本編 その2

 町内旅館組合加盟の宿泊施設十二軒のうち、津波で生き残ったのは四軒だけだった。

 この四年の間、補助金等で四軒が合同でエルファロというコンテナ宿泊施設を立ちあげた。つい最近は鷲ノ神公園下で鈴屋が復活した。ウチは生き残った口なのだけれど、多忙盛況だったのは津波から二年半の間だけ。閑古鳥が鳴く……とまではいかないけれど、アルバイトのひとりも常駐で雇えないような素寒貧が続いている。ウチは津波前から町内最小の旅館で、儲けもない代わりに維持費もかからないのが、不幸中の幸い、というところか。

 復興工事事業者のグループが、時折泊まってはいく。

 ボランティアや、この手の大学生グループは、本当に珍しい存在なのであった。

 私に名詞をくれた女の子は、白いブラウスに足首までのロングスカートをはいた、小柄な女の子だった。裾に蔦模様の入ったスカートはファッションに鈍い私にもオシャレに見えたし、深緑のベレー帽、あまりかかとの高くないパンプスも似合ってはいた……が、被災地を歩きまわるには、ちと、無防備過ぎる格好だ。そう、仙台のOLが、たまの休みに、秋保あたりを散策するにはお似合いのスタイルだろうけれど。きょろきょろ、あたりを見回す仕草が、とまらない。好奇心が抑え切れなくて、口から手から目から、あふれ出るような感じ。何を血迷うたか、彼女の関心が、私に向いたようだ。じっと私のしゃべり方を、目の動きを、そして顔を観察している……はて、昼食に食ったカツカレーのルーが口もとにでもついてたか……そうでもないらしい……そんな、凝視せんといて……あっ、もう、ええっちゅうのに。

 彼女に続いて、男性三人、女性二人、そしてやたら背の低い年配女性が靴を脱いでいく。グレーのスーツ姿には、肩書きにふさわしい威厳があった。私は、声をかけそびれた。一番後ろ、車を駐車場に停めてきた小太りの男性が、今回の幹事のウエノだと名乗った。プリントを出し、宿泊について、再確認である。一行は大学院生と教授のグループで、数日間のフィールドワークが目的で来町したのである。

 ウエノ君はジーンズに青緑のチェックのネルシャツ、四角い黒縁メガネといういでたち。秋葉原でよく見かけるタイプ、といえば分かりやすいかもしれない。

 早速部屋に案内するという私を押しとどめ、大広間の一角を拝借したい、と言う。荷物を置き、町をぐるりと回ってきたい、とウエノ君はなぜか棒読み口調で、言った。

 私は、ハア、とだけ答えて玄関脇の引き戸を開けた。

 もともと観光向けではない商人宿、昨今は女川原発の定期点検技術者向けだから、私が言うのもなんだが、内装はそっけない。畳敷きの四十畳間に、テーブルが九つ並んだだけの食堂だ。なぜか、しょっぱなの女の子が、戻ってくる。右手に下駄箱、正面に二階への階段、なんの変哲もない一間半の玄関をぐるりと見回す。

「ねこがはいるので、玄関をしめてください」

 ダンボールにマジックインキで書かれた注意書きが珍しいのか、声に出して読み上げた。

 漁業の町として名を馳せている女川だが、野生の動物も身近な町なのだった。

 夜になれば、浦宿駅裏五十メートルのところまで、鹿がアスファルト道路を闊歩してくる。ウチの玄関から入ってくるのも、隣近所全部で五十軒は越えるという町内一大住宅地なのに、野生のネコなのであった。

 私は、貼紙の意味を説明した。

 ウチの工場に棲みついているネコは、それはそれは精悍な顔をしたヤツで、自分より一回り大きなウミネコを獲って食う……食堂から顔を出して、こちらを伺っていたウエノ君が、頓狂な声を上げた。

「共食い? ウミネコって、エラとかヒレとかついたニャンコがいるんですか?」  カモメの親戚みたいな鳥だ、とウエノ君のさらに後ろから、咎める声が聞こえた。

「モノ知らずなこと言ってないで、はやく、その男のひと連れて、こっち来なさい」

 先ほどはちゃんと挨拶できなかった、名詞の主だ。


「近況報告」

 私のいれたほうじ茶をすすりながら、地図子さんがぶっきらぼうに言う。

「名詞あげたから、私の今現在は、分かるでしょ」

 ノスタルジックな懐古も、再開の感動もない。でも、なんだかそれが地図子さんらしい。

「どこから話せば、いいでしょう」

「最初からよ」

 学生さんたちは、食堂常備のインスタントコーヒーをセルフサービスで入れていた。誰かかが目ざとく、町の観光案内パンフレットを見つけた。A4版四つ折、カツオを抱えたシーパルちゃんが中央に陣取っているそれは、津波前の貴重な逸品だ。もう、観光用には役立たないけど、以前の町の様子を伺える資料的価値はある。めいめい一枚ずつとり、わいわい歓談し始めた。窓際で座布団をクッションのように後ろに敷いた地図子さんの顔は、最初、まぶしくてよく見えなかった。目が落ち着いてから、失礼とは思ったけれど、少しだけ凝視した。化粧のせいか、本来美肌なのか、皺がまったくない。けれど、記憶の中の地図子さんよりは、確実に大人になっていた。なんだか、多少輪郭が膨らんだような。気づいたのは、地図子さんの隣に、彼女によく似た女の子が腰を下ろしたせいかもしれない。出会いがしら、名詞をくれた女の子。チカ、と教授からは呼ばれていた。

「家業は、ごらんの通り旅館経営。自分の仕事は、オヤジの跡を継いで貝殻売りです」

「奥さん、お子さんは?」

「まだです……目下、女将さん募集ということで」

 結局、三十五の歳までフリーターをやっていた。家に連れ戻されたものの、大学を出てまでやるような仕事はなかった。大型自動車とフォークリフト、玉掛に小型移動式クレーンの免許をとって、商売を始めた。典型的な3K職場ではあるけれど、極めてニッチな仕事だけあって、収入は安定している……いや、言い直そう。低位安定だ。農林水産はどこまでいっても日本では構造不況業種、その「ゴミ処理」となると……とにかく、儲からない。なんとかかんとか、食ってだけはいける。

 足が痺れるのか、体育すわりになったチカが、社交辞令丸出しで言う。

「貝殻ですか……なんか、キレイでいいですよね」

 私が売っているのは、アクセサリー用ではない。サクラ貝やシャコ貝、その他有象無象・多種多様のオシャレな貝なんぞ、全然扱ってない。

 ホタテの貝殻、これオンリーだ。

「僕、知ってますよ。粉砕して、肥料にするんでしょう」

 ウエノ君の着眼点は悪くないが、やはりちょっと違う。牡蠣養殖用なのだ。そもそもホタテ殻は硬くてなかなか砕けない。このへんの、三陸の肥料会社が扱っているのも、主に牡蠣殻のほうである。青森近辺にいけば専門に粉砕しているところも、なくはない。東津軽の平内町には殻専門の組合があって、長慶という実際運営している会社で聞いたところ、五、六年は野ざらしにしたあと機械で粉砕するという。詳しくは、後で、ネットでググッたらいい……。

 チカが、身を乗り出して、言う。

「私がほしいって言ったら、売ってくれますか?」

 何に使うかは知らないけれど、ほしければ、売る。サイズを揃え、穴を開けて一枚一円五十銭で、どうだろう。

「飾り皿にして、玄関に飾ったりするのも、いいかなって……友達とかにあげるのに、余計にもらってもいいですか? 二十枚とか、三十枚とか」

 牡蠣の養殖業者に売るときには、72枚を一組にして加工する。五千本とか一万本とかの単位で売買するのが普通なので、顧客一人当たり三万枚から八万枚くらい売る計算だろうか。

「ちなみに、津波前ピーク時の取扱量は、年間二千トンほどでした」

 津波後五年になるけれど、まだ千トンちょっと、半分までしか回復していない。復興は、こと我が家に関しては、牛歩のスピードとしかいいようがない。

 ほえーっと、チカが奇声をあげて、感心する。

「そんなにたくさんやっていて、でも、もうかってないんですか?」

 もうかる年も、なくはない。他の農林水産業と一緒で、とにかく年度ごとの波が激しいのだ。私の学生時代にはちょうど豊作貧乏が続いたため、授業料免除の申請を出すと、二回に一回は半額免除になった。今、もちろん私は独身なわけだが、大学に通う子どもがいたら、震災の影響抜きで全額免除になる可能性が高い。

「地図子さん、こちらからも質問しても、いいですか?」

 彼女は冷めたお茶を飲み干して、私の問いを先回りする。

「今、あなたが話してるようなことを、聞きにきたわけよ」

 大学教授や研究者と称するひとが、ちょくちょくやってきては、本や論文、ブログなんぞの形で情報発信していく話は、既にした。語るべきことは語りつくされた感があるし、震災直後から被災地入りしているひとたちからすれば、「いまさら」な気分が余計強いのではなかろうか。

「別に、ここでなくとも、よかったんだけどね」

 それは、女川ではなく、石巻や志津川、陸前高田、とか?

「そういうのではなくて……三陸地方でなくともよかったってこと。ネタが転がってそうな場所なら」

 私の目は、少しく険しくなっていたかもしれない。

「詳しく、話してください」

 地図子さんは、左右に並ぶ若人たちにチラチラ視線を飛ばしてから、つぶやくように言った。

「最初から?」

「そうですね。最初から……できれば、あの、漫画サークルで連絡がつかなくなってから」


 パンフレットも見飽き、手持ち無沙汰になった学生さんたちの世話が、先だった。部屋に案内し、荷物を降ろしてもらう。

「B棟は、地図子さんたちのグループしか泊まってないので、多少騒いでも大丈夫です」

 ちなみに、私の部屋もB棟の一角だ。まあ、管理人室のような、ものだ。B棟は、学生さん等、若い団体客の割り当てが多い。A棟は主に普通の一般客。C棟は二階建ての建物の二階部分、三室だけからなる棟である。C棟の「ぬし」八木沢さんは、もう滞在十年以上になる原発技術者のひとで、パチンコにいくときには我が家のクルマを使い、オヤジやオフクロが温泉旅行に出かけるときには一緒についていく。家人不在のときには、宅急便を受け取ったり来客の相手をしてもらったりと、お客さんだかなんだか分からないような「住人」ではある。

 津波後は、チョウエイ水産のベトナム人が三人、C棟の一階部分に下宿しはじめた。にわか雨が振ればオフクロが彼らの洗濯ものを取り込んだりするためか、一度春巻きの差し入れがあった。私もお相伴して、おいしく戴いた。

 さて、地図子さんたちゼミメンバーに話を戻そう。

 宿泊費の関係もあり、二人で一部屋に分散してもらうことにした。教授以外の面々で、事前調査兼の町内見学をしてくると言っていたけれど、何時間もかけて見てまわるようなところはない。しいて言えば、ほとんど機能回復した女川魚市場及び宮ケ崎・石浜の水産加工団地だろうけれど、基本、関係者以外立入禁止、ではある。

 駅設置の温泉「ゆぽっぽ」の入浴券を預け、私はウエノ、チカ両名以外の学生を送り出した。

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