砦街少年団

 三十人ほどの砦街少年団は砦の正門まで移動する。

 背の高さの順に並んで二列歩行だ。

 砦と街を繋ぐのは巨大で重厚な門。

 無数の石材をアーチ状に積み上げて作られたその建造物は砦街少年団の行く手を遮る、まさしく難攻不落の城壁であった。


「いい、みんな? ここから先は悪の魔王のいる敵地……一瞬でも気を抜いちゃだめよ? 一人の勝手な行動でみんなが危険に陥るからね? さっきも言ったけど黒騎士は敵だから気をつけて? いい、分かった?」

『はいっ! 分かりましたミレー姉さんっ!!』

「でも、もしもはぐれて迷子になったら近くの大人の人に……黒騎士の人でもいいから、迷子になりましたってしっかり言うのよ。そうしたらちゃんと案内してくれるからね、いい、分かった?」

『はいっ! 分かりましたミレー姉さんっ!!』


 ミレーはうんうんっと満足したようにうなずく。


「潜入したらお昼までは全員で砦を探索して囚われのお姫様を探すわよ。お昼は砦の中で美味しい食事を用意してあるから楽しみにしてなさい。お手洗い休憩も挟むけど途中で我慢できない場合は恥ずかしがらず私に言うのよ? 漏らす方がもっと恥ずかしいからね? いい、分かった?」

『はいっ! 分かりましたミレー姉さんっ!!』


 エミルを筆頭とした砦街少年団はかなり緊張した様子で、しかし全員が大きな声をあげて元気に返事。

 そのやり取りをしているすぐ横では正門に設置された騎士詰所があり、いつもは皮鎧なのに今日に限って黒い鎧をつけた砦の騎士達が、訓練用らしきぼうを手にして厳めしい顔で立っている。

 それを何とも言えない気持ちで観察していたレッド少年は黒騎士の一人と目が合う。

 厳めしい顔のままこっそりウィンクをされたので、こっそりと会釈を返した。


 隣の家に住んでいるボブさんだった。


 エミルの横で、赤毛の幼女カエデが胸の前で小さい拳を握りしめてプルプルと体を震わせている。

 お手洗い……ではなく、ミレーの無意味にテンションを上げる説明にエミル同様に興奮して、これから始まる冒険に心躍らせているらしい。


「では、これから門を抜けるわよ……みんなが通り抜けるまで、私が白魔術で黒騎士達を押さえておくから、あそこに見える赤い旗が掲げてある場所で集合するのよ? ちゃんと並んで落ち着いて移動よ? いい、分かった?」

『はいっ! 分かりましたミレー姉さんっ!!』

「あ、それからエミル」

「はいっ! なんですかミレー姉さん!?」


 エミルは素早くミレーの前に出るとシュバッと敬礼した。

 

「エミルは団長なんだから、私に何かあったら・・・・・・・・、みんなを引っ張って行くのよ? あと一番小さいカエデの面倒はしっかりとね?」

「はいっ! 分かりましたミレー姉さん!!」


 やった! ミレー姉さんにナデナデされた!


 ミレーの言葉を反芻して頑張るぞーと気合いを入れるエミル。

 カエデの手を繋いでにぎにぎ。

 幼女は「うふーっ」と嬉しそうな声をあげてエミルを見上げる。

 そのやり取りを後ろで見ていたレッド少年は『ああ、これが前振りというやつか』と何だか悟ってしまった。


「あんたも、副団長なんだからしっかりとね・・・・・・?」


 念を押したように言われ、こっそりウィンクをしたミレーに頭をポンポンと撫でられてたレッド少年は『分かってます』と強く頷くのだ。



 砦街少年団の少年少女たちが見守る中、ミレーが黒い騎士達に静かに後ろから近づいていく……。

 ごくりと息の飲む一同。

 やがてミレーは黒騎士達の背後で両手の指を鍵爪に構えると、目をつぶりムニャムニャと怪しげな呪文を唱えだした。


「きぇー! これかしばらくの間は砦街少年団は見えなくナール!!」


 ミレーの白魔術(?)の掛け声と共に黒騎士達は戸惑ったように、なんだかわざとらしい仕草で周囲を見渡している。

 おぉっ! と声をあげる砦街少年団の一同。

 手を水平に伸ばし片足を上げた変わったポーズで白魔術(?)を維持してるらしいミレーがエミルをチラリと見た。

 以心伝心でエミルは大声で号令をだす。


「みんな、ミレー姉さんが押さえているうちに赤い旗の所まで移動するよー!!」

『おっ――!!』


 一番前をエミルとカエデ。

 一斉に、背の低い順で二列に整列して、黒騎士達の横を行儀よく歩いて抜ける砦街少年団の少年少女達。

 一番最後尾のレッド少年が半眼で砦の巨大な正門を抜けたと同時に黒騎士のボブさんが叫んだ。


「やや、貴様達は何者だー!? 怪しいやつらめー!? その首落として~魔王様に捧げる~生贄としてくれるわー!!」

「し、しまったー! 白魔術が破られたわー! みんなー! 早く逃げるのよー!?」


 ボブさんの棒演技につられて、ミレーの演技も棒になった。


 エミルを先頭に悲鳴をあげて逃げ惑う砦街少年団一同。

 そんな騒ぎの中、レッド少年は最後尾で、逃げ遅れや変な方向に逃げる者がいないかを冷静に確認した。

 大振りに振られる黒騎士達のぼうを大げさな動作で回避するミレー。


「くっ! こうなったらー! 自爆覚悟のー! 最終奥義をー! 使うしかないようねー!!」

「な、なんだとー!?」


 レッド少年が振り向くと、棒演技のミレーは遠くからでも聞こえる大声で最終奥義の使用を宣言した。

 なるほど、黒騎士達との戦いはどうやら佳境に入っているようだ。


『ミレー姉さんっ!!』


 砦街少年団、少年少女達の悲鳴が上がる。

 ミレーは黒騎士達から連続後転飛びで距離をとると腕をグルグルと回し叫んだ。


「必殺っ!! 相手を倒すけど自分も死んじゃう最終奥義!!」


 辺りを目を眩ますほどの閃光が包んだ……。


 光が収まった時、そこには地面に倒れ伏す幾人もの黒騎士と、座るように膝を着き、微笑み真っ白に燃え尽きている元砦街少年団団長ミレーの姿があった。


「う、うわ――――!! ミ、ミレー姉さーんっ!?」


 初めて見る人の死(?)という名の犠牲……。


 その光景に、エミルは絶叫し体をガクガクブルブルと震わせた。

 隣にいるカエデも状況が把握できていないのか、エミルとミレーをキョロキョロと交互に見て忙しない。

 そんな二人の慌てぶりが周囲の少年少女達にも伝わって、砦街少年団の混乱は最高潮に達した。


「何だ? さっきの音は!? やや、怪しいやつらめっ!!」


 統制のとれない彼らを嘲笑うように、詰所で見ていた・・・・黒騎士達がわらわらと出てきた。

 このままでは捕まってしまう!?

 しかしパニック状態のエミルはどうしたらよいのか分からず、泣きそうになりながらカエデの小さい手をただ握り締めることしかできなかった。


 エミルの肩を誰かがつかんだ。


 いつにない怖い顔をした彼は……副団長のレッド少年だった。

 エミルは息をのむ、彼女の救いの手はすぐ傍にいたのだ。


「落ち着くんだ! エミルは団長で一番強い子だろう? あの赤い旗まで行けば安全だから、みんなを連れていくんだ!!」

「え、で、でも、レッド。ミレー姉さんはっ!?」

「あ、そ、それは、多分大丈夫!? あれは、演技……いやいや、大丈夫! 問題ない! とにかく今は僕を信じて進むんだ!!」


 今一つ乗り切れていないレッド少年ではあるが、幸か不幸か場の空気を壊すほど幼くもなかった。


「う、うん、分かったよレッド! み、みんなっ! 落ち着いてー!! 慌てずに赤い旗の場所までいくのよ!!」


 エミルの号令に、水を吸う砂漠の砂のように混乱が消えていく。


 いざという時は一糸乱れぬ団結力を見せる……砦街っ子の特徴である。

 少年少女達は避難訓練で練習した通りに二列を作ると移動を開始した。

 途中で何人かが転んだがすぐに助け合い、それ以上の騒ぎは起きず、全員無事に赤い旗の置いてある建物の前に辿りつけたのだ。


 黒騎士達は砦の正門から動けない決まりなのか、追っては来なかった。

 

 その遠くの正門で『ふーやれやれだ』と立ち上がったミレーを、レッド少年は見てはいない……見ていない振りをした


 ふーやれやれだ。


「ふーやれやれだ」


「あ、あのレッド……」

「うわあ!? ……あ、エミルか。みんな無事に辿りつけてよかったね?」

「う、うん……その、ありがとうレッド」

「え? いや、エミルがちゃんと誘導してくれたお陰だよ」

「ううん、レッドがいてくれなかったら、どうにもならなかったと思う」

「いやいや……」


 お互いを褒め称え合う。

 レッド少年はクイクイと手を引かれ握られる……カエデだった。

 幼女は二人と手を繋ぎ見上げて「うふーっ」と笑った。

 二人も照れ臭いものを感じて笑ってしまう。

 その時、エミルが思い出したかのように騒ぎだした。


「あ、そう言えばレッド! ミレー姉さんはいないし、これからどうしよう!?」

「うーん、それかぁ……ここで待っていれば何か起きると思うけど?」

「え、そうなの!?」

「うん……多分ね。案内する人が出てくると思うよ?」


 レッド少年が言った途端に、建物の扉がガチャリと開く。

 勿体ぶった動きで扉から出てくる二人の男女を砦街少年団は一斉に見た。

 まるで物語の盗賊のような身なりの男が、少年少女達の前に出るとおどけた仕草で敬礼をする。

 大げさな動きで行われたそれは不思議と堂に入るものだった。

 その後ろに影のように張りつく……というより隠れるように盗賊風の女がいた。


「よーう、お姫様を救いだし、魔王を倒さんとする勇敢なる砦街少年団の一同諸君! 俺はミレーから代理を頼まれた、砦街一の色男の爆弾魔ボマー様だ。特別にボマーさんって呼んでいいぞ? こっからは俺達が砦を案内するから、よろしくなっ!!」


 そしてボマーさんとやらは、背後で彼のシャツをつかんで隠れている女に目配せをする。


「わ、私は……フィーア……よ、よろしく」

「いやいや、フィーア!? お前は幽鬼ファントムって設定だろう!?」

「あ……うん、トーマス……その、私はファントムよ?」


『………………………………』


 砦街で色々と有名なお祭り男トーマスと、見たこともない白皙の美人フィーアのちぐはぐな二人組みを砦街少年団の一同は疑いの目で見つめた。


 ともあれ、レッド少年の予想通り案内役が現れたようだ。

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