その8:つながり

 ミライ先生の誘導で特別課外授業の講師役となった私は、ホワイトボードの前に立って、大勢のフレンズを目の前にしていた。

 校庭でホワイトボードを背にするっていう絵面もだいぶおかしいんだけど、フレンズの中には座ってじっとしているより動き回ってる方が集中できるって子もそこそこいるらしいので(ルカとかもろにそういうタイプだし)、そういう子への配慮という面もあるんだと思う。


 ……うう、でも大勢の子の前に立つって、緊張するなぁ……。こうやって目立つ立場にいるのは、私のキャラではないのですごく恥ずかしい。上手くできるか心配だな……。


「え、ええと。まず今日は、ルカに教えた勉強の方法をみなさんに説明したいと……思います」


 何せここに来るまでは自分も『特別課外授業を受ける側』だと思っていたから、何を話せばいいかとか全然考えてなかった……。


「わーい!」

「すいみんがくしゅーって何をするのですわ?」

「すいみんと言っているのだし、寝るんじゃなぁい?」

「寝たら勉強できないジャーン!」

「う~ん、考えてたら眠くなってきたねぇ~~」


 わいわいがやがやと、フレンズ達は私の一言に反応して際限なく各々の感想を飛び交わせている。なるほど、一度の発言でこんな状態になっていたら、授業もなかなか進まないよね……。

 かといってフレンズの皆に『人の話は静かに聞くように!』みたいなことを伝えるのも難しいだろうなぁ……。元は野生動物なんだし、それにここにきているフレンズの皆に『人の話を静かに聞く文化』が浸透したとして、それじゃ『フレンズの考え方をヒトに合わせた』だけでしかない。

 その程度ではユニオン計画の目的である『フレンズとヒトの共存』には不十分だと思う。あくまでフレンズがフレンズとしての習慣を保ったままヒトと暮らしていける方法を模索するのが、この計画の真意なんだから。ヒトの習慣にフレンズの方を合わせたとしても、それじゃ早晩うまくいかなくなるに決まってる。


「ええと……ええと! 睡眠学習とは! 簡単に言うと、寝てる間に誰かに耳元で勉強を教えてもらうことです!」


 なので、私は考えた結果……とりあえずこれだけ分かっていてもらえればいいということだけ伝えることにした。

 私が一言そう告げると、思った通りフレンズたちはがやがやと話し出す……けど、一番に伝えたいことは伝えられたので、もう肩の荷はいくらか降りていた。


「寝てる間でも、音の情報とかは耳を伝わって脳に入っていくので……それを寝てる間中繰り返せば、自然と脳の中に定着して、勉強ができるようになる……ということなんじゃないかなと思います」


 そして、補足情報。ここは私も正直自信がない。だってヒトだって寝ながら講義の録音を聞いたって頭がよくなるとは限らないんだし、それですべてのフレンズの学力が大幅に向上するならミライ先生だって苦労しないと思う。


「はい! セツナさん、ありがとうございました。……ということで、今日はみなさんで『睡眠学習』にチャレンジして頂きたいと思います!」


 私の説明から進行を引き継いだミライさんの号令に、フレンズ達は一様に『おお~』と感嘆の声を上げた。

 特別課外授業ということで色々きつい思いをするのを覚悟していただろうし(実際にルカは特別課外授業といえばきついのでいやだみたいなことを言っていたし)、それが一気にお昼寝イベントに変わったから嬉しいというのもあるんだろう。


「具体的な方法はさっきセツナさんが説明してくださったとおりです。皆さんにはこれから三〇分ほど寝ていただいて、その後小テストをやってもらいます。点数は関係なく、『テストを受ける』ということ自体が大事なので、不安なフレンズさんは心配しなくても大丈夫ですよ」


 ミライさんがそう言うと、フレンズ達の中からいくつか安堵のため息が漏れてきた。

 『フレンズ』と言うと基本的に弱気なんて一切ない無敵の人々……みたいな印象を抱きがちだけど、中には弱気な心を持った子たちだって(当然ながら)いるんだよね……。なんか意外だけど。


「ちなみに、ナナさんはフレンズさんとは別なので、私と一緒にみっちりお勉強です」

「そんなぁー!?」


 あ、一緒に安堵のため息を漏らしていた馬鹿ナナが崩れ落ちてる。

 というかミライ先生、どことなくナナには遠慮ないよなぁ……。やっぱりナナがカコ博士の関係者だから、その関係で面識があるって感じなのかな。


「ミライさーん、わたしら昼行性だから寝られないと思うんだけどー」

「そういう方にも、この身体に優しい『ネムクナールくん2号』を支給するのでご安心ください! フレンズの皆さんの頭をなでて、母親と一緒にいるときのような安心感を再現! です! 本当は私の方が撫でたいんですけど……うふふ……」

「ミライさーん?」

「はっ……つい意識を飛ばしてしまっていました。そういうことなので昼行性のフレンズの皆さんも安心してくださいねー」


 そういうことで、校庭には様々なフレンズの雑魚寝という異常な光景が展開されることになった。いやぁ……しかし本当にシュールだなぁ、この光景。

 子どものころにうわさで聞いた『セルリアン』ってやつなら、できても不思議じゃないのかな? 殆ど都市伝説みたいな話だけど……。

 そんなことを考えている私をよそに、ミライさんは満を持して宣言した。


「では! さっそく睡眠学習、はじめ! です!」


 せっかく寝てたのにうるさくしないでよー、というクレームが飛んだ。


   の の の


 まず大前提として、私は睡眠学習というものが眉唾モノの勉強方法だと思っていた。

 中学時代に同級生が一夜漬けすら諦めた時の言い訳として『もう睡眠学習に頼るしかー』なんて笑いながら言っていたけど、普段勉強せず、テスト前一週間だけ勉強に取り組んで、テスト前日に『何もやってない』とくだらない嘘をついてへらへらしていた人間が私よりもいい点をとっていた試しがないので、睡眠学習の効果なんてたかが知れている。

 それに、情報源ソースの記憶が定かじゃないのではっきりとしたことは明言できないんだけど、前に睡眠学習の理論自体が間違いって文献をどこかで読んだことがあるし。そういう意味でも、ヒトにとって睡眠学習が有効な勉強法であるというエビデンスはけっこう脆い。

 ただ、実際にルカは壊滅的な状況から点数を上げてきているので、ここにヒトとフレンズの差があると思う。

 たとえば、フレンズの中でも聴力に優れているフレンズは、野生のときの習慣で寝ている間も周囲の音を敏感に聴いていて、そこに勉強の内容を吹き込まれると野生の時の習慣もあって余計に内容を吸収できる……みたいな。

 この仮説だと聴力に優れていないフレンズにこの勉強方法は効果をなさないってことになるけど、それはそれで『系統だったフレンズの勉強法の研究』としてはフレンズによって勉強法の向き不向きがひとつ判明するのでいいことだろう。


「──つまり一+一というのは林檎一個を持ったフレンズにもう一個林檎を手渡したということと同じで──」


 なんてことを、雑魚寝しているフレンズ達の間を歩きつつ教科書を解説しながら、私は考えていた。

 なんというか、こうしているとようやく『リユニオン計画』の被験者としての役割を果たせているなって気分になるんだけど……。……今この瞬間も、私のいないところにルカがいるのかと思うと、なんだか気持ちが落ち着かない。

 ルカは何をしているんだろう。そのことばかり考えてしまっている自分がいる。この期に及んでそんなことを考えてしまう私は、やっぱり計画の被験者としては落第生なんだろうなぁ……。


「……せめて、ここにルカがいてくれたらなぁ」


 ぽつり、と。

 ふと、そんな呟きが心から漏れていた。計画の被験者として落第生でも、ルカと一緒にいる為ならそんな自己矛盾も乗り越えられる。ルカと一緒にいられるなら、多分私はどんな悪徳だって呑み込める。

 でも、そのルカをこの場から脱させた原因は私にあって……本当に、ままならない。


「呼んだ?」

「るっルカぁ!?」


 と、その瞬間背後からルカの声が聞こえて、私は振り返る前からルカの名前を呼んでしまった。

 そして振り返ってみればそこには確かにルカがいて、なんだか得意げな表情を浮かべていた。


「る、ルカちゃん……。びっくりした。どうしたの、こんなところで。赤点は回避したからルカは呼ばれてないんでしょ?」

「まぁ、ね。でも、わたし以外のフレンズはみんな校庭に集まってるのよ? しかもセツナは先生役になっててヒマだし……。別に赤点とってないから来ちゃだめってことでもないじゃない。だから遊びに来たの!」


 …………。


「も、もぉ~。今はみんな寝てるから、起こさないように、遊ぶにしても静かに……だからね?」


 そう言いながら、私は笑みを抑えるのに苦労していた。

 いや、やっぱり抑えるのには失敗していたかもしれない。だって……だってそうじゃないか。ルカが、私がいないからヒマって! それってつまり、私と一緒に遊ぶ時間がそれほど大きいってことだよね。そう考えても自惚れじゃないよね。ルカにとって、私っていう存在はもうそこまで大きくなったってことなんだよね。


 ルカにとっては、


「…………セツナ!? どうしたの!?」

「ちょっ、ルカちゃん静かに……声小さく……」


 突然大きな声を出したルカを宥めて、私はあたりを見渡す。……よし、目を覚ましてる様子のフレンズはいないみたい。よかった。

 しかしルカってば、いきなりどうして大きな声を出したりしたんだろう……と思い至ったところで、私は自分の頬に冷たいものが伝っていたことに気付いた。


「セツナ……」

「あれ? あ、れ……? なんで私泣いて……?」


 な、泣く理由なんてないよね。何せルカに必要とされてるっていう超絶テンション上げポイントが出た直後で、私としては『セツナとして仲良くなる』っていう当初の目的も達成されて万々歳なわけで……。

 ……あ、そっか。これ嬉し泣きか。確かに、嬉しすぎて感極まってしまったというパターンは考えられる。

 ただ、ここで嬉し泣きするほど喜ぶというのはルカにとっては不思議だと思うから、なんとか誤魔化さないと。


「多分、みんな寝てるから眠くなってきちゃったのかな! いけないね、ちゃんと睡眠学習の手伝いをしないといけないし」


 私はそう言って、頬を伝っていた冷たいものを拭う。さあ、リユニオン計画被験者としての務めを果たさなくては。ルカも一緒にいることだし!


 …………あ、そうだ。


 私はもう『セツナ』なんだから、ルカって呼ばないと。

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