6-8【罪は、二人で背負いましょう】
☆ランサー
金属と金属がぶつかり合う音が辺りに響く。火花が散り、肌が少し焼けたような気もする。しかし、引くわけにはいかない。
槍を強く振るい、フェンサーを薙ぎ払う。ぐちゃりと潰れた音がして、フェンサーは横に吹き飛んだ。
壁に内臓が張り付いた。しかし、それでもフェンサーは止まらない。小さな呻き声を上げたあと、彼女はまっすぐ駆け出した。
ランサーの心臓を狙うその刺突は、まっすぐ故にどう来るか読み取れる。軸をずらし、それを避けたあと、槍を地面に突き刺した。
ポールのようになった槍を使い、フェンサーを蹴り飛ばそうとする。が、フェンサーはランサーの足にしがみついて離れない。
しまったと気づいた時にはもう遅く、フェンサーのレイピアは、ランサーの頬に切り傷を入れる。ピシャリと血が跳ねて、辺りを赤く彩った。
ランサーは小さく舌打ちをする。なんとかフェンサーを引き離すべく、残った足で、フェンサーの顔を蹴飛ばした。
目論見どおりに、彼女は飛ばされる。が、しかし。フェンサーはもう一度レイピアを突き刺した。それは、ランサーの足に深く突き刺さる。
「がぁ!!」
痛みによる声をあげる。足に刺さったレイピアを抜き取り、後ろに放り投げる。カランコロンと音を立て、レイピアは床に転がった。
相手は武器を失った。が、しかし。それでも、油断はできない。じわじわと痛む片足を、気にしないように心がける。
やはり傷の治りが遅くなって来ている気がする。このままじゃ、ジリ貧であることは、誰の目から見ても明らかだ。
ゾンビとなったフェンサーを殺すには、やはり頭を潰すしかないのだろうか。槍を握る力は、だんだんと弱くなり、それをする勇気がないことを、己で表している。
だが、そんなことフェンサーには関係ない。息を深く吐き、床を蹴り、駆け出していく。武器がなくても、彼女はまだ戦うというのだ。
槍の間合いなんて気にしない戦い方は、見てるこちらですら、目を背けたくなる。しかし、背けた瞬間、ランサーは死ぬ。
ファイターよりは、弱いのだろう。しかし、恐れを知らない拳は、ランサーを確実に追い詰めていく。
等々、ランサーは彼女にふところに入ることを許してしまう。しまったと思うが、もう遅い。彼女のみぞおちに深くめり込むフェンサーの拳。ランサーは口から血や胃液を吐き出して、吹き飛ばされた。
立ち上がろうとしたランサーの顔に、フェンサーの足が突き刺さる。ぐらりと、脳みそを震わせられたような感覚にとらわれて、一瞬視界がブラックアウトする。
その瞬間、ランサーの槍も弾き飛ばされる。視界が戻って来たときには、すでにフェンサーはトドメと言わんばかりに、拳を振り下ろしていた。
慌てて避ける。口から血とかけた歯を吐き出して、息を整える。しばしの沈黙。太陽の日差しが、一瞬影になった瞬間、お互いが駆け出した。
ランサーは拳を突き出して、フェンサーを殴る。が、彼女は止まらない。殴られたのを無理やり受け止めたあと、腹に膝をめり込ませる。
倒れそうになるランサーは、フェンサーの腰をつかんだ。それで体を支え、そのまま無理やり投げ飛ばす。壁にぶつかったフェンサーは、腰を低くして床を蹴る。
突っ込んで来たフェンサーを、ランサーは上から押さえ込む。しかし、フェンサーの勢いは止まらない。今度は逆に壁に押し込まれてしまった。
「舐めるんじゃ……ないよ!!」
ランサーは叫ぶ。そして、両手を握り、背中に拳を打ち込んだ。フェンサーはそのまま床に叩きつけられる。
しかし、フェンサーは止まらない。体全体がぐちゃぐちゃになろうが、まるで命令をこなす機械のように、動き続ける。
フェンサーはランサーの両手を掴む。そしてそのまま、壁を蹴り上げてランサーの顎に蹴りを入れた。
そして、そのままフェンサーはランサーの顔を蹴り飛ばす。ぐちゃりと嫌な音がして、ランサーは視界が曇り出す。
そしてあまりにも威力があったのか、ランサーの背後にあった壁が音を立てて崩壊した。そのまま二人は部屋になだれ込んだ。
ランサーは震える目であたりを見る。どうやらここは子供部屋のようだ。こんなところで、私は終わるのかと。ランサーは後悔に襲われる。
だが、フェンサーからの攻撃はなかった。彼女は一点を見つめながら、攻撃の手を止めていた。そこにあったのは、ただの写真。
家族写真だった。
「……ぁあ……あぁ……あうあ……い」
ランサーはこの隙を見逃さず、いつのまにか近くに落ちていた槍を拾う。そして、フェンサーの方に槍を向けて、大声で叫んだ。
「くらいなっ!如意槍!!」
その言葉とともに、槍がギュンッと音を立てて伸び始める。それはフェンサーの体を貫き、さらに壁までも貫いた。
吹き飛んだフェンサーは、ランサーの槍を掴み空中にぶら下がる形になる。少しずつ前に進み、ランサーはフェンサーを見つめる。
このまま下に落とせばいい。だが、それはできなかった。体が震え、手も震え出す。殺すなんてこと、できるわけがない。
「ランサー、さん……」
突然声が聞こえて来た。ランサーがそこに振り向くと、バーグラーがよろよろとこちらに歩いて来た。
「な、なにしてんだい!?あんたは安静にしとかないと……!!」
「いいん、です……それに、ランサー、さん。なにか、悩んでるみたいでしたからね」
そう言いながら、バーグラーは小さな鍵を取り出した。それと同時に、槍に小さな鍵穴が現れた。何が起きてるのかわからないランサーは、混乱しながらバーグラーを見る。
「大丈夫、です……罪は、二人で背負いましょう」
そう言ってバーグラーは鍵穴に鍵を差し込んだ。その瞬間、小さく【罠を解除します】という言葉が聞こえ、それと同時に槍が縮んでいく。
ズルリ。そんな音が聞こえ、フェンサーが槍から手を離す。ランサーは慌てて身を乗り出して、下を見るが、もうすでにフェンサーの姿はなく。ただ、静寂が広がっていた。
「よかった、ランサー、さんの槍を、罠って認識して……く、れ……て……」
どさり。後ろでバーグラーが倒れる音が聞こえた。ランサーは、慌ててバーグラーにかけよる。彼女は小さな寝息を立てていて、ホッと一息を吐いた。
「……さようなら、フェンサー。これであんたを助けたってことになるなら……嬉しいよ。もし違うなら、夢にでも出て来てくれってんだい」
ランサーは小さくそう呟いた。聞こえてくるのは、バーグラーの寝息。ただ、それだけであった。
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