1月16日

 ガリリ、とマウスのホイールボタンを人差し指で転がして下にスクロールしようとしたけれど、どうやら手紙は本当にこれで終わりのようで、これ以上下に進むことはできないし、これ以上Aからのメッセージも存在しないみたいだ。

 何だか、拍子抜けである。

 上手く隠せていると、誤魔化せていると、偽れていると、これまでそう自分を信じきっていたけれど、何てことはない、全て筒抜けで、全部お見通しで、まるっとバレていた。

 つまりそういうことだ。

 いや、まあ、そりゃあ、考えてもみれば、僕が僕を偽ってBを演じてはいても、Bを演じているBがそこには確かに居るわけで、Bの記憶があいつに引き継ぐように残るのであれば、BBであるということも残っていて当然か。

 それでもAが僕に合わせていてくれたのは、Aの優しさ、僕への信頼と思い遣りの表れだったんだろう。


 正直、スゴく恥ずかしい……!!

 恥ずかしい。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……!!


 僕でありながら私を演じているのがバレていたのなら、感情も性格も男でありながら女言葉を使い女のふりをして女であることを疑われないように『女の身体』を駆使して振る舞ってきたのを舞台袖から開幕から終幕までじっくりと眺められていたようなものだ。

 もはやコントじゃないか。

 いや、この場合はパントマイムと言うべきか。

 僕はまんまと道化ピエロを演じていたということである。

 なんという茶番だろうか。

 これが、今の今まで、Aがこの手紙を綴る数秒前まで僕が男であると知らなかったというのなら、僕が女だと一寸ちょっとも疑わずAが生きてきたのだとしたら。

 その時は僕は見事に道化師クラウンを演じてきたのだと胸を張ってその余韻に浸ることもできたのだろうけれど、その全てがAの手の平の上だったのだと知らされた今となっては、胸を潰された様な、胸を抉られたようなダメージをただただ受け止めることしかできない。

 ただまあ……。そんな僕をこれまでずっと受け入れてくれていたんだな、と思うと胸を撫で下ろす告白だったと言える。

 ともあれ。

 こうしてAから真摯な告白をされたのだ。

 Bは僕として、Aに応えなければいけないだろう。


 さて、どう返事を返したものか。

 Aがこんなに回りくどく時間をかけて僕の為に用意してくれたのだから、僕も同じように準備したい。

 けれど、僕の場合幾ら時間をかけたところでその行動は(どころか思考すら)Aに筒抜けなのだから意味がない。

 意味はあるかもしれないけれど、Aが感じる驚きは薄れる。

 今すぐに準備出来て、Aの心を少しでも揺さぶれる返事か。

 いやいや、無いだろそんなの。今何時だよ!? もう1時だよ! 二枚目の手紙を探すのに時間を使いすぎて、今から手紙を書こうにもほんとにいつ交代してもおかしくない。

 絶対に書き終える前に交代してしまう!

 いや、それでも僕の気持ちはAには伝わるのだから結果オーライか? そういうことにしていっそのこと何も残さず交代を待つ!? もうこの際だから寝ちゃう!? 無かったことにしちゃう!? いやいやいやいや! そんな誠意の欠片もない想いの伝え方ねーよ! さすがにAに呆れられるわ!

 時間ない時間ない時間ない時間ない時間ない時間ない時間ない時間ない!!

 ううん……ううん……………………「あっ」


 思い付いた。

 残りわずかで、Aの心に何か訴えかけるメッセージ。


 僕は、Aが僕にくれた一枚目の手紙を机の上に広げ、Aからのメッセージが犇めくように綴られた面を下にして、テーブルの上に転がっていたボールペンを掴んだ。


「こういうのが、Bらしいよね」

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