2月28日『帰宅』ゆか
「ただいまー。お疲れー」
「はい、おかえり。ゆかもお疲れ様」
「ホント疲れたぁー。シャワー浴びたーい」
「すぐ浴びちゃお? 私もくたくただし」
「うん。一緒入っちゃおー。てことでお先ー」
「あ、待ってよゆかぁ」
汗だくになって汚れた服を急いで脱ぎ捨てて、お風呂に急ぐ。
「ねぇミホ、シャワー浴びてる間にお湯溜めて、一緒に入ろーよっ」
「良いけど、お湯張るのけっこう時間かかるよ? 良いの?」
「良いじゃんっ、ゆっくり入ろ?」
「うーん、そうだね。明日も仕事休みだからそうしよっか」
「やったー! じゃあお湯溜めるねー」
「うん」
浴室の外にあるお湯張りのボタンを押して浴室に入ると、大人が三人は入れるだろう広い浴槽に早速お湯が流れていた。
あっという間に溜まるので、私たちが身体を洗い終わる頃には入れるようになってるハズだ。
私はシャワーの温度を少しぬるめに調節してノズルを捻りベタベタする肌をお湯で洗い流す。
「それにしても、想像してた以上に重労働だったねー」
「うん。分かってたことだけれど、一日仕事になっちゃったしね」
「だね。でも、何だかスッキリしたなー」
「うん。私も」
髪を洗い、お互いの身体を洗いっこして身体に付いた汚れをキレイにする。
ミホは髪が長いので洗った後はいつもお団子にしている。頭の上にもう一つ頭があるみたいにボリューミーだ。
私は肩まで伸びた自分の髪を触って、ミホの艶のある長髪をまとめて出来たお団子を一撫でした。
「? 私の髪に何か付いてる?」
「んーん。お団子触っただけ。綺麗な髪良いなーって」
「ゆかもすっかり伸びたね。髪の毛染めたりしてないからそのまま伸ばしたら私みたいになるよ。二人でお揃いにしちゃう?」
「それもアリかなー」
「黒髪ロングは見た目が重たいから自分でも抵抗あるかもだけどね」
「そうなの? 綺麗なのに」
「私はずっとこの髪型だからとっくに慣れてるけれど、最初は違和感あるかもね。慣れたら気に入るとは思うよ」
「へぇー。じゃあ、チャレンジしてみようかな」
「お揃いかぁ。楽しみだなぁ」
最近はミホとお揃いのものがずいぶん増えた気がする。
一緒に暮らしてると色々似てくるとは聞くけど、食器、マグカップ、歯ブラシ、お布団、シュシュ、化粧ポーチ、メイクパレット、部屋着、下着、エトセトラエトセトラ。
ミホが買って来たものもあれば、二人でお買い物に出掛けて揃えたものもある。
ベッドカバーとカーテン、ラグ。
一緒に買い物行ったの楽しかったなぁ。
まあそれらはお揃いじゃなくて共有してるものなんだけど。
「今日で、一緒に暮らし始めて2年経ったんだねぇー。ホント、時間が経つのは早いね」
「うん早いよね。本当にあっという間」
「今日は記念日だね」
「うん、区切りの日だもんね。記念日だね」
つるつるの石を敷き詰めて組まれた湯船に足を伸ばして浸かる。
ミホは私と向かい合って、私の右足と自分の右足を交差させて浸かっている。
「あと、どれくらい私とゆか、二人でこうして記念日を迎えられるかな?」
「分かんないけど、きっとずっとだよ」
「そうかな」
「そうだよ」
ミホの言葉に答える。
そうなれば良いと思う。
そうなってほしいと思う。
今が永遠になれば良いと思う。
今を永遠にしたいと思う。
このままずっと二人で居たいと思う。
この対等な関係で居続けたいと思う。
ずっとずっと続けと思う。
あの人とは、そうならなかったから。
「……そろそろ上がろっか。少し
「ううん。私も上がる。熱くなっちゃった」
お風呂から上がって、お互いの身体をバスタオルで拭く。
お揃いのパジャマに着替えて髪を乾かし、寝室へと向かう。
今夜もお互いの身体に指を這わせ、愛情を貪る。
情欲を満たし、このままで居てと祈る。
私だけを見ていてと願う。
私を一人にしないでと。
独りぼっちにしないでと乞う。
暗がりの下、ミホの胸に身体を預け肌の温もりに心を溶かす。
その熱は激しくて心地好くて、身体も、骨までも融けてしまいそうになる。
いっそこのまま一つになって、そして消えてしまえたら良いのに。
どちらか一方が先に居なくなってしまわないように。今この瞬間消えて無くなってしまいたい。
私はもう失いたくない。愛する人を喪いたくない。
また置いていかれてしまうのなら、いっそ殺してと思ってしまう。
また取り残されてしまうのなら、命なんてモノもう要らないと思う。
ミホの心臓の音を聞いて、私の心臓なんか止まってしまえと強く思う。
これだけ幸せの中に居ても、いつか終わりがくると思ってしまう。
あんなにも、『それでも良い』と思っていたのに。
本当の幸福と、本当の不幸を知って、
『良いことにも、良くないことにも感謝する』なんて、絶対に出来ないのだと。
もし出来る人がいるのだとすれば、その人は狂人か狂信者であって、私のような本当を知らなかった人間には、到底その本質を知ることなんてできないのだと。
「ねぇミホ?」
「んん……? なぁに?」
布団の中で、ミホの胸の中で、ミホの温もりを感じながら呟いた。
ミホは微睡みの中から私の言葉に答える。
「私たちの約束、覚えてる?」
「……裏切らない。先に死なない。死にたいのなら言う。私以外の人と友達にならないで」
「……私たち、きっと約束守っていけるよね」
「……うん」
「約束だよ」
「うん……」
「約束。お願いだから、私を独りにしないでね」
「……うん、約束する。ゆかを一人にしないよ」
ミホが私の身体を抱き締める。
私はミホの熱っぽい身体に顔を埋めて、何度も何度も呟く。
独りにしないで、独りにしないでと。
ミホは答える。
一人にしないよ、大丈夫だよと。
いつかきっと私は独りになるだろう。
ミホもいつかきっと私を独りにして行ってしまう。
きっと最後の最後に、私は独りきりなるんだ。
それが、私に与えられた罰なんだ。
私は呟く。
「約束だよ」
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