その6:たくらみ
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁあああ~~~~~~っっ!!!!」
今日も、自室に馬鹿の悲鳴が響き渡った。
「うるさいなぁ……ナナ、叫んでも学力は変わらないよ」
「これが叫ばずにいられるかぁ! 定期テスト初日は壊滅だよぉ……」
「それ、テスト前も言ってたよね」
抜き打ちテストから時は経ち、四月下旬。私達は五日間に渡る定期テストの初日を終えていた。
といっても、やってることは入学してから一か月間の復習。大したものでもなく、私はいつもやっていることをいつも通りにこなしただけだった。
ところがナナの方はそういうわけにもいかないらしく……。
「ちゃんと勉強してればよかったのに」
「やってたよ! ただちょーっとアンと話が弾んじゃったりしただけで! あとシロとかロップとかと遊んだり……でも勉強もしてたのよ!? でも授業のスピードが速すぎるんだよ! 一単元一時間ってあたまおかしいでしょ!? むしろ一日中ルカちゃんと遊んでたのにテスト完璧なセツナがすごすぎる!」
「そりゃ、一緒に遊んでるって言っても夕食前までだし……」
本当なら夕食後も消灯まで遊んでたいんだけど、校則がそれを許さないのだ。本当、ルカとの時間を邪魔するなんて、何の校則だと思うけど……実際にそういう校則がなかったら私はずっとフレンズ寮に入り浸ってしまう気がするので、これはしょうがない。
そのおかげで一応成績もキープできているわけだしね。
「アンも勉強大変って言ってたしさ~。この学校、ちょっと勉強きつすぎない? フレンズのみんなと色々やるのはすっっっごい楽しいから頑張れるけど」
「ほんとにね」
別に勉強がきついとは思わないけど、でも無味乾燥な勉強も、フレンズ──とりわけルカとの交流のお蔭で頑張れるというのは確かにあると思う。
私はルカとしかあまり遊ばないからそういう意味では落第だけど、ナナの場合は逆にフレンズとのかかわり合いはすごく多いし、友達も多いみたいだから、多分リユニオン計画の成績だと私とどっこいどっこいか、あるいは私より上くらいなんじゃないかな、と思ってる。
そこまで分かってるなら、リユニオン計画の被験者としてはもっと色んなフレンズと交流するべきだと頭では分かっているんだけど……そういう意識を持っている輩がフレンズと関わり合いになるのって、よくないだろうし。
だから私は、自分が本気でずっと一緒にいたいフレンズとしか遊ばないようにしているのだ。……まぁ、人見知りがあるというのももちろん否定はできないけど。
「でも、このくらいで大変とか言ってたらナナこの先大変だよ?」
「分かってるよ~……。私、そもそも勉強はあんまり得意じゃないんだよね。入学試験だって、テスト全然ダメダメだったし……。カコお姉ちゃんに色々教えてもらってなかったらほんとに落ちてたと思う……。あと面接?」
「えっ」
その言葉に、私は思わず息を詰まらせた。
カコ……まさかとは思うけど、この子の言ってるカコって、あのジャパリパーク研究所の副所長であるカコ博士のことじゃないよね? ……いや、あり得なくもない。
正直ナナの学力というか『勉強慣れ』みたいなものは、とてもじゃないけどこの学園の水準に見合っているとは思えない。でも、あのカコ博士にじきじきに色々と知識を詰め込まれていたなら、受験だけの短期特化型つめこみ勉強くらいならなんとかなるだろう。ナナは要領良いし。
それになんというか、動物好きな感じとかも、説明会やニュースで何度となく見たカコ博士にどことなく似ている感じはするのだ。そう考えると、なんと数奇な……と運命の巡り会わせに感心してしまう。
いや、ここまで全部私の憶測なんだけども。
「? どうしたの、セツナ」
「いや、なんでもない……」
ただなんとなく、いちいち確認するのも無粋かと思って、私はそれ以上ナナに質問したりせず、いつものようにルカの部屋に遊びに行く準備を始めた。
の の の
「ま、まずいわ……」
部屋に行ってみると、ルカが青い顔をして丸くなっていた。
「ルカ!? どうしたの!?」
私は慌ててルカに駆け寄って身体に手を当ててみる……けど、特に熱があるわけでもないし、おなかを壊しているわけでもないみたい。震えもないし、発汗もない。体調が悪いわけではないみたいだった。
よかった……なんともなくて。
「……どうしたの?」
ほっと一息ついて、今度は『また何かやらかしたんだろうか』と思いつつ、声のトーンを切り替えて問いかけた。
先週も、ルカは授業中に勢い余ってガラスを割ってミライさんに怒られてたからなぁ……。フレンズ達もテスト期間だから多少大人しいとはいえ、また何かやらかしても不思議じゃない。
「て、てすとが……」
と、別の方向性で身構えていた私だったけれど、そんなルカのうめき声を聞いてようやく完全に肩の力が抜けた。テストって……。
「なんだ、びっくりした……紛らわしいよ、ルカちゃん」
「あによその反応! こっちは大ピンチなんだからね!」
でも、ルカ的にはその反応はあまり嬉しくなかったらしいぷりぷりという擬音が聞こえてきそうなくらい頬を膨らませながらへそを曲げてしまう。大げさだなぁ……。
「ごめんごめん。でも本当に、フレンズのテストなんて『一応やってみてる』だけでしょ? いいことに越したことはないけど、悪かったからってそんなに落ち込むことでもないような」
「それがね、聞いてよ!」
私がそう言うと、ルカは待ってましたとばかりに愚痴を言い始める。
恨み節とか鰹節とかが入り混じって要領を得ないルカの話を要約すると、問題は以下の通りだった。
抜き打ちテストの結果、多くのフレンズどころかクラスの殆どのフレンズが赤点をとってしまい、『お勉強はヒトの社会を知る足がかりですよ~』というスタンスだったミライさんも、流石に『これはヤバイんじゃないか』と思ったらしく。
そこで、定期テストで赤点をとってしまったフレンズは、ヒトのクラスと同様『特別課外授業』を課すことにしたとかで。
さらにミライさんの曰く、『特別課外授業はフレンズの皆さんにとってはちょっと大変かもしれないですから、お勉強頑張りましょうね』とのことだった。
それを聞いたルカはもう大変。
私はまず赤点なんかない(ルカにそう信じられてるのはとても誇らしい)し、前回の抜き打ちテストではしっかり赤点をとって罰ゲームだった以上、今回もマジで頑張らないと赤点をとって、大変な特別課外授業を私の助け抜きでやらなくてはいけなくなってしまう!(私の助けを頼りにしてくれてるのはとても誇らしい)と思ったそうな。
「へぇ~、なるほど、ふーん」
私は気を抜くと緩みそうになる口元を手で覆って隠しながら、考える。
そこまでルカが特別課外授業を嫌がっているなら、もちろん友達! である私としては、ルカの手助けをすることはやぶさかではない。ルカが分かるように噛み砕きながらテスト勉強を教えてあげたりするくらいは、まぁお茶の子さいさいだ。
ただ……。
「……どしたのセツナ。なんか悪巧みしてそうな顔してるけど」
「そんなことないよ」
ただ。
前回抜き打ちテストのときに勉強を教えたら、速攻で寝てしまったルカのことだ。今回も眠気に負けてろくに勉強できず、結果赤点……ということも当然ながらあり得るだろう。
そうなれば結局、ルカは私のいない『特別課外授業』を頑張らねばならなくなる。……その危険性についても、当然考えておいた方がいいだろう。
つまり。
不確実な『ルカの点数を上げること』を考えるより、確実な『私が赤点を取ること』を考えた方がいいのではないだろうか。
『特別課外授業』があろうと、ルカと一緒なら私は別に苦じゃないし、むしろ『特別課外授業』と銘打っているわけだから普段では経験できないようなことを学べるいい機会かもしれない。ルカは私という助けを得られるわけだから、まさにウィンウィンなたくらみと言えるだろう。
だからこれは悪巧みじゃなくて善巧みだよ。
「悪そうな顔してる……」
「失敬な」
ちょっと顔をもにもにして表情を調整しつつ、
「まぁ、今更勉強してもしょうがないしね……。むしろ、ルカちゃんは気分屋なところあるから、変に勉強して疲れがたまったら、明日余計にだめになっちゃう気がするよ」
「そっかぁ……確かに」
私が言うと、ルカは素直に頷いた。……まぁ、これは実際嘘ではないんだよね。ルカに無理に勉強を教えたら、絶対にそうなるし。
「でも、じゃあどうやってあかてんを回避すればいいのよ!?」
「そうだなぁ……」
別に私的には一緒に赤点をとればいいんだけど、ルカがこう言ってる手前、『一緒に赤点とろうよ!』って言うわけにもいかないし……。何か適当な勉強っぽい遊びでも提案するところなんだけど……何にしようかな。
あ、そうだ。
「いいこと思いついた。ルカちゃん、『睡眠学習』っていうのやってみない?」
「すいみんがくしゅう?」
私の言った言葉を繰り返して、ルカは不思議そうに首を傾げた。
私は頷いて、
「そう。簡単に言うと、寝ながら勉強ができるんだよ」
「何その大発明!?」
思った通り、ルカはすぐに食いついた。
「どうやるの!? すぐ教えなさい!」
「簡単だよ。ルカちゃんはそこで寝ればいい。私が、寝てるルカちゃんお耳元で勉強を教えてあげるから。そうすると、ルカちゃんが寝ている間に私が教えた内容を聞いて、それが身に着くという勉強法なんだよ」
「そ、そんなことでいいの……!?」
私の説明に、ルカはすっかり戦慄しているようだった。まぁ、そうだろうね。私だって寝てる間に友達が勉強を教えてたらそれが身に付きました! なんて言われたら『えぇ……』ってなるだろうし。
「それが本当ならわたし、今度から授業ずっと寝るわよ! わたし夜行性だから昼間はちょっと眠いのよね」
「それはダメだよ」
授業は起きて聞くものだからね。
「なんでよ! すいみんがくしゅうでしょ!」
「ルカちゃん。睡眠学習はね、既に知ってることを復習するのに使うものであって、全く知らない新たな概念を勉強するのにはあんまり向いてないんだよ」
「な、なるほど……」
私は睡眠学習なんてやったことないから完全に適当だけど。
「さ、そうと決まればルカちゃん。私のお膝で寝るがいいよ」
「え? 膝で寝る必要あるの?」
「あるの」
主に私が、ルカの寝顔を間近で見られるし。
という本音は胸に秘めつつ膝をぽんぽん叩くと、ルカは怪訝そうな表情を浮かべつつも私の膝に頭を置く。もふもふした耳がぴくぴくと私の太ももをなぜて、少しくすぐったい。
「えーと、ルカちゃんの今やってる単元は──」
私はルカの髪の毛を指で軽く梳きながら、記憶にあるルカの勉強した範囲の内容を暗誦し出す。
ほどなくして眠りの世界に落ちたルカに視線を落としながら、私は至福の時を過ごしたのだった──。
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