抜くつもりだ。



これには困った。



珠華は雇われた刺客ではない。琉凰の花嫁だ。偽物だが、彼女には彼女の大事な役割がある。



珠華の途方に暮れたような顔に、彼はもう一押しした。


「今なら余に対するその無礼な態度も許そう。逮捕するつもりも処刑するつもりもない」



許す許さないの問題ではない。



珠華は今更ながらも、自分が刺客だと否定しなかったことに後悔した。



そのため珠華は何も答えられず、それを肯定したと先走った琉凰は「決まりだな」と勝手に成立させた。



慌てて断ろうと口を開いたが、そこにあの栗色の髪の警備兵、李雷辰が琉凰を呼びに来たのだ。



勘違いをしたまま琉凰は雷辰と深刻な話をしながら戻っていった。



珠華は雷辰に気づいたが、向こうは珠華に気づかなかったようだった。しかし、その場にまだ残っていた慧影には流石に色々とバレてしまった。



二人は見つからないように、親衛隊の使われていない部屋に向かった。



珠華はそこで変装用の官吏服を脱いで、いつも着ていた黒服に着替えた。



外には慧影が待っている。



質問責めにあうだろうな、とこれから起こる事を想定して、重いため息をつく。



どうやって話すべきか、迷いながらも扉を開けて廊下に出た。



慧影は扉の前に静かに佇んでいた。



その表情は怒っているのかとても冷たい。目なんて珠華を鋭く睨みつけている。



彼から負のオーラがありありと感じられた。



「ごめん…」



間髪入れず、珠華はバツが悪そうに謝った。



しかし、慧影の表情は変わらず冷たい。



「あの…なんと言えばいいのか…」


慧影は珠華が犯人捜しに色々調査している事は知っている。事前に彼とやりとりしている。



だが、その調査の仕方が問題だった。まさか、あの皇帝陛下に刺客と勘違いされて、脅迫れるとは思ってもみなかったからだ。



珠華がしどろもどろ呟くと、慧影は微かに眉間のしわを緩め、ため息をついた。



「私が、どうして怒っているのか…わかりますか?調査するときは黒隊の時でいいと許可しましたが、今思えば無謀な事をしたと思います。まさか、陛下と共に行動しているなんて…」



無謀な、と顔をしかめて、深く息を吐いた。



その台詞に、ピクリと珠華の眉が動く。



(それは…慧影だって人のこと言えないだろっ!)



「あのままバレていたらどうされるつもりだったんですか?珠麗様の事までバレてしまっていたはずです」



はずではなく確実にバレるだろう。



それは珠華も思ったことだ。だが、今はそれとは別の事で、彼女も慧影に対して怒りが湧いている。



「いいですか、珠華様。あなたはまだご自分の立場というものを理解されていないようだ。周りに、それも陛下にバレたら一貫の終わりなのです。もっと気を引き締めて、慎重に行動して…」



自分の事は棚に上げて、ネチネチと嫌味を含んで説教をする慧影に、さずかに珠華は腹が立った。



「〜〜〜っ!もうっ、いいからそこまで!」



その瞬間、珠華が大声を上げて、慧影は面食らった。



「な、なんですかいきなり。逆ギレ…」



慧影がそのあとの言葉を言う前に、珠華がキッと睨みつけた。



「ああ、そうだよね!?慧影からしてみれば、私の行動はいつもいつも無謀だよね!でもね慧影。あなた、人のこと言えないんじゃないのぉ?」



続けて、怒鳴り散らす珠華の言葉に、慧影の顔色が変わった。



それをふっと鼻先で笑い、珠華は腕を組み顎を引いた。



「慧影こそ人のこと言えないじゃない。なんで内侍官のフリをしてあの場にいたの!?あれは陛下と組んでいたからよね?それを私に黙って…何故かしら?」



今度は彼女が攻め込む番だ。



畳み掛けるように質問をぶつける珠華に、慧影はたじろいだ。



「私はね、慧影にはちゃんと話してきたわよ。大事な場面で秘密事なんてしたことないって思っている」



故郷からずっと、どんな時でも一緒だった。



仲間とともに珠麗を守り、大切に、家族のように過ごしてきた。



それは物心ついた頃から、気づくといつも隣に彼がいたからだ。



珠華はそこで軽く息を吐くと、とても悲しそうな顔をした。



「慧影…今回は何故黙っていたの?調査をすると言った時に、今日のこと教えてくれても良かったんじゃないの?」



その悲しげな様子で質問する彼女に息を呑んで、彼は苦しげに顔を歪めた。



「違うのです。言わないのではなく…言えなかったのです」



ポツリポツリと出てきた答えは、小さく消え入りそうな声だった。



珠華が眉を寄せて、「どうして?」と尋ねると、慧影は深く息をついた。



「これは…この件は、今までと全く違ったからです。あの皇帝陛下自ら、私にお声がかかった。『誰にも漏らすな』と命じられたのです」



続けて告げた彼の声は弱々しく、珠華に対し秘密を持っていた罪悪感からか、しおらしい態度だ。



その様子に軽く目を見張り、困惑した。


「それは…つまり、私…貴妃でも極秘だったと?」


途端、彼は表情を強張らせ、肯定するかのように微かに頷いた。



「…珠華様…っ、申し訳ございません!あなたが調査する事の意味を私だけが知っていたのに…!正直に話せず、本当に申し訳ありませんでした」



次の瞬間、彼は珠華に頭を下げて心の底から謝った。



許されるつもりはないが、その気持ちが収まらなかった。



頭を下げる慧影の姿を見て、珠華は微かに息をのみ、気まずそうに目を逸らした。



「今さら…謝らないでよ。それに、陛下の御命令なら仕方がないもの。私も…私だって、陛下に協力しろと脅されたもの」



人のことは言えないよ、と呟くように暴露した珠華に、慧影が弾かれたように顔を上げた。



「今…脅されたと言いましたかっ?珠華様、一体陛下と何があったのです?」



今度は慧影が必死の形相で、問い詰めてきた。



珠華はその勢いに軽く驚いたが、あの皇帝陛下とのやりとりを思い出して、うんざりしたようにため息をついた。



「これは、慧影と同じようなことよ…。私の場合は、自分から陛下に近付いちゃったわけだけど…」



そこで一旦言葉を切ると、珠華は固唾を飲んで見つめる慧影に、皇帝陛下…緑琉凰との間に何があったのか、ポツリポツリと話し始めた。










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