その5:なかだち
「全然ダメだったー」
抜き打ちテストからいくらか経った日の放課後、自室にて。
私の隣でそんな声を上げたのは、ルームメイトのナナ。ナナはこの間の抜き打ちテストで壊滅的な点数を取ってしまい、あの温厚なミライさんから『これはまずいですね……』と言われてしまい、『抜き打ちテストの追試』をやっていたのだった。抜き打ちテストの追試って、もう抜き打ちテストのパラドックスどころじゃないと思うんだけど……。
本当に、やればすぐできるようになるのにどうしてできないんだろう。ナナに聞いたら『本番は緊張しちゃって……』とかなんとかだったけど、よくそんなのでジャパリアカデミーの面接試験通ったなと思う。
「ナナは緊張しすぎなんだよ。教えたらすぐ分かるくらい地頭はいいんだから、落ち着いて問題に取り組めばこんなテストくらいなんてことないのに」
「そんなこと言っても! 赤点とったらダメだと思うと緊張するじゃん! ていうか全然緊張しないセツナちゃんがすごいんだよ!」
「いやまぁ普段通りやればいいだけだからね……」
私が特別というわけではなくて、他の皆も大体そうだから、むしろ特別なのは抜き打ちテストごときで緊張するナナの方だと思うんだけど……。
とはいえ、抜き打ちテストごときでここまで憔悴しちゃうとなると、定期テストのときはヤバそうだなぁ……とそこまで考えて、私は重大なことに気付いた。
そうだ、定期テストのとき……ヤバいじゃん!
私は定期テストに不安要素なんてないけど、目の前にいるこのポンコツピンク頭は違う。とすると、定期テストの時期には自室に戻るたびにナナの阿鼻叫喚具合を眺めるハメになるわけで……。…………うん、今のうちにどうにかしないと、テスト期間中は限界までルカの部屋に避難しなくちゃいけなくなる。あれ? それって実はかなりアリなのでは??? むしろ積極的に言い訳に使って、あわよくばテスト期間中相部屋を運営に認めさせるというのも……いやいや、あんまり四六時中一緒にいすぎるとちょっとアレだから……抑えきれなくなる。……ほどほどに、調整しないと。
「そんなに緊張するなら、こうしようよ」
そんな打算を以て、私はナナに提案する。
「テストのとき緊張しなくて済む方法を……フレンズに聞いてみよう!」
の の の
「おー! いいねいいね!」
私の提案に、ナナは開口一番に同意した。
……いや、自分で言っておいてなんだけど、そこですぐに『いいねいいね!』になるんだ……。『誰に聞くの?』とか『そもそもフレンズにテストで緊張しなくなる方法を聞いてどうするの?』とかみたいな疑問が出てきて当然じゃないかな?
まぁ、一応そこについては考えてるんだけど……。
「フレンズ達の特徴については全部調べてあるからね。緊張を和らげてくれそうなフレンズも、大体分かってる。その子の力を借りに行こうか」
「え。……セツナちゃん、言っちゃなんだけど教室でも放課後でもサーバルのフレンズとずっと一緒にいるのに、いつの間にそんな詳しい情報まで……」
「あくまで片手間程度にだから大したものじゃないけどね」
一応計画に参加してる身なんだから、同じ参加フレンズのことくらいは一通り調べるよ。
パビリオンにどハマりしていた頃、お母さんが言ってたからね、『やりたいことだけをやると、結局やりたいことはできなくなる。やるべきことをきちんとやって初めて、やりたいだけやりたいことができるのよ』って。
だから私は、ルカと遊びたいだけ遊ぶために計画参加者としてやるべきことはしっかりやるようにしているのだ。
「私、まだ顔と名前が一致してないフレンズもいるのに……セツナちゃんすごいなぁ」
「そうかな? まぁナナもすぐ覚えられるだろうし」
そもそも、顔と名前、パーソナリティの一致なんて遅かれ早かれ誰でもできることだ。ちょっとくらい早いからといって、意味のあることじゃない。というかナナは人懐っこい(というかフレンズ懐っこい?)から本当にすぐみんなの顔と名前くらい一致させそうだし。
ともかく、重要なのは一致させた情報をどうやって活用するか。即ち、今回のようにいかに適した状況で適した特技を持つフレンズとコミュニケーションをとれるか、ということだから。
「いやあ、本当に助かるわ! 頼りになるね!」
「ちなみに、情報を知ってるだけで話しかけたこととかはないので他のフレンズに仲介をお願いする必要はあるんだけどね」
「えっ!」
私が付け加えると、ナナは驚いたように固まった。何をそんなに驚いているのやら。私はあくまで『顔と名前と特徴を一致させた』だけでしかないというのに。
私が学校でも放課後でもルカとしか一緒にいないのはナナも知ってるでしょう。そんな私が、他のフレンズに助けを求めに行けるわけなんてないじゃない。初対面なんだから。
「……セツナちゃん、おかしなところで遠慮するよね……」
いやいや、普通でしょ?
の の の
で、フレンズに仲介を頼むと言えば……当然ながらその相手はルカしかいないわけで。私はナナを伴って、ルカの部屋まで遊びに来ていた。
まぁ? 私がルカの部屋に行ってることはナナ含めて多くの生徒に知れ渡っているみたいだし、もうそこまで行ったらルカの中でも『セツナ』はけっこうほかの生徒とは隔絶した友達って感じだろうし? ここまでくれば別に今更ナナがルカと友達になっても問題ないかな、みたいな思惑もあったりする。
「……セツナちゃん、何してるの?」
「ん、別に……扉をノックする前の準備体操」
ノックする心の準備を済ませた私は、怪訝そうな表情をするナナに答えてから、扉をノックす、
「はいはーい。セツナ、今日はほかの人も連れてきたの?」
「うびゃああああああああっ!!」
「わっ! びっくりしたわね……いきなり叫ばないでよ」
はー、はー……。ちょ、ちょっと準備体操を念入りにしちゃったかな……。
準備体操を念入りにすると、どうやらルカには私の足音が聞こえているらしく、向こうの方から出迎えてくれる。歓迎されているようでうれしいといえばうれしいんだけど、私としては完全に意識の外からルカの顔を見てしまうからすごくびっくりしてしまう。
……あ、本当に準備体操を念入りにしているだけだから。動き出す決心がつかないとかではないから。
ともかく!
「こんなところで立ち話すんのもなんだし、二人とも上がりなさいよ」
言いながら、ルカは私とナナを案内してくれた。
そして部屋に入りつつ、ルカは私に話を振ってくる。
「それで、今日はどうしたのよ? 珍しいじゃない、ヒトの知り合いを連れてくるなんて。ルームメイト……だっけ? その子?」
「あ、知ってくれてたのね! 私はナナ。よろしくね」
「うん、よろしく。わたしはサーバルキャットのルカよ」
あれ……ルカにはナナのことはまだ話題にも出していなかったような。学校でもそこまでおおっぴらには言っていなかったし、そんな情報を知ってくれているなんて、ルカはけっこう私のことを見てくれてるんだな……えへへ……。
「えっとね、えへへ。実はこの子、この前の抜き打ちテストだめだめでさ……。テストで緊張しちゃうらしくって、緊張しない為のコツをフレンズに教えてもらおうと思って」
「えー? わたしそういうの全然だめよ? というかわたしも、前回の抜き打ちテストだめだめだったし……」
「ああうん、ルカちゃんにテストのことは期待してない」
そこははっきりと断っておきつつ、
「ジャイアントペンギンのアンちゃんって子、いるでしょ? その子の特技が確か『人前で歌うこと』だったと思うんだけど、それなら緊張しない為のコツとか知ってるんじゃないかなと思って。でも私、その子と知り合いじゃないから……紹介してくれないかなって」
「えぇー……」
……あれ、意外と渋られてる。というかルカ、さっきよりも若干不機嫌になっているような。どうしたんだろう。私、何かしちゃったかな……? いや、もしかしてナナを此処に連れてきたこと自体ダメだった?
考えてみれば縄張りに知らない人を連れてきてるみたいなものだし、そう考えると私はルカの信頼を裏切ったことになってしまうんじゃ……!?
「まぁいいけど」
ど、どうしよう。謝らないと。このままだとルカに嫌われてしまう……!
「……セツナ? どしたの顔を青くして。なんか忘れ物でも思い出した?」
「ヒェッ」
と思考を巡らせていると、きょとんとした顔でルカが私の顔を覗き込んでいることに気付いて、思わず身をのけぞらせてしまった。ち、近い……! ルカの顔が、めっちゃ近いよ……!
…………ともあれ、この様子だとそんなに怒っていたわけじゃないみたい。どうやらさっきのは私の早合点だったみたいだ。よかった……。
「アンでしょ? アイツならりょーでたまに話すし、別に紹介くらいしてあげるわよ。ただアイツ、べんきょうとかそこまでできなかったと思うけど」
「いいのいいの!」
ルカの懸念に、ナナは笑いながら返した。
「セツナちゃん曰く、私勉強はやればできるらしいから。とにかくテストで緊張しない方法を身に着けることができたら、居間よりずっとよくなるんだって」
「へぇー……。セツナは色々考えてるのねぇ」
「そうだよ! セツナちゃんすごいんだー」
「うん、知ってる」
知ってる……知ってるかぁ。なんかこうして第三者を交えることでルカの私への評価が聞けると……すごく照れる。うふふ。
「じゃあ、案内してあげるから二人ともついてきなさい」
「はーい」
などと考えていると、話がまとまってるかが再度動き始めた。私は置いて行かれないようにナナと一緒になって返事をしながら、それに付き従って歩き始めた。
……どうしてもにやついてしまうのをこらえるのが、とても大変だった。うふふ。
の の の
というわけで、ジャイアントペンギンのアンの部屋まで私達はやってきていた。
水生生物のフレンズが住む部屋の近くということで、この周辺の部屋の床はプールのようになっている。どうやら同じような環境で住むフレンズの部屋はなるべく一か所にまとめておくのが方針ということらしい。
「おーい! アンー! いるんでしょー? 会いたいってヒトを連れてきたわよー!」
私達を連れてきたルカは、そう言いながらドンドンと扉を叩く。そんな乱暴な……。ルカと違ってペンギンはそこまで聴力もよくないだろうし、フレンズ基準ではこれが普通なのかもしれないけど。
「なんだぁー? 三人揃ってわたしの部屋の前に居座って」
「ひゃっ!?」
ひょこっ、と。
まさしく突然、後ろから声をかけられた私は、思わず飛び上がりかけながら声の下方向を振り返ってみる。
そこにいたのは、長い灰髪をした、小学生くらいのフレンズだった。
パーカーに水着についているようなパニエのミニスカート、ヘッドホン──そのどれもが、ペンギンのフレンズ特有の特徴だ。
どこか虚ろな気もする儚げな眼差しからして、まず間違いなくジャイアントペンギン──お目当てのフレンズ、アンその人だった。
「はじめまして! 私はナナ。よろしくね」
「はじめまして、私はセツナだよ」
「おーお~。ごていねいにどーも。わたしはジャイアントペンギンのアン。ま、気楽によろしく~な~」
アンはけらけらと笑いながら、
「んで、わたしに用って?」
「うん。実はね、私テストとかですっごく緊張しちゃって、それでどうしたもんかな~って思ってたんだけど、アンちゃんって人前で歌うのが得意らしいから、緊張しない秘訣とかあるのかなって」
話を振られたナナが、アンに事の次第を説明し始める。……うん、ここまで話ができれば、もう仲立ちは完了かな。
そう思ってルカに目くばせをすると、ルカもにっこり笑いながらこくりと頷いた。じゃ、退散しましょうか。
「……ん? てことは、そっちのセツナは別に緊張とかはいいってことか~?」
「そうだよ? セツナちゃんはテストも完璧なんだ」
「いや、そっちじゃなくて別の……」
「そっちはいいの」
言いかけたアンの言葉を遮るように、ルカはそう言って私の手をとった。
ほ、ほああああ……!! ルカと手つなぎ……!!!!
「じゃ、わたし達は部屋に戻ってるから。ナナ、ちゃんとアンから緊張しない極意を学ぶのよ」
「がんばってね~」
私はなんだか幸せのあまりふにゃふにゃした気分になりながら、二人に手を振りつつルカに手を引かれて部屋に戻っていった。
その途中、
「あっちは気長にやるみたいだぁね~。ま、こっちはパパっとやっちゃうかー」
なんて声が聞こえてきたけど……。何のことだろう。さっぱり分からないや。まぁ、ルカの手の感触があったかいから別にいっか……。
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