前日譚 その8

 話を続ける前に、三船さんのウザさを、再確認しておきたい。

 木曜のデッサン会のほうに、彼はついぞ出席しなかったから、会うのは日曜の撮影会のみだった。「仕事」の手順は毎回一緒である。

 私の下半身を丸裸にする。

 本人も、脱ぐ。

 他の人が見たら、誤解を招くくらい「スキンシップ」に励む。

 そして、毒にも薬にもならない薀蓄を垂れる。

 曰く。

「君。僕を、師匠と呼びたまえ」

「僕はヘンタイ紳士だよ」

「チズちゃんから聞いていた通りだ。君のお尻は、ホントにかわいい」

「互恵条約といこうじゃないか。僕が君のお尻を愛でるから、君も僕のお尻を撫で回してくれ」

 そう、矢継ぎ早に畳み掛けられても。

「矢継ぎ早? それをいうなら、マシンガントークだろ」

 いや、光速のツッコミと言ってもらったほうがいいか……僕は大阪出身じゃないが、チズちゃんにすっかり洗脳されてね、今では立派な漫才の相方だ、はっはっは。

 ちなみに地図子さんは現在、茨木に実家がある。

 三船さんは福井の敦賀出身で、親の転勤にあわせ関西・北陸を転々とする子ども時代だったとのこと。

 ワイシャツ姿では乳首が撮れない……という地図子さんのリクエストに答えて、初回以降は、マッパに蝶ネクタイ、黒のハイソックス姿で被写体を務めるようになった。

 そして、当初の約束……私の「おもちゃ」を極力写さない……を守るべく、用意されたのが、ジョグストラップである。もっとも、三船さんとのカラミのときには、適用されない。単体での撮影のときのみであり、なぜかこれを着用するときには、お尻を強調するポーズばかり要求される。

「セクシーじゃないか、おい」

「それはどうも。でも、大学入学して半年経つのに、彼女もできませんよ」

「彼女ができなきゃ、彼氏をつくったらいいじゃないか」

「……」

「こんな変な下着なのに、驚かないんだな」

「これでも、体育会所属のスポーツ選手ですから」

 見慣れているわけではないが、知識くらいはあった。

 冬季には防寒のため、股間のもっこりがばっちり分かるタイツを着用したりする。フローレンス・ジョイナーや秋元千鶴子選手など、当時はレオタード型ユニホームが全盛期で、色気たっぷりのスポーツウエアにも違和感はなかった。

 困ったのは、三船さんが、丸出しの尻を撫でてくることである。

 いや、撫でてくるだけなら、我慢できた。

 しつこく尻穴を狙って、指を突っ込もうとするのには、閉口した。

 君のたるんだ表情を引き締めるため……と称していたけれど、しつこく狙ってくるときにはたいてい勃起していたから、ヨコシマな動機全開で、私への「教育的指導」をしていたのは、確かである。

 男のフェチ心をたっぷりくすぐる「合法ロリ」の彼女がいるのに、同性愛的行動に走るのはなぜ? と一度問うたことがある。

 答えは、明快だった。

「チズちゃんに、洗脳されたからに決まってるだろう」

 大学に受かって上洛してきた時分には、素朴極まる田舎者だったらしい。

「中学以降は、ほとんど関西にいたんだ。たかだか、高校最後の一年間、敦賀にいただけなんだけどな。方言がなんだか抜けなくて……チズちゃんの母親には、たいそうびっくりされたもんだ。ウチの母親のツテで、家庭教師にいったのが馴れ初めなんだが、当時から、かわいくて、ドSで、ボーイズラブが好きな女の子だったな。君だって、いつまでも青二才ではいられないさ。チズちゃんのお気に入りなら、遅かれ早かれ、腐っていくよ」

 あんまりありがたくないご宣託をいただいたものだ。

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