1月17日
我に返ると目の前には私が残した2通のBへの手紙。
1通はPCにエクセルで残した手紙の後編。(しょうもない話だが、私はwordを使ったことがない)
もう1通は白いA4サイズのノート用紙に書いた手紙の前編。
用紙の行には、私が残した文字がびっしりと端から端まで詰まっている。
結局、私はこの2通を残すのに丸一日を使ったのだった。
自分のことと、Bへの感謝と謝罪の気持ちを整理しながら文章におこしてみたのだけれど、これがなかなかどうして上手くまとまらなかった。
長い時間を一緒に生きていたから、忘れられないエピソードがとても多くて、何から話そうか、何から謝ろうか、どんな風に伝えたら感謝の気持ちが届くのか、それらを一つ一つ整理するのだけで、とても時間を要してしまった。
私はBのことを自分のことのように知っているし覚えているけれど、Bは私がどんな気持ちでこれまでBを見てきたのか知らない。
そんなのは当たり前なのだけれど、相手のことをほとんど知っていて、それでも何も知らないようにこれまで振る舞って、相手が自分の為にどれだけ尽くしてくれていたのかを見過ごしてきたのか、ということを相手につまびらかにしてしまうのは、とても心が痛かった。
どれだけ長い間、相手を欺いて、騙してきたのかを被害者に向かって真摯に伝えるのは、すごく胸が痛んだ。
偽善かもしれない。しかし私にだって良心の呵責というものがある。
手紙に残したように、私は私の欲望を満たすためにBの私への想いを利用したし、Bの自己犠牲の精神を何の見返りも与えず渡すこともなく享受していたのだ。それも、私が今まで生きた半生以上もの長い時間を。である。
これが友達とか赤の他人であったなら、私は嫌われる程度では済まないだろう。憎まれて当然だろうし、殺されかねない。その怨みは私の身辺の人間にまで及ぶかもしれない。
そう思うほど、私はBの努力を利用して生きてきたし、Bの想いを食いものにして彼の愛を
他人の不幸は蜜の味。
この字面の通りに私はBから甘美な蜜を好きなだけ吸って生きてきたのだ。
そしてそのぶんBが苦悩し、苦労し、苦渋を味わってきたのを知っている。
他人から見れば、もしかしたら大したことないのかもしれない。
特殊ではあろうが、二重人格の一方が一方を食いものにするというのは確かに耳にしたことのある現象だ。よくあると言ってしまってもいいかもしれない。
しかし、私にとってBは私の分身であり双子の片割れのような存在であり、私を私たらしめるかけがえのない人である。
彼の努力を、不幸を食いものにする度、私の中の良心は『Bに本当のことを告白して謝罪するべきだ。この罪を
だから、こうして私はBに2通の手紙を残したのである。
それにしても、記憶を遡る限りBは2通目の手紙を見つけ出すのに随分苦労したようだ。
1通目は彼のルーティンワークを考慮し確実に発見されるだろうと踏んでいたけれど、まさか2通目の発見がこんなに時間がかかるとは。
お陰で私の部屋が綺麗に片付いてしまっているではないか。
長らく放置してきたあのこんもりと膨らんだ布山が平地になってしまっているではないか。と言うか跡形もなくなっている。(ほんの僅かだけれど物悲しさがある)
察しの良いBのことだから、顔文字を見た時点で違和感に気付いてPCを立ち上げてもよさそうなものだが、探すことに躍起になって焦りのあまり私からのヒントを見落とすとは、案外Bもカワイイところがあるじゃないか。
Bの萌えのパラメーターが急上昇である。
そして、急上昇しているのは萌えのパラメーターだけではなかった。
「ちょっと、うるっときちゃったじゃんか」
テーブルの上には私が残したBへの白い手紙。
文字がびっしりと端から端まで詰まっている。
裏は白紙のままにしていた。
でも、今は一言。
何て書いてあるのか、とうに知っている私は優しく紙を裏返した。
『分かった。それでおk( ´∀`)』
たったそれだけ。
たったそれだけの、素っ気ないメッセージ。
でも、とても懐かしくて温かい彼からのメッセージ。
普段メモも手紙もくれない、くれても一言二言だけのto do noteしかくれない彼が、昔々初めて私に使ってくれた顔文字。あの一度以来、一度も見ていなかった彼の妥協策。
手書きすることなんて無いのだろう、顔文字の括弧が震えているようにブレている。
下っ手くそな顔文字だ。
「懐かし過ぎ」
短い短い文面を指でなぞる。
サラサラとした紙の質感。
温かみなんて何一つない。
「……ふふっ、下っ手くそだなぁ」
でも、そうだよね。手紙なんて書かないもんね。
どれだけ普段から女性を演じることに徹しているBでも、わざわざ手紙を書いて誰かに渡したりしたことはない。私と違って。
わざわざ、手紙なんて書かないのだ。Bは。
「ホントに交代ギリギリだったのに」
もう一度、文面をなぞった。
「ちゃんと思い出して書いてくれたんだなぁ」
今度は、何だか温かく感じた。
彼のことを、もっと好きになる。
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