前日譚 その2

 私が文字通りの意味で「一肌脱ぐ」ことになったのは、その年の六月のことだった。

 ゴールデンウイークを過ぎると連日夏日が続き、東北との気候の違いに愕然となった記憶がある。私たちの安下宿には、当然ながら、クーラーなんぞついてはいなかった。入梅してからは、蒸し暑さのためにまったく眠れない夜が続いた。汗をたっぷり吸った煎餅布団は不快極まりなかった。私はほどなく真っ裸で畳の上でゴロ寝するようになった。それでも、はやり暑かった。

 そんなのとき、宇都宮君が冷えたビール片手に、アルバイトの斡旋に来た。いや、宇都宮君の立場から言えば、私はていのよい貢物だったのだろう。

 いくら朋友の前とは言え、まっぱでは無作法すぎる。

 いそいそと抹茶色のタンクトップを羽織り、パンツをはこうとする私を、宇都宮君は押しとどめて言ったものだ。

 キミ、イイカラダ、シテルナ。

 こんなとき、どういう反応をするのが、正解なのだろう。

 ソッチノ趣味ハ、ナイゾ。

 確かこんなふうな、ありきたりな台詞で切り替えしたような気がする。

 ソレニ、君ニハ横恋慕シテイル女性ガイルハズダロウ、と。

 彼は、私のカラダをためつすがめつ、言う。

 まさに、その女性のご機嫌を伺うため、君のその肉体美が必要なのだ、と。

 フルチン状態なのに、そういうことを言われると、意味深に聞こえてしまう。しかし宇都宮君の依頼は、ある意味ありきたり至極のものだった。

 彼曰く、女性のヌードモデルは存外簡単に調達できるものらしい。ホントかウソか、彼は続ける。

 芸能プロダクションじみた斡旋会社もあれば、芸術系の大学学部でアルバイト募集をかけてもよい。反して、男性のヌードモデルというものは、需要も少ないが、供給・確保もまた難しいものらしい。

 学術用のデッサンでなく、趣味に徹したデッサンなら、なおさら。

 観賞に適したオトコのカラダは、希少価値なのだそうだ。

 私は、当初、当然、断った。

 なにより、人前で裸体を晒すのが、恥ずかしい。

 宇都宮君自身が、脱げばいいだろう。

 私の提案は、即、却下された。

 憧れの君に、「鑑賞に堪えない」とさんざんクサされたらしい。

 コンナコト、誰ニデモ頼メルコトジャナイ。恥ヲ忍ンデ、頭ヲ下ゲテルンダ。

 宇都宮君は、さりげなく、私の本棚に視線を走らせた。

 清岡純子の写真集だの「さーくる社」のビデオだの、平成の今となってはご法度もののリアル・ペドがところ狭しと並んでいた。

 主催者ハ、君好ノるっくすダゾ。

 あんまり説得力はなかったけれど、私はロリコンではない、と言い張った。

 なおも渋る私に、宇都宮君はしつこく、言う。

 恋愛成就の暁には、君の愛読書LOを十年分進呈しよう……彼はあたかも私の股間を拝むように、土下座したものだ。

 フルチンのまんまだった私は、決まり悪く頭をかきながら、もう一度、同じ反論した。

 オレハ、ろりこんジャナイゾ。

 宇都宮君は、しれっとした顔で私の言葉を受けた。

 オレダッテ、ソウダヨ。単ナル貧乳好キダ。

 ウソつけ。

 中学二年の時分、遊びにきていた弟の同級生(小5・おかっぱ頭の美少女)のトイレ覗きをして、警察沙汰になって以来、代償行動をとっているのは調査済だ。

 すなわち、外見こどもの成人女性「合法ロリ」は君の大好物。

 本命中の本命に手を出したら、逮捕されるからな……。

 宇都宮君は顔を真っ赤にして、私の指摘を否定した。

 失敬ナ。ソウイウ君コソ、相当ヤバインジャナイノカ。コノ俺デサエ持ッテイナイ逸品ガ、君ノこれくしょんノ中ニアルゾ。

 宇都宮君は血走った目で、私の本棚の「逸品」を次々指さす。

 しかし、私には、その価値がわからない。

 単にひとからもらったものなのだ。

 履修登録した教養部の講義とは別に、私は偽学生として、入学当初から学部のゼミに潜り込んでいた。向学心豊か、ということで、私はかわいがられた。ステディができ、自室にエロ本を保管しておけなくなった先輩のひとりが、お下がりにと、くれたものなのだ。

 無節操、貧乏な私は、遠慮なく先輩のコレクションを「利用」させてもらっていた。

 なおも渋る私に、宇都宮君はしこたまビールを勧めてくれた。

 アルコールで判断力が鈍ったせいもあるかもしれない。

 私は、いつの間にか、抱く、と返事をしていた。

 あまり大きな声では言えないが、モデルとおだてられるのは、悪い気がしなかった。

 肉体の鍛錬度については、自信があった。

 中学高校と陸上競技で鳴らした私は、大学でも体育会陸上競技部に所属していた。

 性格こそのトーホグの田舎者そのものだったが、(自分で言うのもなんだが)少なくとも紅顔の美少年ではあり、銭湯では一目置かれる、細マッチョだった。

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