2月6日『遅番3』

「お客様ぜろだよ~ゆかちゃんセキュリティかけて~」

「はーい。お掃除入りまーす」

「は~い。私は入金してきま~す」

「お願いしまーす」


 夜の9時、本日の営業は終了しました!

 夕方の6時過ぎたらお客さんパタッといなくなっちゃって、暇になっちゃったけど、それまではけっこうパタパタしてた。

 今日は夕方制服を着た学生の子とか仕事帰りのOLさんとかがちょこちょこっと増えたけど、みんな帰りの電車待ちの空き時間にフラッと寄ったくらいの感じで、買ってくれる人は少なかったなぁ。

 まあ夕方はだいたいいつもそんな感じだけど。


「ただいま~。入金おわたよぉ~」

「はいおかえんなさぁーい。お掃除あとモップだけでーす」

 入金を終えて帰ってきたミホさんが、お店の中をきょろきょろと見回している。

「ゆかちゃん、ボディ変えたいのある~?」

「んー……そうですねぇ。今着てるのはまだ在庫もあるから急ぎ変えたいのはないですけど、明日また雪らしいので冬物の最後に入ってきたちょい厚手のセール品のコート、掃かせたくないですか? 色違い合わせてあと十着も無いですし、明日どっちが多く売るか、ミホさん競争しません?」

 私も店内を見回して、春物ブラウス一枚の合わせが薄いボディを指差しながら提案する。

「え~~!? ゆかちゃん、私がそぉゆぅの苦手って知ってるくせにぃ~」

「へへへー、だからじゃないですかぁ。勝てる勝負を仕掛けたいんですよぉ!」

「性格悪いなぁ~」

 嫌々と首を振り、少しムスッとした仕草で唇をとがらせミホさんが私を上目遣いで睨んでくる。

 モチロン、全然恐くないし、可愛い。

「へっへっへー。今月まだ負けてますからねぇ、ここらで巻き返したいんですよねぇ」

「そんな勝負しなくても私もゆかちゃんも予算達成するよぉ~。競争とかしたくないよぉ~」

 再びミホさんが嫌々と首を振る。

「まあまあ、たまには良いじゃないですかぁ。私、予算達成もそうですけど、そろそろミホさんに達成率で勝って、昇格とか狙いたいんですよぉ」

「え~ゆかちゃん、昇格したいのぉ? 転勤とかあるよ~?」

「いやー、転勤は無理なんですけどね。このお店で副店くらいになれればそれでー」

「あすか先輩いるよ~?」

「あすか先輩は転勤可って言ってたじゃないですかー。売上もすごいしお店も回せるんだから、そろそろ店長に昇格して異動とか有り得なくないですか?」

「ん~。確かにね~」

「でしょ? 私、もう少し稼げるようになりたいんですよねぇ」

「あ~~~、お兄さんのため……?」

「ですよですよ」

「ん~~」

 ミホさんはお兄ちゃんのことを詳しく知っていて、お兄ちゃんが家に一人引きこもっていることも知っている。

 ミホさんの性格を私が人より詳しく知っているように、ミホさんには私のお兄ちゃんとの生活と打ち明けていた。

「こんなこと言うのナンだけどさぁ~?」

 語尾を尻上がりにする時は、ミホさん苦言や注意をする時だ。

「あんまりよくないんじゃないかなぁ、お兄さんを甘やかすようなことぉ。身体のことは知ってるけど、家に一人籠ってるのって、良くないって言うよぉ~?」

「はいー。ですよぉ」

 私は頷く。

「ゆかちゃんが家族想いなの知ってるし、お兄さんに苦労させたくないって気持ちも分からなくないけどぉ、あまり優しくしすぎるのも、お兄さんを駄目にしちゃうんじゃな~い?」

 語尾が尻下がりなる。

 心配してくれている時だ。

「はいー、そうなんですけどぉ」

「他にも何かあるの~? よかったら聞くよぉ?」

「んー、いや、何かあるって程じゃないですけどぉ、……無いんですけどぉ……」

「……どしたの~」

「私がお兄ちゃんの自由を奪ってる。みたいなトコありますしねぇ……」

「う~ん……前に言ってた、呪いの言葉、ってやつぅ?」

「ですよぉ。『私より先に死なないで』ってやつです」

「それは呪いじゃなくて、戒めだと私は思うけどなぁ~」

「そうなんですけどねぇ、受け取り方はそれぞれですからー」

「お兄さんは、そう思ってる。ってことだよねぇ。……う~ん、ゆかちゃんも、厄介な人を好きになったもんだねぇ」

「……ですよー」

「おねえさんが、いつでも相談に乗るゾっ?」

「うわ~ん、たすけてよミホえもぉ~ん」

「誰がミホえもんですか誰が~」

 わざとらしく泣きつく私に、ミホさんは右手は振りかざしながらも左手は優しく私の背中に回してくれる。

 ホントにお姉さんみたいに頼れる先輩。

「何か困ったら言いなね?」

「はぁ~い、分かったよミホえもぉ~ん」

 ミホさんの胸に顔を埋めグリグリと顔を擦り付けながら、ミホさんの胸の感触を楽しんだ。

 とても不謹慎である。

「もぉ~。私真剣なのに~」

 呆れて脱力していくのが分かる。

 ミホさんはふにゃふにゃと身体を揺らして、だらりと下ろした両手をプラプラさせている。

 この話はここまで。

 そういうこと。


 ……ミホさんが私のことを心配してくれてるの、分かってる。

 でも、これくらいで良いんだ。

 これくらいの間合いで丁度良い。

 あまり、他人様ひとさまを巻き込むようなことじゃない。

 ホントにそう思うし、それに、私とお兄ちゃんの関係に這入はいってきてほしくないとも思う。


 お兄ちゃんは、私だけのものだから。



 余談だけど。

 次の日私がお昼に出勤すると、ミホさんは売り場で品の良さそうなおばさまと愉しそうにお話をしていた。

「それでですね~。今後輩ちゃんと、冬物の残りをどっちが多く売るか、競争してるんですぉ~。でも私そぉゆぅの苦手で~。たぶん負けちゃうんですよぉ~。後輩ちゃん、接客すごく上手なんです~いい子だし~」

 あ、ヤバい。

 そう思ったが時既におすし。じゃない遅し。

「あらーそぉなのぉ? それは先輩として勝たなきゃ面子が立たないじゃないのぉ。その残り物ってどれなのぉ?」

「あそこに並んでるコートですね~。まだ裏にも十枚くらいあって~」

「あらー!? 良さそうなコートじゃないのぉ。良いわよぉ、私が全部買ってあげるわよぉ、ヨガ教室のお友達に全部配っちゃうんだからぁ」

「え~!? 良いんですかぁ~!?」

「良いに決まってるじゃないのぉー。水くさいこと言わないのぉ、本当に欲の無い子なんだから貴女はー」

「いつもありがとうごさいます~。先輩としての面子守れそうですよぉ~。あ~そう言えば、春物のアウターも可愛いのあるんですよぉ~」


 ……マジかぁー。

 時既に遅し。

 その日ミホさんは、店内にある冬物と春物のアウターを根こそぎ売りさばき、今月の予算を達成させた。


 ホント、どんな関係なの?

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