第3話
まずは手始めに…と。
寝室の奥の箱に隠し持っていた、自分の親衛隊の覆面服。
全身黒く、腰には目立たない柄の剣。
動きやすいズボンを履いて、口元は鼻から下が隠れるくらい布で覆われていた。
「よし。まずはこれから」
要は、珠麗とバレない、目立たない格好をして動けばいいのだ。
形から入って前のように行動すれば、バレる心配も後ろめたさもなく、悪さできるいい気分になる。
「姫様…それ、捨てなかったんですね」
隊服に身を包んだ珠華に、慧影が少し呆れたようにつぶやいた。
「え…?だって、これは初めて珠麗の為に何かできないかと、自分自身で掴んだ栄光の証よ。親衛隊に入れて、今までいろんな敵と戦った勝利の服でもある。こんな大事なものを捨てるなんてしないわよ」
「…はぁ、そうですか。やはり、あなたはあなたらしいですよ。珠麗様の代わりになるのが、そもそもの間違いだったんだ」
なんか、呆れたようなため息をつかれた。
「何よその態度…。持っていたのが、そんなに不服?」
ムッとして珠華が尋ねると、慧影はいやいやと手を振り、ふっと小さく笑う。
「そうじゃないです。そんなにも思い入れのある大事な服なら、普通は逆に捨ててます。ケジメをつけると言っていましたが、やはり初めから足りないんだなぁと、あなたらしいと思い関心したんです」
「え…?あなたらしい?それ、褒め言葉だよね」
ちょっと嬉しそうに言う辺り、やはり珠華には珠麗の代わりは荷が重すぎた。
それが彼女らしいから、慧影はそれ以上何も言わなかった。
「珠華様。これで準備万端ですね。調べる為に、これをあなたに渡しておきます」
慧影が珠華に渡したのは、小さな笛。竹を切って作ったモノで、首にぶら下げるように紐がついていた。
「万が一何かあれば、これで誰かを呼んでください。昨日のうちに他の仲間を数名集め、知らせてあります」
「え…、いつのまに?準備が早いな」
珠華が感心したように呟くと、慧影はにっこりと笑う。
「ありがとうございます。一応、彼等にはあなたが捜しているということは伏せています。珠麗様を陥れた者を捕まえるために犯人の手掛かりを捜すように、とだけ伝えておきました。私は少々別件の仕事がありましてあまり調べられないので、他の者が代わりに手伝います。くれぐれも無茶な行動は控えて下さい。あなたに何かあれば計画も全て終わりです」
ここにきてまた説教されて、珠華は少しうんざりした。
「ああ、わかっているわ。それは重々承知よ。それよりも慧影。あなたの別件の仕事って、なんなの?」
何も聞かされていないが、と珠華が首を傾げると、慧影は顔をしかめ、小さく肩をすくめた。
「ああ、それですが…。あの祝舞祭後の夜の事です。寝室に無断で入ったのがいけませんでした。上から少々目をつけられまして、まぁ、すぐに済みますので、問題ありません」
「え…?でも、あのとき陛下は何も…」
「ええ、陛下はお許しになりましたが、その周りが示しがつかないと、『始末書を書け』と言われたんです」
面倒ですよ、と少し疲れた様子で呟いた。
それを聞いて珠華は軽く眉をひそめ、あの時周りにいた人物を思い出してみた。
「その、周りの人って…まさかあの、洸縁様の事?」
その人ならあり得るな、と珠華が尋ねると、慧影は隠す様子もなく頷いた。
「そうですよ…あの洸縁様です。まぁ、実際伝えてきたのは部下でしたが」
「それって、理不尽じゃない?陛下がお許しになったのなら、何も始末書を書かなくてもいいと思うけど」
自分の事のように珠華が不満そうに告げると、慧影は微かに苦笑した。
「確かにそうですが、普通に考えればあれは処罰になります。洸縁様が周りに示しがつかないと言ったのもありがち間違っていません。始末書だけで過ぎたのが幸いでした」
「でも…なんか、納得いかないな」
慧影本人はもうそれはそれでいいのだと告げるが、まだ珠華は納得いかず、むぅと顔をしかめた。
そんな彼女にまた苦笑すると、
「もう、過ぎた事です。さて、この話はやめにして、早く調べる事にしましょう。時間はいくらあっても足りませんからね」
早々に話を切りかえた。
まだ少し不満そうだが、珠華は頷いて気持ちを切り替えた。
「わかったわ…。慧影、じゃあ私は早速、内侍省を調べてみる。何か手がかりがあるかもしれない」
噂の出所は、その内侍省が怪しい。
いきなり確信の場に向かうと言った彼女に、慧影は「えっ?」と驚いたように声を上げた。
「もう、そこから行くのですか?まずは、妃嬪の部屋からの方が…」
危険を顧みれば、妃嬪達の方が安全だ。
慧影の言葉に珠華はふっと冷たい目をして笑った。
「まさか、そんなちんたらしてたら時間がないわ。私の大事な珠麗の命を奪ったのよ。手っ取り早く、一番怪しい場所から調べるのが早いわ」
もうすでに噂は広まり、それも悪い方向へと拡大している。
不安や恐怖が、大きな混乱を招く前になんとしても止めなければ。
静かに怒りを露わにする彼女に、慧影は微かに息を呑み、少し悲しそうにため息をついた。
「…わかりました。あなたの気が済むのなら…。ですが、忘れないで下さいね。危ないと思ったら必ず仲間を呼んで下さい」
真剣な顔で訴えた彼に、珠華は心得たとばかりに頷いた。
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