3-番外編【孤独の弓兵グルメ】

 ☆アーチャー


 美味しい食事というのは、あまり合法的な手段で彼女はしたことがなかった。盗み、盗み、又盗む。


 罪の意識は薄れていくが、薄れるだけで完全に消えるわけではない。しかし、彼女は今そのことを気にしなくてもいい立場にいる。


 殺し合いという異様な場所。しかし、ここには食べ物がある。つまり彼女は、罪の意識に囚われることなく物を食べることができる。


 というわけで彼女の食事をのぞいてみよう。



 ◇◇◇◇◇


 ☆マジカルな飴


 正直言って最初はかなり不気味だった。不気味な怪物の中から現れた飴は、なんだかキラキラと輝いて見えたが、現実離れしたそれはアーチャーに嫌悪感を抱かせる。


 だが、なぜか腹は鳴る。ため息をつきつつ、そこに落ちてある飴を拾い上げてみた。なぜか汚れは一切なくて、もしかしてこれが食料かと思った。


 飴玉一つじゃ腹も膨れないよなぁ。と思いつつ、汚くないからたべれると判断し、口の中に放り込む。


 途端に口の中で芳醇な香りが弾ける。これなんだ?果実とも穀物とも取れない香り。しかし嫌ではない。むしろもっと味わいたい。


 香りを味わうというのは不思議な言葉だと思っていたが、これなら納得がいく。舌で転がす度に、幸福が広がっていくのだ。


 そんな時、彼女の頭に一つ。とてつもなく恐ろしい考えが思い浮かんだ。


 


 飴を飲み込まないように生唾を飲み込む。舐めるだけでこんなに感じるものがあるのだから、もし本当に食べたらどうなる?


 その答えを求めて彼女は意を決して飴を噛み砕いた。するとどうだ?口の中に数多くの味が広がっている。


 肉の味、野菜の味。そして魚に果実。しかし、その味はうまく調和されており、不快感など一切感じない。


 噛み砕き、小さくなった破片はまるで香りのカプセルだ。一つ一つから味わえる香りは、無限の美味しさを与えてくれる。


 なんという幸福か。時間にして5分もかかってないが、彼女に与えられた幸福によって、経過した時間は1分にも満たないように感じた。


 こんなに美味しい飴があるなら、もっと探しに行こう。彼女は最初の行動方針をそれに定めたのだった。



 ◇◇◇◇◇


 ☆剣士の作るご飯


 食事会という言葉に誘われて、アーチャーはその集合場所に来ていた。隣を歩く槍を持つ少女と、後ろから警戒して歩くケモミミ少女は途中で拾った。


 そしてようやくたどり着いた目的地。そこではセイバーと名乗る少女がご飯を作り終えていたらしく、こちらを快く招き入れてくれた。


 セイバーが何か言ってるし、槍を持っては人も何かしてるが、アーチャーは真っ先に机の上に置いてある食事に手を伸ばした。


 パンや目玉焼き。そして簡単なサラダ。彼女はとりあえずというようにパンにかぶりついた。


 サクッと小気味良い音が聞こえてくる。パンの食感とバターの芳醇な香りが口の中でいっぱいに広がる。


 いや。まて。そのときアーチャーは疑問に思うことが浮かんできた。バターを塗ってないのに、なぜバターの風味がするのだろう。


 その疑問はすぐに解決した。焼き目を確認して、これはフライパンで焼いたのだと直感した。


 両面に塗られたバターは、ベタつかず、さらにサクッとした皮を突き破り、到達するマシュマロのようにフワフワな中身。さらにそこにもバターは染み付いていて、口の中ではまるで洪水のように広がっていく。


 指までペロリと舐めて、心ゆくまでバターを楽しむ。そして次に目をつけたのは、目玉焼きだ。


 近くにある醤油を近づけて、ぽとりと数滴白身の上に落とす。そしてその醤油を箸で広げると、まるで絵の具のように二つの色が混ざる。


 箸でなるべく丁寧に白身を切り離し、口に運ぶ。ちょうど良い焼き加減で、プルプルと震える感触を口で確かめる。


 途端に違和感に気づく。醤油以外の味がするのだ。今度は醤油が付いてないところを狙い、口に運ぶ。


 本来なら味がないはずの白身。しかし、数回咀嚼してその味や正体に気づいた。これは、塩だ。


 白身に塩を入れて、先に焼いたのだろう。これはもしかしたら醤油はいらなかったかもしれない。


 黄身の周りの白身を少しだけ残したのちに、半熟の黄身を割る。広がっていく黄色い川は、皿の上までこぼれていった。


 白と茶色と黄色。絵の具だと、こんなのただの黒に変わるだけだろう。しかし、この皿というパレットの上に置いてある絵の具たちは違う。


 素晴らしい味のハーモニーを奏でていくそれは、まるで三重奏。白身が指揮をして、黄身と醤油がその指示に従う。そしてこっそり隠れている塩が、演奏をさらに豪華にしていた。


 最後に皿についている黄身の川を、パンにつけて食べる。ここまでが理想的な行動であると、アーチャーは信じていた。


 テンプレ。しかし、それだからこそ味はきちんとしてるのだから、満足感は高くなる。アーチャーは両手を合わせて終わった演奏に向かって例の言葉を述べたのだった。

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