前日譚 その10
宇都宮君の現状が現状だけに、私の変則的なアルバイトも、終わりにしていいはずだった。
けれど、地図子さんが私の「おもちゃ」に夢中になっていた。
理由は既に述べたとおり、私の超人的な絶倫ぶりのせいだ。
ジョグストラップという「鎧」は、最後の砦というより、地図子さんが私を攻める格好の口実になっていた。
曰く、「おもちゃ」のポジションがよくない、らしい。
股間のふくらみをだらしなく垂らしているせいで、私がどんなポーズをとっても構図が決まらない、などとのたまう。
ポジション直しと称して、ジョグストラップの中に手を突っ込んできては、わっさわっさと私の劣情を刺激するのだった。そういえば、前任者三人のうち二人は、地図子さんののテクニックに耐ええず、辞めていた。いや、辞めさせられていた。
私の場合、「中学生なみの回復力」と「AV男優なみの持続力」が買われたらしい。「すごい」「やるじゃない」などという感嘆賞賛を受けたのも、一度や二度でない。日曜日だけでは飽き足らず、火曜も水曜もどうだ? と誘われた。十回に八回は断ったが、渋々地図子さんのワガママにつきあうこともあった。もうほとんど、撮影会ならぬ「ジョグストラップのポジション矯正会」みたいになっていた。パチリと一枚撮っては、三十分のポジション直し。再びポーズをつけ撮影、今度は小一時間のポジション直し……。
正直に言おう。
私は、地図子さんの手に、熱烈に惚れていた。自分でするよりはるかに気持ちよく、時には「渋々引き受ける」という演技を忘れてしまうほどだった。「手」と「おもちゃ」限定ではあるが、言わば、相思相愛だったわけだ。もっとも、彼女は逆に、指一本、足の裏にさえ触れさせてはくれなかった。
地図子さん自身がヌードモデルになる、という約束も果たされなかった。
三船さんとのカラミでは全裸になるのだが、すると、地図子さんに「おもちゃ」をいたずらししてもらえない。悶々としたまま、隆々と勃起させたまま一日を終えることもあった。そんなときには、地図子さんの顔から、見下すような微苦笑が消えない。
まさしく、真性のドSだ。
マゾの気持ちが、というか宇都宮君や三船さんの気持ちが痛く分かる瞬間である。
はぐらかされる時間が長くなればなるほど、地図子さんの手が恋しくなる。
それはいつしかジョグストラップへの偏執的こだわりになっていった。
どんなセクシーなジョグストラップを着ければ、次も地図子さんに「遊んで」もらえるのか……最初の一枚は撮影用にと買っておいたものだが、二枚目からは陸上競技の練習のためと称して、自分で用意するようになる。仮にも婚約者がいる女性をこんな形で誘惑しようとするなんて……「賢者タイム」に陥るたび、私は深く深く猛省した。残念ながら、この自己嫌悪は、翌週日曜の朝までには消し飛んでしまう。私は、ある種の「寝取り」の快楽に溺れつつあったのかもしれない。
もちろん、お邪魔虫つきの逢瀬である。
いや、もっと正直に言っておこう。
彼女のフィアンセは、実は、決してお邪魔虫ではなかったのだ、と。
「寝取り」男として残虐な気分を楽しんでいたわけでは、ない。
私の「おもちゃ」が地図子さんの手に恋していたように、私のお尻の穴は、三船さんの指に惚れつつあったのだ。彼の「アイドル」稲垣足穂や三島由紀夫、はては藤原頼道のただれた文章を読まされて「格調高く」洗脳されつつあったせいも、あるかもしれない。あまりの彼のしつこさに、なすがまま尻の穴を自由にさせていたせいも、あるかもしれない。
けれど、決定的だったのは、三船さんの指が、私の前立腺のポイントをしっかり探り当ててしまったせいだろう。「トコロテン」と称する、直接接触ナシの精通に、私は文字通り腰抜けになってしまった。一度このゲイテイストあふれる精通に成功すると、二度目も三度目もあっさりヤラれてしまう。
地図子さんの自称「ピンサロ嬢なみのテクニック」も捨てがたかったが、この体腔深くへの直接攻撃には比べるべくもない……。
私の尻の突き出し方・振り方が、どんどん女の子じみてくる……と地図子さんは目を細めて言う。そう、彼女はドSの上、腐女子だった。私の「中毒」を見抜いた三船さんは、無抵抗な尻の抵抗をさらに奪うべく、指を二本、三本と増やしていくのだった。
撮影会の最中、三船さんが恋人に触ってもらうことは、一度としてなかった。
いや、正確に言えば、「恋人っぽく」触ってもらうことは、一度としてなかった。
地図子さんが典型的な悪女然として、婚約者がヤキモキするのを楽しんでいたというのもあるし、彼氏の精力が圧倒的に弱かった、というのもある。
一度イッちゃうと、その日は一日ダメ……という地図子さんの告白を、三船さんは否定しなかった。カエルのツラにションベンというべきか、「女相手だから起たないんだよ、美少年の尻を愛でるんなら、何度でも大丈夫」と負け惜しみを言っていたが……。
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