前日譚 その12
一連の「撮影」プレイの後、一番ご満悦だったのは三船さんで、いつになく脂ぎった顔を私たちに見せた。彼女がこれを三条木屋町あたりのギャラリーで発表するのなら、自分もこの体験を脚色して世に問いたい、とまで言い出した。
「ん。今度は、何?」
眉毛にツバをベトベトにつけたような顔をして、地図子さんはフィアンセをにらみつける。
三船さんは恋人の不機嫌を意に介さず、漫画だか映画だかのシナリオを即興でまくしたてた。
彼の息切れを狙って、私は問うた。
既に3Pだの乱交パーティーだののルポは馬に食わせるほど、世に溢れかえっている。いまさら……。
「ホントに、世に溢れかえってるかあ?」
三船さんは憤然と反論した。
「イエローペーパー、カストリ雑誌を飾る記事の大半は、ネクラな中年童貞どもが、想像たくましくデッチあげたヨタ話だ」
根拠は?
「そのほとんどが、読者たる中年童貞をコーフンさせるべく書かれた記事だからだ」
「なんだか堂々巡りで論証になってないような」
ていうか、三流週刊誌という性質上、この手のすべてのエロ記事は、そういう目的のために存在しているのではないか?
「違う」
三船さんは、ミフネ流に、言った。
乱交には、二種類の書かれ方がある。
読者を興奮させるのと、読者の参加を促すのと。
「興奮のほうは、場の雰囲気や心理を描写し、参加のほうはルールを説く」
乱交パーティーというのは、女性にとって心理的にも肉体的にもプライバシーという点でも、無防備極まる状態になっているのである。男どもに無用な野獣行為をさせないようにするための節操、主催者の強権、そして参加者の紳士的振舞をアピールするのが本義なのだ……。
「最近堪能したエロ漫画の筋で、ひどいのがあったな。倦怠期真っ只中、刺激に飢えた若夫婦がハプニングバーにいってみたら、参加者女性はプロばかり、男女比がアンバランス過ぎて、輪姦もどきのパーティーになったという……楽しい嬉しいだけが乱交パーティーではなくて、こういうのも実情のひとつ、とリアリティをひしひし感じながら、読んだもんだ。若奥さんのほうは、もうこりごりと旦那を叱っていて……結局カネ目当ての主催者がやるハプニングバーなんてこんなもんだ、行くなら筋金入りのヘンタイのところじゃないと、というオチがついていた」
一息入れた三船さんの顔を見ると、目の下にくっきりとくまどりができていた。
彼には、堀辰雄の小説に出てくるような、肺病患者なみの体力しかないらしい。
「君のほうが絶倫すぎるんだよ……秩序あるヘンタイ紳士の集まりを標榜する乱パーグループの記事が絶対的に少ない以上、昭和から平成に時代が移り変わろうとしている現在、日本で、生粋シロウトの日本人が参加主催している乱パーは、ほとんどないのかもしれない、というのが僕の結論だ」
私はパンツ……でなく、ジョグストラップを身につけながら、言った。
「いかにもヒネクレ者が気づきそうなポイントですね」
地図子さんのほうは、なぜかブラジャーだけを身に着けた姿で、ガレージ隅の籐椅子に深く腰を下ろしていた。刺繍ひとつついていない、シンプルな水色のブラジャーだ。小麦色の肌とあいまって、なんだか水着みたいに見える。普段は年齢不詳の童顔が、このときばかりは歳相応、二十代半ばの淑女然としていた。
彼女は彼氏の熱演に耳を傾けているふりを、してはいた。
けれど、生あくびを連発していた。
そして、熱心に講義を拝聴している私に、ありがたいアドバイスをくれる。
「明日の今頃には、こんなくだらないこと、なんで一生懸命聞いちゃったんだろって、思ってる、と思う」
いや、既にヒネクレ者の戯れ言と思ってるんですが……。
地図子さんは、彼氏にもありがたい忠告をくれた。
「書くのも、発表するのも勝手だけど、間違っても実名出したりするなよ」
そして、撮影とまったく関係のない用件……下宿に帰る前に、近所の公設市場で特売のインスタントコーヒーとステックシュガーを買っておいて……を言いつける。
三船さんは、フルチンのままだった。
一向に冷めやらぬ熱を私に託すように、言う。
「チズちゃんは芸術作品を、僕はエロ物語を得た。君、3人でのカラミから、何を得た? 単に自給千円でパンツを脱いだだけなのか?」
「パンツは脱いでません。ジョグストラップですよ」
いいかげんにしろ、と地図子さんが止めてくれ、ようやく私への追求はやんだ。
三船さんはテンションが高いまま三脚をしまい、ハエ叩きで裸の尻を鞭打たれながら、雑巾がけをした。
ある意味いつも以上にいつもの光景だったわけだけれど、三船さんの断末魔のようなヨタ話は、私の脳裏のどこか深くに、突き刺さってしまったようだ。ルールなき性交の代名詞たる乱交が、実は強固なルールに支えられており、しかもそれはヌードモデルになるとき同様、暗黙な一種の紳士協定に近い。
倫理、だ。
ホンペンを貫く屁理屈の原型は、あの言い知れぬ快楽を無意識に反芻するうちに、繰り返される三船さんの問いかけに発している。
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