その10:かちまけ

「セツナ! プール行こう!」

「ええ~……またぁ?」


 放課後。私がルカの部屋に行くと、ルカは開口一番にそう言った。

 先日プールの授業で初めて水泳を体験したルカだったけれど──そのときの体験がどうにも癖になってしまったらしく。それからこうして、ルカはたびたび私にプールで行くことを提案するようになっていた。

 一応私も一通りの泳ぎ方はマスターしているし、タイムもそこそこ速いほうではあるけど……そもそもルカ、泳ぎへたくそだからなぁ。何やらせても犬かきみたいになるし、溺れないように私がサポートしないといけないし、たまにやるならいいんだけど正直こう何回もやってると、さすがの私も疲れてしまう。


「いいじゃない。プールって期間限定なんでしょ? ならやらなきゃ損よ!」

「ウチの学校は温水プールだから年中無休だよー」


 どこで仕入れてきたんだか(たぶん水棲のフレンズから聞いた話を混同してるんだと思うけど)分からないことを言うルカに至極真っ当な反論をしてみるけど、ルカは全く気にせず、むしろ居直ったように、


「でも! このくらいのあったかさのときに入るプールの方が楽しいでしょうが!!!!」


 と、断言してみせるのだった。そんな身も蓋もない……。


「確かに気持ちはわかるけどね」


 とはいえ、ここ最近は春というより夏って感じの日差しの日も多くなってきてるのは事実だった。

 ジャパリパークのほぼ全域にはサンドスター粒子が偏在している──ということは、此処に通っている学生なら全員が理解している。あのナナでも当然のように知っている、と思う。さすがに。

 このサンドスターというのが曲者で、けものをフレンズに変えるだけならともかく、サンドスタープリンターで遊び道具を作ったりできるし……気温や日差しを変えたり、物質の経年劣化を抑えたりする効果も持っているとかなんとか。

 起こりうる現象があまりにも多岐にわたりすぎてて、いったいどういう理屈なのか全然分からないんだよね……。私は別に物理学者になりたいわけではないので、サンドスターの仕組みなんて調べようとは思わないけれど。


「でしょ? っていうか最近なんだか暑くなってきたわよね」

「確かに。……ルカは暑いの苦手?」


 ふと気になって尋ねてみると、ルカはバカなことを聞かれたとばかりに笑ってみせる。


「まさかぁ! アンタは知らないと思うけど、さばんなちほーの暑さはこんなもんじゃないわよ? ……確かにここの暑さはちょっとむしむししてて、さばんなちほーの暑さとは微妙に違うけど」

「いやではあるんだ」

「全然大丈夫だけどね!!」


 ……とのことなので、大丈夫ということにしておいてあげよう。

 それに、暑いのが大丈夫だからって水浴びが楽しくないということにもならないしね。ルカもさばんなちほーにいたころは知らなかった水浴びの楽しさを知ることができてよかったと思ってるだろうし。


「っていうか、何よセツナ? そこまでいやがるってことは……もしかして、泳げないの? うぷぷ。エラソーにしといて実は泳ぎが苦手だっていうんならしょうがないけどー」


 ……見え透いた挑発だった。

 っていうか私、今までもルカと一緒にプールで遊んでたわけで、その私のことを間近で見てるからルカが私の実力を知らないわけないんだし、そういう意味でもこれは見え透いた挑発なんだけど…………。


 ……んー、しょうがないなぁ。


「…………言ったね? ルカちゃん、そこまで言うってことは、私に泳ぎで負けたらそれはなんでも言うことを聞くって言ってるようなものだよ?」

「!! いいでしょう! そういうことよ! どうするの? かかってくるの? 来ないの!?」


 そこまで言われると、私としてもどうしても拒否したいわけではないので、ルカの熱意に押し流されてもいいかな、なんて思ってしまう。それに何より、何をやっててもルカと一緒なら楽しいもんね。

 そう思って口元を緩めながら、私は言う。


「じゃ、プール行こっか」



   の の の



「でも、意外だったな~」


 プールに入る直前、私はシャワーを浴びながらルカちゃんにそう話しかけていた。


「何が?」

「ルカちゃんがここまで泳ぎにハマるとは思ってなくって」


 確かに泳ぎもできるネコ科のフレンズに~……みたいなことは言ってたけど、それはあくまで意気込みの話で、本当にここまで泳ぐのが気に入るとは思ってなかった。……いや、実際の泳ぎの腕は全然上達してないし、そこは普通のネコ相応なんだなって感じではあるんだけど。


「ナナ達に影響されたり、した?」


 おそらくそうだろうな──と思いつつあたりを付けてみると、ルカはちょっと気まずそうに視線をそらした。

 私たちも頻繁にプールに行っているけれど……実はナナとアンも、よくプールに足を運んでいたりする。アンはジャイアントペンギンのフレンズだからプールで泳ぐの好きそうだしね。

 たまに私たちと一緒になることもあって、そういうときは四人一緒に遊んだりすることもあるけれど……たぶんルカも、そういう交流を経て泳ぐのが楽しいと思うようになったんじゃないかなって思う。


「……別にそんなんじゃないけど」


 ルカはそんな私の推測に心ばかりの否定をして、


「そんなことより! さっきの話、忘れたとは言わせないわよ。泳ぎで勝負するんだから! 勝ったほうは何でも言うことを聞くのよ!」

「ああ……そういえばそんな話だったような」


 プールに行くまでちょっと歩いたから、微妙に忘れてた。

 ちなみに──いくらルカが泳ぎへたくそとはいえ、さすがに身体能力はヒトとは段違いなので、まともに戦えば私とルカの泳ぎのスピードはどっこいどっこいだったりする。

 まぁフレンズの身体能力は五〇メートル走一・数秒とかの世界なので、そのフレンズが私(ちょっと運動が得意な程度の女子高生)と同レベルって時点で、ルカ基準ではかなり苦手な部類なんだけどね。


「それじゃ、ルールどうする? ここの端から端まで、とかでいい?」

「それでいいわよ。……ふっふっふ、これまでのわたしと同じとは思わないことね。今日はこれを使わせてもらうからね」


 言いながら、ルカは私の前に一枚の板を取り出した。黄色の半楕円形をしたそれは──いわゆるビート板と呼ばれるアイテムだった。

 ……えぇ……。ルカってば、あんまり勝てないからってアイテムを使うのはさすがにどうかと……いやまぁ、確かにルカはろくに泳げないわけだから、安全のためにビート板使うのはアリっちゃありだと思うけどね。

 でも本当、勝ちに来てるんだな……ルカ。それなら私も、本気出さないと。


「いいけど……ルカちゃんだけハンデがあったらフェアじゃないからね。その分私は二メートル距離を縮めさせてもらうよ」

「……、ええっ!?」


 ちょっと間があいたけど、私の宣言にルカは目を丸くする。当然でしょうに。何もない状態でどっこいどっこいなんだから、ルカにだけハンデがあれば私が負けるにきまってる。正直、二メートルでもまだ私が不利なくらいなんだから。フレンズの身体能力を考えれば五メートルはほしいくらいだ。

 まぁ、私は別に勝負に負けてルカのいうことを何でも聞くことになったとして、特に問題ないから……勝つことにこだわってはいないけどね。


「……しょ、しょうがないわねー。まぁそれでいいけど……」


 ルカは完全に無理していると丸わかりの棒読みでもってそう答え、プールの中に入る。

 私もそれを追って入水し、二メートルほど先へ移動した。

 ……あ、今気づいたけどこの位置取り、私壁を蹴ってスタートダッシュできないから、むしろ不利なくらいなのでは……。


「さあ! 始めるわよ!」


 なんて気づいても時すでに遅し。

 ルカの号令とともに、私たちの何度目か分からない水泳勝負が幕を開けたのだった──。



   の の の



「ま、負けた……」


 結果は──意外にもルカの惨敗だった。

 というのも、ルカはビート板の使い方を根本的に理解しておいらず……。おなかの上にのせて水をばしゃばしゃしていたんだけれども、そうすると身体が完全に浮いてしまうので、ルカのネコかき遊泳スタイルだとただ四肢で水面を叩くだけになってしまい……むしろ、推進力が完全に失われてしまったのだった。


「ど、どんまい、ルカちゃん……」

「くう、こんなはずじゃ……アンに色々教えてもらって、これなら勝てると思ったのにぃ」


 あ、ビート板はアンの入れ知恵だったのね。道理でルカにしては知能の高い戦法だと思った。アンは普通に賢いからね……。

 ただ、悔しがっているところ悪いけれど──勝負は勝負だ。『なんでも言うことを聞かせる権利』をめぐって私とルカは勝負して、そして私が勝利した。これは動かしがたい事実で、いくら私がルカに甘いといっても……その部分を動かすことはできない。


「さあ、ルカちゃん。約束の件だけど」

「ん、ああ、そうだったわね。なんでも言ってみなさいよ」

「…………意外とあっさりだね?」


 思ったよりもすんなりと言うことを聞く態勢に入ったルカに、私は思わず首をかしげてしまう。ルカの性格なら、本気で勝負を挑んでいたら三回くらいは再戦を申し出てきたと思うけど……。


「べ、別に特に理由なんてないわよ。今回あんまりにもボロボロだったから……」

「ああ……」


 言われてみれば、確かに今回はビート板のせいでいつにもまして泳ぐのがダメダメだったし、そのことで戦意が削れてしまったというのはありえるかもしれない。いや、にしてもルカにしては殊勝な態度だと思うけど……いやいや、それはさすがにルカに対して失礼でしょ。


「で、何にするの?」

「んー、そうだなぁ……」


 急かされるように言われて、『これって立場逆だよなぁ……』と思いつつも私は考えてみる。

 ……こういう風に急かしてくるってことは、私が妙なことを言いだすとは思ってないってことだよねぇ。私、信頼されてるんだな。うふふ。


「……セツナ?」

「はっ! いやなんでもない、なんでもないよ」


 ちゃんと考えないと。うーん……言うことを聞かせられるとしたら……何にしよう?

 もっとちゃんと勉強する? いや、ルカだって今も一生懸命勉強してるしなぁ……これ以上頑張らせるのは酷だし、それはよくない。

 プールじゃなくて別の遊びもする? うーん、それも微妙かなぁ。今はルカがプール遊びがしたいからいっぱいプールで遊んでるんだろうし、ルカがやりたい遊びなら、それを目いっぱい一緒に遊びたいというのが私の本音でもある。無理にやめさせるのはちょっと……。

 じゃあ……なんだろう? 私がルカにやってほしいこと、何もない気がする。もふもふしたいとかはいちいち頼まなくてもできるし……うーん…………。


 …………………………。


 ……思い、つかないかな。


「ルカちゃん、あのさ」

「……………………なに?」

「そのお願い、保留……じゃダメかな」


 私がそう言うと、ルカは一瞬ぽかんと固まってしまった。


「いやね? 今はちょっと言うこと聞かせるにしても特に思い浮かばなくてさ……だから保留」

「……、えー、なんかずるーい」

「あははは……ダメ?」


 私が首をかしげてみると、ルカは不満そうにしながらも渋々頷いてくれた。


「しょうがないわね……。まぁ今更だし、もうちょっとだけ待っててあげる」

「ありがとね、ルカちゃん」

「早くするのよ?」

「うん、分かってるよ」


 ずずい、と詰め寄るようにして言うルカにちょっとたじたじとなりながらも、私は頷く。

 うーん……お願い事、何にしよっかな。

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