5-10【僕はその程度じゃ死なないよ?】

 ☆ブレイカー


 セイバーは、死なない。ブレイカーはそんなことよくわかっているのだ。だが、ブレイカーには作戦がある。これは、最後の手段だが。


 その最後の手段は文字通りの意味がある。すなわち、それをする前に彼女を殺さないといけない。10じゃ足りない。100か、1000か、それとも……


 逃げるわけには行かない。ここで彼女を仕留めないと、もうチャンスは巡ってこないのだ。ヒーラーとアーチャーを殺した彼女を殺すチャンスが。


「ほらほら!考え事する暇なんてないよね!!」


 セイバーが振るう剣をブレイカーはギリギリで避ける。今まで彼女の戦いを見ていたが、戦闘力は低いような気がする。


 彼女の戦い方は死ぬことが前提の戦い方だ。それはそうだ。彼女は死ぬことがないのだから。


 特攻。死ぬ覚悟の戦い。防御をする気がないため、狙えば簡単にダメージを与えることができる。


 避けた流れで、ブレイカーは釘バッドを振り下ろす。ゴツンッと大きな音がなり、セイバーの頭が割れる。血が飛び散り、霧のようになっていく。それを見ながらブレイカーは死んだと確信する。


 しかしその血の霧の間を縫い、セイバーの剣が飛び出てきた。ブレイカーは無理やり体をずらしてその剣を避けるが、それは鼻先を斬りつける。


 擦り傷。だが、痛みは勿論ある。鼻を抑えつつ、ブレイカーは距離を取り、バッドを構えセイバーを睨みつけた。


「可愛い顔に傷をつけて、悪かったね。まぁ死ねば終わりか」

「残念ね私は死ぬことがあってもそれは楽に死ぬって決めてるのだからこんなところで死ぬなんてそれこそ嫌よ」

「そうかい。兎に角君はここで死ぬんだ。勇気と無謀は違うからね」


 セイバーがまた駆け出す。ブレイカーは上に大きく飛び、その突進を避けた。そのまま近くの壁を蹴り、セイバーに突っ込んでいく。


 ブレイカーの釘バッドは腹にめり込んで、セイバーは血を吐く。倒れそうになる彼女の顔を蹴り上げて、そのまま下に叩きつけた。


 潰れた音がして、ブレイカーはもう一度釘バッドを振り下ろす。動く前に、後ろに飛ぶと、セイバーはゆっくりと立ち上がった。


 これで倒れるなんて思えない。だから、ブレイカーは息を吐き一気に駆け出した。


 立ち上がろうとしているセイバーに釘バッドをぶつける。一撃。まずは頭。次に腕。そして足、胸。首、目。口。鼻。そして、また頭。


 一発じゃない。何度も、何度も。無限に打撃を与え続け、セイバーの命を潰すために。何度も。


 確実に潰れた音は聞こえる。しかし、それは真の確実には程遠い。偽りの命なんて、潰しても意味がない。


 真の命を掴め。届くはずだ。いや、届かせる。血が、内臓が、唾が。何もかもを全て受け止めてでも、手を伸ばす。


 チラリと鏡に映るその姿は、まさに悪魔。こんな姿、誰にも見せたくなかったから、2人とは別れた。


 それでいいんだ。勇者を殺すなら、悪魔まで身を落とすべきなんだ。だから、これで終わらせる!


 ズシュ


 音が聞こえた。潰れた音などでは断じてない。自身の体から流れる赤い血が、それを物語っている。


「退屈だ。もう慣れたし飽きた」


 吹き出る赤い血。セイバーはぐちゃぐちゃになりながら、ブレイカーに一撃を与えていた。その重さは、計り知れない。


「あ、がっ……」

「正直さ。少しは楽しめるって思ったんだ。こんな不死身な奴に、何度も挑んでくるなんてバカか、それともかなりの強者か……答えは、ただのバカだったみたいだけど」


 そう言ってセイバーはブレイカーを蹴飛ばす。血は流れているが、痛みは少しずつ引いていく。魔法少女自体、死ににくい生き物なのだと、そのとき実感する。


 セイバーはブレイカーの近くまで歩く。少しだけ生暖かいものが、ブレイカーの首にピタリとくっついて、少しずつ進んで行く。


「このまま殺すのもいいけど、少しだけ、楽しませて貰うよ」


 セイバーはそういうや否や、ブレイカーの肩に剣を深く突き刺した。体に伝わる痛み。全身を走るそれは、ブレイカーの体をびくりと跳ね上がらせる。


 そして一歩遅れて出てくる痛みによる叫び声。その声を間近で聞くセイバーはうるさいなぁと言いたげに、今度は口に剣を突き刺す。


 舌が切れた。ゾワリと感じる寒気は、まだ生きているという証。だが、そんなもの感じたくはない。


 痛みを紛らわせる声すらあげることは許されない。セイバーはニコニコも笑いながら、ブレイカーの皮膚を優しく指でなぞる。


「ふふっ。痛いだろ?僕も痛かったんだからね。少しぐらい、経験しなよ」


 ツツツ……と、魔法少女の衣装の上から、ブレイカーのはその辺りをグリグリとセイバーは触る。


 触るなとも叫ぶこともできない。ただ出るのは、痛みによる呻きと、触られたことによる、嫌悪感から出る呻き。二つの声しか、今彼女は発することができなかった。


「う、うぅう……ううう……!!」

「はぁ……なんで君はそんなに死にたがってるのに、そんなに生き生きとしてるんだい!!」


 ぶつん!!


「あぁあぁあああぁぁああああっ!!??」


 セイバーの指がブレイカーのへそを突き破る。およそ考えれることのできない激痛が、ブレイカーの全身に襲いかかる。


 目から涙。口から血とよだれを垂らし、身体中からは大きな汗の粒が吹き出し始める。広がって行く水溜りの上で、ブレイカーは何もできずに固まることしかできなかった。


しかし。ブレイカーはギリリとセイバーを睨みつけることはやめなかった。それをみたセイバーは、大きく笑いながら手を叩く。


「は、ははは!!さいっこうだよきみ!!その目!闇のように暗いのに……まだ諦めてない!でもこっから逆転する方法なんて、あるのかな?ないよね!どちらにせよ僕は死なないんだから!」


 セイバーはゆっくりと剣を引き抜く。ようやく喋れるようになったブレイカーは震える声を出しながら、セイバーをもう一度睨んだ。


「ん?もしかしてカウンター狙ってる?でもざんねん!僕その程度じゃ死なないよ!!」

「ええ……そうでしょうね……」


 ブレイカーは無理やり声を出す。それを聞き、セイバーは怪訝そうな顔をするが、すぐにブレイカーのそばから離れる。


【現在このエリアにいる人に警報です。もうすぐここは禁止エリアになります。今すぐ、次のエリアに移ってください】


 ふと、耳をすますと時報のようなものが聞こえてきた。セイバーはその言葉とともに、やべっと言いたげな顔になる。


 そして彼女はあくびをしながら、歩き出す。1人残されたブレイカーはゆっくりと目を閉じていく。このまま、ここで終わるのもまたいいのかもしれない。


 いや、違う。


 ここで終わったら何が残る?何も残さない私は今、動かなければこの先なんのために生きればいいのだ?


 終わるな。動くんだ。大丈夫、何も間違ってないんだから。ここまではなんだ——!!


 ブレイカーは立ち上がる。血を垂らし、身体中から溢れる汗を見ないふりをしながら。一歩。また一歩踏み出して行く。


 音に驚いたのか、セイバーがこちらを振りむいた。しかし、すぐに剣を構えて、こちらに突っ込んできた。


 それもそうだ。満身創痍の1人の少女。ただの一撃斬り伏せたら、それで終わる。そんなこと、ブレイカーにもよくわかっている。


 だか、これでいい。ブレイカーは釘バッドををセイバーに向けて放り投げる。それをセイバーは避けながらもさらにこちらに近づいていく。


 そして、セイバーは剣を振り下ろした。それは、ブレイカーの右肩から斜めに斬り伏せて、そのまま彼女は死ぬ。


 ——筈だった。


 ブレイカーは自分の右腕でセイバーの剣を受け止める。骨まで剣が到達し、右腕は切り落とされるが、剣の勢いは右肩で止まる。


 焦るセイバー。それを見たブレイカーは彼女に飛びかかり、地面に押し倒す。


「このっ!離せ!!」

「いや、よ……!!」

「もしかして禁止エリアで殺そうとしてるのか?ハハッ!そんなもので僕が死ぬわけ——!?」


 ブレイカーはニヤリと笑う。それを見たセイバーはサッと顔色を青に染める。そうだ、セイバーが禁止エリアで死ぬとは思えない。しかし——


「私とあなた……2人分のペナルティなら、どうかしら!!」

「んなっ!!——み、見逃してやるっ!見逃してやるから!それ以上はやめろ!!馬鹿な真似は!!」

「ええそうよ!馬鹿な真似だと私にもわかってるわ!でもね!!ここが私の死に場所なのよ!!死ぬところくらい私が!私自身の手で決めさせてもらうってだけの話!……さて、勇者さん——」

「やめろぉぉおぉぉおぉおぉ!!」

「一緒に来てもらうわよ?」


 その言葉と共にブレイカーは大きく笑い、セイバーを抱きしめる。そしてまるで赤い糸のようなものが2人の体にぐるぐると巻きついていく。


 苦しい。きっと楽に終わるなんて思えない。でも、なんだか少しだけ、清々しい気持ちになっている自分がいた。


(はは……死ぬのって案外怖いものなのね……まぁでもこれであの子達に会える……ヒーラー。アーチャー……そして私の大切な——)


【現エリアは禁止エリアになりました。今まだ残ってる参加者にはペナルティを与えます。お疲れ様でした】

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