その9:よびかた

「ふぅー……ごめんねルカちゃん、結局最後まで手伝ってもらっちゃって」


 一通りの『特別課外授業』が終わった後。

 ミライさんにねぎらってもらった私は、最後まで手伝ってくれたルカにそう言った。ルカは疲れたような顔をして、じっと私の方を見る。


「──べつに。このくらい全然いいわよ。というか! セツナがいなかったらわたしヒマに決まってるじゃない! なんでもっと早く教えてくれなかったのよ。お蔭でかなり探し回ったんだから」

「あはは……ごめんねルカちゃん。私にとっても、色々急な話で」


 何せ最初は、私だけ赤点だったと思って完全に頭が真っ白になってたからね……。


「ま、いいけど。結局最後には追いついたしね! まったく、ミライさんもわたしに教えてくれてれば話が早かったのに」

「ミライさん、意外と抜けてるところあるからねぇ」


 なんというか、動物が好きすぎるあまり暴走しがちっていうか? わたしも似たようなところあるから気持ちは分かるし、この『リユニオン計画』の引率役にするにはこれ以上ない適任だと思うけど。

 あれで動物に関する知識は本当にすさまじいからね……私もこの間分からないことがあったから質問したけど、さくっと答えてもらった上に聞いたこともないような知識を雑学みたいにぺらぺら話されたし……。

 絶対、ジャパリパークの外なら普通に博士としてやっていけると思う。適当に話していた雑学のエビデンスを改めて取れば、普通に論文を何本も書けるレベルだし……。


「そういえば、私にも事前に教えてくれててもよかったのに。突然話されたから……」

「話されたから?」


 色々混乱した──と言いそうになって、やめた。

 確かに、当日講師役を依頼するのは(あくまで小学一年生レベルの内容を読み聞かせするだけとはいえ)あまりにも急だし、そういう意味ではミライさんの根回しが足りなかったと言えるかもしれないけど……それは別に、動揺するようなことではないからだ。

 そこで必要以上に取り乱したのは、私がルカ──と一緒にいられないと思ったから。『そこまで驚くようなことでもなくない?』なんて言われたら、その説明が難しいと思った。


「……ううん。なんでもない」

「………………そ」


 あまりうまくごまかせなかったけど、ルカは意外にもあっさりと私の言葉を流しながら立ち上がった。


「じゃ、わたし今日はこのまま帰るわ。セツナもなんか疲れてるみたいだし、今日は早く寝るのよ」

「うん、分かった。また明日ね、ルカちゃん」


 ルカの言葉に頷きながら、私も立ち上がる。確かに、今日は色々頑張って疲れた……。早くご飯食べてお風呂入って寝たいくらいだ。

 なんてことを考えながらぼうっとしていた私に、ルカは去り際──こんなことを言ってきた。


「──ねぇセツナ。いい加減その呼び方、やめない?」



   の の の



「………………ねむい」


 あんなことを言われて何も考えず『うん分かったー☆』と即答して『やったールカって呼び捨てだぞー♪♪♪』なんて喜びながら熟睡できる奴がいたら、そいつは多分人間ではないと思う。単細胞生物でももう少し複雑な反応を示すはずだ。つまり単細胞生物以下だ。


「……セツナ、結局あの後寝てないの?」

「寝られるわけがないでしょ!!!!」


 横で鬱陶し気に言ったナナに、私は口角泡を飛ばす勢いで言い返す。


「ルカに! ちゃんづけやめろって!! 言われたの!!!! ねぇこれどういう意味だと思う!? どういう意味だと思う!?!?」

「どうもなにも、呼び捨てにしろってことでしょ……」


 ちっ……がっ……うっ…………!! そうじゃない! いや通常ならそう考えるのが自然だけどそうじゃない!! 私とルカはパビリオンで一度友達になってるの! つまり私とルカはもともとちゃんづけで呼ぶようなよそよそしい間柄じゃないの!

 その前提を踏まえて考えると、ルカが『その呼び方やめない?』って言うのは単なる呼び方の問題じゃなくて『セツナとしてじゃなくてブランコとしての自分をぶつけてきてよ!』みたいな意味合いを含んでるかもしれないじゃん! 最初はルカも気付かなかったかもしれないけど、今までの交流で私の! 私の!! 私の!!!! 私のことをブランコだって気付いてくれたかもしれないんじゃん!!!!!!


「第一、ルカちゃんって言いたいことがあったらずばっと言う子でしょ? 変に言葉の裏とかを考えて心配するだけ無駄だと思うけどなぁ~……」


 …………と思ったりもしたけど、ナナの言葉も一理ある。というかそもそも、ルカが私のことを気付いたと考えるよりもそっちの方がよっぽど現実的だよね。

 ルカって自分がちゃんづけされるの嫌いそうな雰囲気だし、仲のいい私からちゃんづけで呼ばれるのがいや……みたいな心の動きはありそう。そうだよね、まぁ普通に考えればそうか……。

 気付いてもらえてるとか自惚れすぎだよね……。


「あ、ようやく落ち着いた」

「お蔭様でね」


 肩を竦めると、ナナは安心したように笑った。私が色々テンパってたから、ちょっと心配かけてしまってたかもしれない。


「……ありがと、ナナ」

「いっつまいぷれじゃー!」


 ……ちょっと甘い顔すると調子に乗って抱き付いてくるのはウザいけど!



   の の の



「今日も今日とてフレンズの皆さんと交流の授業ですよ~」


 今日は一限からフレンズの皆との合同授業だった。今日のカリキュラムは──ずばり『水泳』。泳ぎも苦手なフレンズもいる中で、ヒトと一緒に泳ぎを学ぶことで『ヒトの動き』を学習し、ヒトに対する理解を深める……とかなんとか、ということらしい。

 その性質上ヨーロッパビーバーのロップやジャイアントペンギンのアンはじめ、水生のフレンズにとってはあまり実りある授業とは言えないかもしれないけれど……それはそれとして、皆事実上のレクリエーションタイムに胸を高鳴らせていた。


「セツナ! どど、どうしよう! わ、わたし……泳げないんだけど!?」

「どうどう、落ち着いてルカちゃん。足は着くから。というか滝壺潜りとかやってなかったっけ最初の方」

「そのへんは潜るだけで泳がなくてよかったし……あと泳げるフレンズのしっぽにつかまってたし……」


 あ、ズルしてたのか。ラッキービーストが撮影していたとはいえ、水の中だと細かいところまでは映らないもんね。現に私もいまいちよく見えてなかったし、泳げるフレンズにつかまって移動するというのは気付けなかった。まぁ私に言っちゃ片手落ちだけど。


「ルカちゃん、ズルはダメだよ」

「ず、ズルじゃないわよ! あのときはそういうものだって知らなかったの! 知ってたらやらなかったし! それに今泳ぎ方覚えるから!」


 ルカは恥ずかしそうにしながら、プールサイドに座り込んでおそるおそる足を水につける。

 ちなみに、ルカの現在の恰好はフレンズ特有の服装ではなく、私と同じく競泳水着。ほかのフレンズも水生のフレンズ以外は大体競泳水着に着替えている。

 唯一ジャイアントペンギンのアンだけは、そもそもデフォルトの服装が水着っぽいという……。水生のフレンズの中でも本格的に水の中で暮らしているフレンズは、服装が水着になりやすいのかな?


「つめたっ……!」


 あたりを見渡しながらルカが水に入るのを見ていたけど……一向に中に入ろうとしないルカに、私の心の中でいたずら心がむくむくと湧いてきたのを自覚した。

 目の前の水面に視線が釘づけなルカに気付かれないように私はプールに入り、そして手で水をすくって……、


「えいっ!」

「にゃ゛っ!?」


 ばしゃり、とルカの顔にかけてやった。

 突然の攻撃に、ルカはまるで鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くして変な声を上げる。


「にゃっ、な、何すんのよセツナっ! ええい……このお!」


 怒ったらしいルカは顔を真っ赤にしてプールの中に飛び込みそして私につかみかかる。……わっ! 力がマジだ! 顔面にめっちゃ水かけてくる!


「うひゃ、ごめ、がぼぼぼぼ……」

「この! このこのこのぉ!」

「ルカちゃん、水、水……」

「このこの……へ?」


 ギブアップのときにマットをタップするような感覚で水面をタップしていると、ルカが不意に我に返った。

 そこで私はドヤ顔をきめて、ルカにこう言う。


「──ほら、ルカちゃん。水、入れたでしょう?」

「せ、セツナ……!」


 そう、これこそ私の考案した荒療治。怒りに身を任せて水の中に入ってみたら、意外と普通に動けるし大丈夫じゃん! という成功体験によって水への苦手意識を吹っ飛ばそう大作戦である。大成功!

 これにはルカも私の深謀遠慮を察して感動し、


「……ってなるわけないでしょ! びっくりしたじゃない馬鹿!」


 ……なかった。

 まぁそうだよね。


「ごめんねルカちゃん」

「別にいいけど……」

「こらーそこの二人とも、あんまり暴れてはダメですよー」

「はーい」


 と、ひと段落したところで監督していたミライさんに怒られてしまった。失敗失敗。


「もう。おかげでミライさんに怒られちゃったじゃん」

「そこもごめんねー」

「……でも、珍しいわね。セツナがこうやってやんちゃするなんて」

「そうかな?」


 確かに、そう言われてみればそうかもしれない。

 ……私って、基本的に優等生ポジションだからね、自分で言うのもなんだけど。


「『確かに私優等生だもんね』みたいな顔してるけど、セツナけっこうヤバイ奴だかんね~~……」

「わっ、ナナ!」


 と、そこで不意にナナが水に流されてきた。びっくりした。いきなり人の心を読むのはやめてよ。あと自室でのことを外で言うのはやめてよ。


「だってそうじゃん! この間だって、」

「は~い~。そのへんにしとき~な~~」

「あぁぁぁぁ……」

「ひとにはひとのペースがあ~るの~さ~~」


 あ、アンに連れてかれた。

 あの二人、この間の抜き打ちテストの一件で引き合わせてから、妙に仲がいいよね……。


「あの二人、仲良いわよねぇ」

「ねー。まぁ、けっこう趣味も合うみたいだし」


 部屋でけっこうアンの話をされるから、二人の趣味が合うのは知ってる。アイドルのこととかでけっこう意気投合しているらしい。

 どうもそれだけじゃなさそうな雰囲気もなんとなく感じてはいるんだけど、そこのところはナナもまだ話そうとしないので、話したくなったら話せばいいんじゃないかな、くらいに軽く思っている。ひとにはひとのペースがある。そういうことだ。


「で、セツナ」


 ルカの声色が、真面目な表情をおびていく。

 私はその言葉を、黙って聞いていた。


「昨日の話なんだけど」

「ごめんね、ルカちゃん」


 私は先手を打って、ルカに答えを返した。


「……セツナ」

「私には……ちょっとまだ」


 そう言って、私はルカの表情を見る。


「……。……そう? へんなの。なら別にいいけど」


 ……やっぱり、ルカの表情に含むところはなさそうだった。ただ単純に、『ちょっと他人行儀な呼び方をやめさせられなかった』という程度の残念さしか、その表情からは読み取れない。

 だよね。そうだよね……そんな都合のいい話、ないよね。私は何を考えてたんだか…………。


「……さ! 泳ごう、ルカちゃん! 私がみっちり泳ぎ方を教えてあげるよ! 目指せ泳げるネコ科!」

「えぇ~……わたし別にジャガーにはなりたくないなぁ……」

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