前日譚 その11
実務をやらせれば、蛍光灯ひとつ満足に取り替えられない三船さんだったけれど、そのぶん、言葉遊びというか、愚にもつかないヨタ話は得意だった。
というか、「蛍光灯ひとつ満足に取り替えられない」などと言えば、今はLED全盛期だよ……など憎まれ口を叩くのが、三船風では、ある。
ここで、さらに、ひとつふたつ、あげていこう。
ヒモ生活が板についてきた……と地図子さんに小ばかにされて、珍しく三船さんが憤慨したときのこと。
「アカポスはもう諦めて、仙人の修行でもしたら? カスミを食って生きていくのも悪くないでしょ?」
自動車の排ガスまみれのカスミなんて、食ったら腹痛おこしそう……と三船さんは、例によって三船ふうの屁理屈でまぜっかえした。
ちょうどそのとき、私たちは、私たちのヌード写真の整理をしていた。
撮影後にもう一仕事と頼まれ、自分たちの写真をガレージの床いっぱいに並べていた。整然と並んだのを一覧してみて、初めて私たちのポーズに意味があるのに、気づいた。地図子さんに、確認する。「こっちのほうが、手っ取り早い」と彼女はどこぞの美術全集を私たちに放ってよこした。
どうやら、浮世絵春画の構図をそのまま拝借、私たちに模倣させていたらしい。江戸時代の漫画でも描くんですか、と尋ねると、本業の作品制作にも使えるかな、という返事が返ってきた。
地図子さんが参考にしたのは、西川祐信、喜多川歌麿など、一度は「くさい飯を食らった」浮世絵師ばかり。
「ボクも、この写真で発禁を食らってみたい」と地図子さんは物騒なことをいう。「実は院での研究テーマのひとつ、でね」。表現の自由への干渉が時代とともに変遷してきたプロセスがテーマ、という。
「なにやら、むつかしそうですね」
「要するに、江戸時代だって今だって、岡っ引きは小役人であるってことを、ボクは証明したいんだよ」
ま、ヤクザと警察に頼るとロクなことがない……マンガに出てくるコテコテの大阪人みたいなフレーズが地図子さんの口から出てくる。関西人には珍しく、普段から標準語をしゃべるひとだから、こんな場面で「定番の台詞」を聞かされると、新鮮に感じる。
けれど、私のささやかな感動を、三船さんはいとも簡単に吹き飛ばす。
「ま。あれだ。アーティストと称する女性が、一度はかかるハシカみたいなもんだ。ワイセツブツ陳列罪で留置所にぶちこまれたいっていう自虐的願望は。絶望的に才能がないけれど、絶望的に目立ちたいオンナが安易に頼れる最終解決策、かな。もちろん、チズちゃんに絶望的に才能がない、なんて言うつもりはない。チズちゃんを煽って、久しぶりにしっかりいじめてほしい、なんてマゾ的願望から、こんな破滅的な憎まれ口を叩いているのでもない」
地図子さんは、目だけ笑ってない笑顔で、フィアンセの長広舌を拝聴していた。
「ボクは、人前で脱ぎたいだなんて、一言も言ってないぞ」
「行間を読んだんだよ、チズちゃん」
「そうか。じゃあ、ボクも行間を読むことにするよ」
彼氏流の愛情表現に答えるべく、三船さんのパンツに手を突っ込んで手早く射精させると、白濁した液のついたたままの手で、彼氏の舌をひっぱった。
「どう? うれしい? うれしい?」
「ちょっと、キツいかな……」
「またまた。正直いいなよ。心にもないことを言ってると、ボクじゃなく、閻魔様に舌を抜かれちゃうよ……」
ちょっとばかり咳き込んだ三船さんは、懲りてないのか、それとも地図子さんの「躾」に反逆心を起こしたのか、はたまたさらなるマゾプレイを望んでか、例の美術全集片手に、言った。
「僕と彼の写真集を、完成させようじゃないか。でも、完全にマネするには、女の子が、ちとばかり足りないと思わないか?」
俗に、この手の「体位」は四十八手というけれど、イロハ歌に準えた男女間のバリエーションに比べ、男性同性愛のラーゲ姿勢が、格段に多いというわけではない。数度の撮影会で、主だったバリエーションをやりつくしたのは、並べた写真から明らかだった。
衆道には、近現代欧米から輸入されたゲイシーンとは違った概念がある。
念者と若衆、陰間の存在、そして三人取組という両性愛パターン。ある程度役割があるという意味で、それはもちろん現代的バイセクシャルとは違うのだけれど、春画におけるモチーフのひとつとしては、無視しえない「画」ではあった。
三船さんは婚約者に、新境地のことを言った。
「ボクは、脱がないぞ」
「チズちゃん。あえて正論を言うよ」
アーティストたるもの、というか「女性」アーティストたるもの、自らの裸体を作品として展示する度胸がなくて、どーする?
「それは、正論じゃなく、屁理屈だ」
「自分の芸術作品の完成に必要だとしても、脱がないのかい?」
地図子さんの視線が、私に飛んでくる。
しかし、返事のしようもなかった。
三船さんは、仮にも彼女の許婚である。
他人への裸体開示を求めるのは、ドMの常識に照らしても、ヘンな感じがした。そしてどうやら、地図子さんのほうは「寝取り・寝取られ」趣味にピンとこないらしかった。
彼女は、珍しく、低く、抑揚のない声を絞り出した。
「ヘンタイ」
「君が僕をこうしたんだよ、チズちゃん」
「私のこと、もう、好きじゃなくなった?」
「愛してるよ。だからこそ、君のハダカを他の男にさらしたい」
何度も彼のパンツの中に手をつっこんでるのに、いまさら恥ずかしがるところか? と三船さんは続ける。
「そういう意味で、ためらってたんじゃないんだけど。あんたが、それでいいなら」
地図子さんは、本当に、あっさり、脱いだ。
うわ。小学生だ。
ロリコンの気なぞもともと皆無、しかし宇都宮君に洗脳されつつあった私が、新たなる性癖に目覚めた瞬間かもしれない。
私がジロジロ見ていると、さすがの地図子さんも恥ずかしがった。
クスクス笑いながら、彼氏のチェック柄のネクタイで、私に目隠しする。
視覚なんぞなくとも、仰向けになった私に、地図子さんがまたがってくる感触は、はっきりと分かった。私の「おもちゃ」を、生温かく湿ったモノがキュッキュッと包み込む。地図子さんは「それ」をかたくなに「いつもの右手」と言い張ったけれど、汗にしてはやけに粘着質の液体が、脳天まで滴ってくる感じがした。
と、同時に、三船さんからも後ろの穴を責められた。
彼も彼女同様「いつもの人差し指」と言い張ったけれど、単なる指にしては太く、そして長すぎる棒だった。いつもと同じなのは前立腺を的確にリズミカルにつついてくるテクニックだが、本当に指をつきたてているのなら、私の腰をしっかりホールドしている両手は、いったい誰のものなのだ、となってしまう……。
四半世紀後、すっかり中年になった今でも、あの快楽にまさる心地よさは、体験していない。
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