第4話
きめ細かな白く美しい顔が強張り、長い睫毛に妖しく揺れる翡翠の双眸が大きく見開いて、剣を握る手が微かに震え…!?
(ああっ!あああああ!うわぁあああーー!)
自分は、なんて事をしてしまったのか!
来た道を全速力で走り続け、追いかけてきた彼を振り切った。
そして気づくと、珠華は宮殿の門付近まで来ていた。
貴妃の自室となる後宮はその反対。柱に手を添えて、息を整える。
「はぁ、はぁ…っ。久しぶりに、全速力…っ」
声に出すと、ごほっ!ごほっ!と息を吸いすぎで咽せる。
「珠華っ、珠麗様っ?」
そこに、聞き覚えのある声がした。
涙目でそちらに振り向くと、心配そうにこちらに駆けてくる慧影の姿があった。
「けい、えい!」
まさか彼に会うとは。
無理にまた声を出し、ゴホゴホと咳き込む。
「大丈夫ですか!?珠麗様!」
慌てて慧影は珠華に駆けつけるとその肩に触れ、身体を支えた。
「だ、大丈夫だから…。ちょっと咽せただけ」
珠華は涙目で彼に視線を向けて咳き込みながら答え、彼に離れるように手で制する。
心配そうに顔を曇らせながらも、慧影は渋々彼女から離れて、ふと訝しげに眉根を寄せた。
「それにしても…。どうしてあなたがこのような場所にいるんですか?」
しかも、その服装はなんなんです?と厳しい視線を送った。
珠華はギクリとした。
顔を引きつらせ、乾いた笑い声を上げた。
「あははははは!いやぁちょっと、体を動かしたくてね。この辺を散策してたの」
苦しい返答になったが、嘘はついていない。
本当に、散策ではないが素振りをするためにあの窮屈な場所から逃げ出してきた。
だが、慧影はそれでは納得しなかった。眉を顰め、こちらを厳しく見つめる。
「まあ、いいじゃない慧影!ねぇ、それよりもさぁ、さっき誰にあったか聞きたい?」
とにかく話題を逸らそうと、珠華はわざと明るく振る舞い話を切り替えた。
慧影は仕方ない、と深くため息をつく。
「まぁ、いいでしょう。それで、誰にあったんです?」
食らいついた彼にほっと息を吐く。
「あの、皇帝陛下!緑琉凰に会ったのよ!」
つまり、この国の一番偉い男に会った。
「皇帝に、ですって?」
驚いたように目を見張った慧影は途中で言葉を切り、考え込んだ。
「なによ。ああ、わかってるわよ。ちゃんとバレないようにしてきたわ」
珠華は黙り込んだ慧影に眉を顰めて首を傾げた。
すると彼は難しい表情を浮かべて、言うか言わまいか迷うように口を開閉して考え込むと、暫くしてからゆっくりと口を開いた。
「珠華様…あなた、大丈夫なんですか?バレたら、即処刑ですよ?せっかく祝舞祭が終わったというのに…。これから何回も顔を合わせる相手ですよ?」
「そんな言わなくてもわかってるってば。だから変装して、刺客になったのよ」
そう言って、ふと最後の失態を思い出し、視線を彷徨わせた。
「ですが万が一…って、え?今、なんと?」
慧影は珠華を心配して言葉を続けようとしたが、途中何かに気づき顔色を変え、聞き返した。
「え…?なに、急に」
珠華の方に身を乗り出し、怖いくらい険しい顔で彼女を見つめる。その姿に珠華はたじろいだ。
「今、あなた…『刺客』などと口にしましたね」
「あれっ?私、そんなこと言った?」
珠華はとぼけてみたが、慧影はちゃんと聞いていたようだ。
怖い顔でじっと珠華を見つめると、彼女の視線が泳いでいる。
「珠華様?」
「〜〜…っ、い、言いました!言いましたとも!刺客と間違われてそれに成りきりましたよ」
珠華が降参と手を挙げて、白状した。
慧影はまだ怖い顔で珠華を見つめて、
「あなた、一体何をしているんですか。 そういえば…その髪も、地毛に戻していますね」
「ひっ!」と小さく悲鳴を上げ、その指摘に珠華は頭を隠すように黒布巾の上から両手を置く。
「今更隠しても遅いですよ!これはもう、じっくりたっぷりと、令嬢らしく振舞うように一から教養を学ばせないと…」
キラリ!と目を光らせ、嬉々として慧影が珠華を追い詰めた。
(ああっ、今日は厄日だぁ!!)
珠麗に成り切ると覚悟した筈が、なかなか彼女に成りきれずに失敗ばかりが続いている。
「いや、あのね慧影っ。私、ちゃんとバレないように頑張っているから!それだけはっ、それだけは…!!」
追い詰められた珠華が懇願するように慧影の前で両手をすり合わせた。
次の瞬間、珠華を壁脇に追い詰めていた慧影がバッ!と彼女から一歩後ろに引いて、丁寧に腰を折る。
「…はい、そうですか。それはあなたらしいお考えです。あなたがそう思うのなら、この件に関し私もそのように対応しましょう」
突然どこか余所余所しく、距離を置いた丁寧な台詞。ここでよく目にする女官や護衛の対応だ。
珠華はいきなり態度を変えた彼に驚いたように目を見張る。
「シュ…貴妃様。貴重なお時間を下さり、感謝します」
慧影はぺこりと頭を下げると、そのまま驚いている珠華の横を通り過ぎた。
棒のように立ち止まっていた彼女は、はっとして慌てて後ろを振り返る。
慧影を呼び止めようと口を開きかけて、その先に佇んでいる人物に気づき、ピタリと口を閉ざした。
(あ、あれは…!)
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