2月23日『兆し』
「ミホ、私、そろそろ働こうかと思って」
「え?」
そう切り出すと、広過ぎるリビングでテーブルを挟んで向かいに座っていたミホは驚いたように目を大きくさせた。
「ミホのお陰で家賃や冷凍庫にかかった費用は破格で済んでるけど、そのほとんどをミホが肩代わりしてくれてるでしょ? 私にも貯めていたお金はあるし、そろそろ返していこうかと思って。それで、生活も、お兄ちゃんも安定してると思うから、ゆかも働こうかなって」
別に変なことを言っているワケじゃないと思う。
生きていく為にはお金が必要だし、お金を得る為には働かなくてはいけない。
私が貯めている、私たちが生活していく為のお金も、お兄ちゃんが貯めていたものと私が後から貯めたものを足したお金である。
元々、私一人で実行するつもりだった今の生活だけど、最初の予定とは大きく変わって協力者を得て、さらに金銭的な補助まで受けてしまっている形なのだから、それに見合うお返しと、肩代わりされているぶんの費用を返済しなければと思ったワケだ。
ただ、お返しと言っても金銭的に裕福なミホに私ができるお返しがあるとは思えなくて、先ずは借りている費用分を返済することを先決させて、働いてさらにお金を貯めてから、何かお返しができれば、と思っているのが現状である。
「ゆか、私はゆかに何か見返りを求めて協力したんじゃないんだよ? 今ゆかが貯めているお金だって、いつ必要になるか分からないしんだし、私はお金に困ってないんだから、そのお金はゆか達の為に使ってほしいな」
「でも、ここ最近ミホずっと忙しそうにしてたじゃん。色んな場所に行って色んな人に会って。それって全部ゆかとお兄ちゃんの為だったんでしょ? お金には困ってなくてもミホにお返しできることは、ゆかしたいよ」
「お返しって言われてもなぁ。欲しかったものはもう手に入れちゃったし」
「欲しかったもの?」
「あ…………と、友達。私が欲しかったもの」
「ああ」
なるほどと頷いて、立ち上がりテーブルに両手を付いて身体を乗り出してミホに近付く。
「わ、何!? ゆかどうしたの?」
「ミホ、頭貸して」
「え、こ、こう?」
ミホが頭を突き出す。
何で目をギュッと閉じているんだろ。
コツン。
「痛っ」
「あはっ、ごめん。勢いついちゃった」
「え、ええー? 何だったの?」
ミホは両手でおでこを押さえて上目遣いで私を見ている。
私は、頭を突き出したゆかのおでこに自分のおでこを軽くぶつけた。
特に深い意味はない。
おまじないのようなものでもない。
まだ、特に意味はない。
「別にぃー? 意味は無いけど、意味もなく身体を触ったり笑い合ったりとかって、友達っぽいでしょ?」
「んん……? そんなもんかな。友達出来たことなかったからよく分かんない」
「ゆかもよく分かんない」
「えぇー」
「だって、友達の形って、たぶんそれぞれ違うものでしょ? ゆかとミホが思う友達らしさって、人とは違うものでしょ? ミホが欲しいものって、そういうものでしょ?」
「あ、……うん。たぶんそう」
「でしょっ? じゃあ、これから作ってけば良くない? 『私たちらしさ』ってやつ」
「なるほど。確かにそうかも」
ミホにとっては違うかもしれないけど、私にとってミホはもはや運命共同体と言っていいくらい私の内情に詳しい存在になってしまった。
これは予想外であり予定外なことだけど、私の望んだ今を今のまま続ける為にはミホが必要だ。
そして私は、あの時は感じていなかった気持ちを、今はゆかに対して抱いている。
必要最低限な人間関係ではなく、必要不可欠な交友関係というものを。
完全に打算的だったあの頃とは違って、ミホの存在は、お兄ちゃんの次に必要なものになった。
お兄ちゃんの次に大事なものかと聞かれたら残念ながらノーと答えるけど、私が生きる為に必要な存在にミホはなったのだ。
そしてそんな彼女が望むのなら、私は彼女が求めるものを提供しよう。
それが友情でも、お金でも。
決して打算などではない。
ありのままの私で、彼女に応えるとしよう。
そうすれば、私たちは運命共同体になれるだろう。
なり合えるだろう。
と、これは打算かな。
でも、常に打算が頭の半分以上を占めている私にとって、こういう思考が『自分らしさ』であって、一番打算抜きの考え方だ。
きっとミホはそれ込みで私を友達と思ってくれているのだから、私は私のままで彼女に応える。
それが一番なんだ。
「ミホ」
「なーに?」
テーブルの向かいの席に座り、私を見つめていたミホに、私は右手の小指を差し出した。
「約束、しよ」
「いいよ。でも何を?」
ミホも右手の小指を差し出して、私の小指に絡める。
「お互いを裏切らないこと。先に死なないこと。死にたくなったら相談すること」
「……分かった。じゃあ私からも1つ」
「何?」
「私以外の友達を作らないこと」
「……? 良いけど、何で?」
「決まってるじゃない。ゆかを独り占めしたいからよ」
「ふーん。でも、私はお兄ちゃんだけのものだよ」
「それは『愛』でしょ? 私のは『友情』よ」
「うん、まあ、それなら良いかな。分かった。約束する」
「ありがと。やっぱりゆかは、最高の友達ね」
そう言って、私たちは小指を契ったのだった。
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