2月28日『 』ミホ
「ただいまー。お疲れー」
「はい、おかえり。ゆかもお疲れ様」
「ホント疲れたぁー。シャワー浴びたーい」
「すぐ浴びちゃお? 私もくたくただし」
「うん。一緒入っちゃおー。てことでお先ー」
「あ、待ってよゆかぁ」
泥々に汚れたレインブーツとベタベタと肌に張り付くレインコートを脱いで、同じく泥まみれになったゆかを迎える。
じゃりじゃりとズボンの表面付いた砂利を手で叩いて払い落とすと茶色く濡れたロンティーと汗で湿った下着を脱いで、我先に素っ裸になってさっさとお風呂に向かってしまったゆかを追いかける。
「ねぇミホ、シャワー浴びてる間にお湯溜めて、一緒に入ろーよっ」
「良いけど、お湯張るのけっこう時間かかるよ? 良いの?」
「良いじゃんっ、ゆっくり入ろ?」
「うーん、そうだね。明日も仕事休みだからそうしよっか」
「やったー! じゃあお湯溜めるねー」
「うん」
ゆかの後ろについて浴室に入る。
ざぶざぶと注水口からお湯が流し込まれ、正方形の湯船の中で渦を巻いている。私くらいの身長ならそのまま横になれるくらい広い湯船にも関わらずお湯が溜まるスピードはとても速く、シャワーを全身で浴び始めたゆかが髪の毛を洗い終わる頃には溜まっていそうだ。
「それにしても、想像してた以上に重労働だったねー」
「うん。分かってたことだけれど、一日仕事になっちゃったしね」
「だね。でも、何だかスッキリしたなー」
「うん。私も」
ゆかのお兄さんを家の裏庭に埋めた。
雨で軟らかくなった土をシャベルで数時間かけて掘り、お兄さんを納めていたガラスケースごと埋葬したのだ。
二人の女手で掘ったにしては中々深く掘れたと思う。
海に棄てるというのも私は考えたのだけれど、私たちが住むこの家は山の手にあるし、隣接した民家も無い隠れ家のような所なので、どうせ訪れる人が少ない場所なら捜索すらされていないお兄さんを掘り起こす人もいないだろうという話になった。
互いの身体を洗い合っている最中のゆかは無邪気そのもので、ややぬるめのお湯を頭から
私はゆかのうなじから鎖骨、おへそ、膝の裏、両足の指先まで丹念に指で洗い上げ、彼女がこれ以上思い残すことのないようにと心の中で何度も口にした。
私がゆかの太股の辺りに手を這わせていると、唐突にゆかが私の髪の毛を撫でた。
「? 私の髪に何か付いてる?」
「んーん。お団子触っただけ。綺麗な髪良いなーって」
「ゆかもすっかり伸びたね。髪の毛染めたりしてないからそのまま伸ばしたら私みたいになるよ。二人でお揃いにしちゃう?」
「それもアリかなー」
「黒髪ロングは見た目が重たいから自分でも抵抗あるかもだけどね」
「そうなの? 綺麗なのに」
「私はずっとこの髪型だからとっくに慣れてるけれど、最初は違和感あるかもね。慣れたら気に入るとは思うよ」
「へぇー。じゃあ、チャレンジしてみようかな」
「お揃いかぁ。楽しみだなぁ」
ふくらはぎからアキレス腱へ。アキレス腱から爪先へとマッサージするように両手でゆかの足を包み込み洗う。
ゆかは満足そうに鼻歌を鳴らして結った私の髪の毛を弄んでいた。
「今日で、一緒に暮らし始めて2年経ったんだねぇー。ホント、時間が経つのは早いね」
「うん早いよね。本当にあっという間」
「今日は記念日だね」
「うん、区切りの日だもんね。記念日だね」
今日はゆかがお兄さんという呪縛からとうとう解き放たれた記念すべき日になった。
外は生憎の土砂降りだけれど、お陰でお兄さんを埋めた後の土はすっかり
むしろ、雲一つない晴れやかな青空よりも、今も窓をばちばちと叩く大雨を運んで来た黒雲が、止むことなく大地を打ち付ける大雨で私たち二人に万雷の拍手を延々贈り、私たちの新しい門出を祝ってくれているのではないかと私は一人で妄想していた。
私はゆかの右足と自分の右足を交差させて、親指で彼女の内腿を優しくなぞった。
「あと、どれくらい私とゆか、二人でこうして記念日を迎えられるかな?」
「分かんないけど、きっとずっとだよ」
「そうかな」
「そうだよ」
肩を寄せる。
その言葉で私の心は安らぐ。
そうなれば良いと思う。
そうなってほしいと思う。
今が永遠になれば良いと思う。
今を永遠にしたいと思う。
このままずっと二人で居たいと思う。
この
ずっとずっと続ける。
もう、ゆかには私しか居ないのだから。
「……そろそろ上がろっか。少し逆上せちゃった。ミホはまだ浸かってる?」
「ううん。私も上がる。熱くなっちゃった」
今度は私が先に上がって準備していたバスタオルをゆかに渡す。
お互いの身体を拭き合う。私はゆかの上半身に付いた水滴を拭き取りながら首筋にキスをする。
また擽ったそうに首を傾げて私の頭を追い出すと、ゆかは急いでパジャマの上着を羽織ってドライヤーを手に取り私にその銃口を向けて悪戯に笑った。
洗面台の前で椅子に座り、ゆかに髪の毛を乾かしてもらいながら、私はゆかと向かい合い、彼女のお腹に顔を埋める。
両手は彼女の腰に回して、右手をパジャマのズボンに滑り込ませる。
お風呂に入ったばかりだというのに、私はゆかともう少し汗をかくことしか考えていなかった。
酷い雨の音しか聞こえない静かな部屋の中。
互いの肉欲を満たして、私はまたゆかとの共依存を歓ぶ。
私だけを見ていてと願う。
私だけの貴女でいてと。
ずっと二人で居ようね。そう耳元で囁く。
ベッドの上でゆかが私の胸に甘えてくる。
夜の彼女はとても私に従順で、とても甘えん坊。
愛されてこなかったんだな。と、その度に思うのだ。
私はゆかの頭を優しく抱き締めて、頭を撫でてあげる。
私が頭を抱いてあげると、ゆかは頭を私の胸に一層押し付けてくる。
これもいつものこと。
ゆかの息遣いを肌で浴びる。
とても心地好くて、いつもどちらかが先に寝てしまう。
そしてゆかが先に寝てしまった後、ゆかは決まって涙を流すのだ。
時には「置いていかないで」「居なくならないで」と寝言を呟きながら。
「ねぇミホ?」
「んん……? なぁに?」
一足早く薄れいく意識の中、彼女の声に応える。
「私たちの約束、覚えてる?」
「……裏切らない。先に死なない。死にたいのなら言う。私以外の人と友達にならないで」
「……私たち、きっと約束守っていけるよね」
「……うん」
「約束だよ」
「うん……」
「約束。お願いだから、私を独りにしないでね」
「……うん、約束する。ゆかを一人にしないよ」
ゆかの身体を強く抱き締めた。
ゆかは私の胸に顔を埋めて、何度も何度も繰り返す。
一人にしないで、一人にしないでと。
私は答える。
一人にしないよ、大丈夫だよと。
私はこの先もずっとゆかと一緒に居続けるだろう。
私は絶対にゆかを一人になんかしない。してあげない。
ずっとずっと、最期の最期のその瞬間まで、私はゆかと一緒に居るんだ。
彼女を望んだ時、私は彼女と同じ罪を背負ったのだから。
ゆかが呟く。
「約束だよ」と。
私は返す。
「うん、約束」と。
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