6-番外編【幸せとは程遠いね】

 ☆ランサー


 ここはどこかわからない。しかし、なんとなく見覚えがある場所にいるなと思っていた。そして、気付く。ここは1日目にきたホテルのロビーだ。


 なんでここにいるのだろうか。ランサーは辺りを見渡し、一つの影に気づく。そして、それを見たとき、全てを察した。


 ——これは


「久しぶりなのだ。ランサー」


 ——夢だ。


「……なんだいなんだい。あたいに文句を言いに来たってのかい?」

「違うのだ。少し、話がしたかっただけなのだ」


 そういって、フェンサーは横に座る。懐かしい感じがして、小さく笑った。それにつられて、フェンサーも笑う。


「全く。あんた、死んでからが長かったねぇ。もう少し、優しくしてくれよ」

「ごめんごめんなのだ。ただ、こちらももう少し優しくして欲しかったのだ」

「それは……難しい話だね。手を抜いたら、死んだからさ」


 しばし、フェンサーととりとめない会話を始める。夢だとわかっていても、彼女と話すのは、とても楽しくてとても嬉しかった。


「……あの時は、ありがとうね。あたいが死のうとしたときに、助けてくれてさ」

「あれは……助けたわけじゃないのだ」

「えっ、で、でもあたいは生きて……」

「生かすことは、決して助けるというわけじゃないのだ」


 フェンサーは立ち上がった。小さな体に不釣り合いなほどの大きなマントが風でなびき、その姿にランサーは生唾を飲み込む。


 生かすことは助けることじゃない。言葉の意味がわからず、ランサーは続きを待つ。フェンサーは背中を見せながら、ゆっくりと口を開けた。


「ランサーはいま……幸せなのだ?」

「幸せとは程遠いね」

「そうなのだ。でも、変な話……死ねば、苦しむことはないのだ。あの時、ランサーは勇気を振り絞り、死を選んだ。でも、私達は死ぬなと言った……これが、助けになったかどうかはわからないのだ。こんな地獄からは、早く抜け出して欲しいというのは本当なのだ……」

「フェンサー……」


 ランサーは、彼女にそんなことない。と、いうべきだったのかもしれない。さらに、あたいは気にしてない。とも。


 でも。言えなかった。間違ってなかったから。あの時死んだほうが、実は幸せなんじゃないかと思えるからだ。


 死んだらもう苦しみも、悲しみもない。それで、終わるから。その先はないが、その先にあるものからは、逃げられる。


「変なこと……話したのだ」

「い、いや……大丈夫だよ」

「ランサー。この先……きっと、後悔がないようにして欲しいのだ。私はたくさん、後悔したから」


 フェンサーはそういう。顔は見えないが、それでも彼女がいまどのような表情をしているかは、なんとなくわかる。


 その時、ホテルが揺れた。ランサーは慌てて立ち上がると、フェンサーは前にゆっくりと歩き出す。


「そろそろ起きたほうがいいのだ。早く行かないと……」

「フェンサー!」

「なんなのだ?」



 ランサーは彼女を呼び止める。だんだんと消えていく彼女を見て、ランサーは早口で言葉を転がした。


「あの時見捨てて本当にごめんよ!謝っても許されることじゃないと思うけど!謝っておきたいんだ!」


 そう言ってランサーは頭を下げる。伝わってくれただろうか。許してくれるとは思ってない。でも、後悔はしたくないだけだった。


 返事は返ってこない。しかし、フェンサーはこちらに手を降ったような気がした。それだけでよかった。ランサーは拳を握り締める。


 もう、これ以上の後悔をしないためにも、進み続ける。彼女はそう決めたのだった。

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