砦のお姫さま

 砦の治療部屋に朝早くから騎士ライトの訪問があった。


 女騎士ツヴァイはライトの肩を叩くと、聖女モーリィにしばらく離れるとアイコンタクトをして出て行ってしまう。

 同僚のミレーは本日は用事があるというので不在であった。

 モーリィとライト。

 珍しく部屋に二人っきりになると緊張した様子のライトが用件を切りだしてきた。


「はい? お姫様……ですか?」

「その……彼らはモーリィさんのことを探すようです」

「はぁ、私をですか?」

「ええ、まあ、そうなんです……」


 普段は歯切れの良い喋りの彼が、今日に限って要領の得ない物の言いである。

 何か事情がありそうだと、モーリィはライトに椅子に座ってもらい、お茶をだすことにした。

 喉を潤せば話をする手助けにもなるだろう。


「ライトさん、お茶を淹れますが薬草茶でよろしいですか?」

「あ……あれですか、すいませんモーリィさん、お願いできますか」


 ポットからトポトポと薬草茶を淹れると、鎮静作用があるという独特の甘い香りが室内に広がる。

 モーリィはお茶をだすと胸ポケットに入れておいた薬草クッキーの袋を取りだし、お茶請けに勧めてみたのだが赤面したライトに凄い勢いで断られた。

 ライトさんって苦いものが苦手なのかなと、モーリィは意外に思った。


 実際はそうではなく、ライトからはモーリィが豊かな胸の谷間からクッキーを取りだしたように見えたのだ。


「それで、ライトさん。先程のお話ですが、お姫様……王族の方が砦にお見えしているのですか?」

「ああ、いいえ、そうではなくてですね……」

「はい」

「モーリィさんがお姫様……ということになりました・・・・・


 モーリィはライトの言っている意味が理解できずキョトンとした表情をする。

 その普段は見ない様子の聖女に、ライトは一瞬見惚れてしまった。

 モーリィは目の前の騎士の顔を見る。

 彼からは冗談を言っているような雰囲気は全く無く、聖女モーリィは本人も知らぬ間にモーリィ姫になっていたようだ。

 砦で今まで過ごした経験が、嫌な予感をひしひしと伝えていた。

 モーリィは静かに目を閉じると眉間に寄ったしわを指で揉みほぐす。


「う、うーん、何やら面倒事が起きていることだけは理解できました」

「その通りのようです。ええっと、その……非常に申し訳ありませんが、モーリィさんを拘束させて頂きます」

「ええ、はい……」


 流れで何となく返答し、モーリィは薬草茶を少し飲んでから「あれっ?」と思った。

 

 真意を問うべく空色の瞳でライトの目を見ると、二人の背丈と座高の違いから意図せずに見上げるような視線になった。

 魅惑的な上目使いというやつである。

 抜け気味のモーリィはそのことに全く気づいていないが、やられたライトはたまったものではなく、首まで真っ赤にして顔を横に逸らした。


 彼にとって……彼じゃなくても聖女のそれはかなりの破壊力であった。


(ライトさんって彫りの深い顔立ちなんだ)


 当のモーリィはお茶を啜りながらそんなことをボンヤリと考えた。


「あのーライトさん?」


「野郎ども狩りの時間だ! ひゃはあああああああああああああああ!!」


 モーリィがどういうことか改めて問いかけようとすると突然、聞き覚えのある雄たけびとともに治療部屋の扉が蹴破られた。

 彼女が「ひぃ!?」と驚くと同時に、騎士トーマスを筆頭とした第三騎士隊の愉快な面々がゾロゾロと雪崩れ込んできたのだ。

 予想もしない出来事に万歳して「ひぇー!」と絹を裂くような悲鳴をあげる聖女モーリィ。


 彼女は瞬く間に、第三騎士隊のごろつきどもの手によって、わっしょいわっしょいと肩担ぎで持ち上げられ連行されていった。



 ◇



「いいかしらみんな、これからさらわれたお姫様を救いだし、悪の魔王・・を倒しにいくわよ!!」


「よし! みんな頑張ろうっ!!」

『はーい!』

『ええぇぇっっっ!?』

「ちょっと男子だらしないよっ!?」


 砦街の少女エミルは二十人近い同年代の男子達を叱咤しながら、自分含め十人ちょっとしかいない女子の中でも、一番元気な返事を返した幼女の頭をぐりぐりナデナデしてあげた。


 指に返る良い手触り、幼女カエデは「うふーっ」と嬉しそうな声をだす。


 カエデはエミルが最近仲良くなった友達で、しっかりとしているのに彼女より四つも年下らしい。

 だがそれは些細なことだ。

 年上が年下の面倒をみて、いざという時は命を賭けても守る。

 それが闇の森の魔獣の襲撃に怯え撃退していた頃より砦街に受け継がれてきた掟。


 そう、砦街っ子は皆兄弟家族。


 エミルはその伝統を忠実に守る砦街少年団団長なのだ。


「いいわ! 実にいい気合いよエミル! 元砦街少年団団長として私も安心できるわ!」

「ありがとうございます! ミレー姉さんっ!!」


 腕組みして仁王立ちしているのはミレーとその肩に乗る丸玉の影さん。

 シュバッと敬礼しながらエミルは感激する。

 団長時代に数々の伝説を残してきた尊敬するミレー姉さんが褒めてくれたのだから!


 エミルのやる気はますますうなぎのぼりだ。


「それに比べて今回・・の男子達の情けないことといったら……!」

「いやいや、だってどう考えてもおかしいよミレー姉さん」

「レッド! 腰抜けはだまらっしゃい!」

「問答無用かよ!? ミレー姉さん、酷いよ!!」


 副団長のレッドが泣き事を言う。

 彼は団の中でも一番頭が良くて機転が利くので、外から来たばかりの人間であるにも関わらずエミルが砦街少年団副団長に推薦したのだ。


「というか、お姫様ってモーリィさんでしょう? あの人、僕と同じで田舎のほうからでて来たってクッキーくれながら前言ってたし!!」


 そこまで言って何を思い出したのかウフッと頬を染めるレッド少年。

 それに対してエミルは面白くないものを感じてムッとした表情を浮かべ、地団太を踏んでしまう。


「それは世を忍ぶ仮の姿! 本当はとある滅びた王家の一粒種? ……って、この手紙には書いてあったでしょう!! それにうちの一番上の兄さんも、モーリィさんのことは『俺のお姫様だ女神様だ結婚したい!!』って、いつも言っているのよ!!」

「それ絶対意味が全然違うってばっ!!」


 何が違うというのか?

 砦街少年団に届けられた挑戦状の手紙に、モーリィがある王家のお姫様と書かれていて『やっぱりかっ!?』とエミルは思ったのだ。


 砦の治療士モーリィ・モルガン。


 エミルが二年前・・・に井戸端会議で初めて見た時の印象は、地味な長袖にズボンと野暮ったい治療服を着けているというのに、隠すに隠せない清楚で可憐な美しさと、たおやかさをもった完璧な淑女レディである。

 白銀色の輝く髪に空色の澄んだ瞳という幻想的な特徴も相まって、エミルにとってモーリィは理想とする女性像……いや御伽話にでてくるお姫様であった。


 そして恐ろしいことに、このひどく美化されたモーリィの印象は、エミルのような少女だけではなく砦街全体に広がっていたのだ。


 勝気で明るくて賑やかな性格の砦街の女性とは明らかに育ちが違う、穏やかで優しい雰囲気と落ち着いた物腰を持つモーリィは、砦街の若い男達の間では住む世界の違う高嶺の花としてマドンナ的存在となっていた。


 また若い女性の間でも、モーリィの月のような神秘的な美しさに憧れる者がかなりでていて、最近になって娘達の間でズボンが大流行しているのは彼女の影響であることは間違いなかった。


 当の聖女本人が聞いたら静かに黙祷し、深いため息をつきながら眉間のしわを揉み解していただろうが。


「よーし、みんな準備はいい? お手洗いまだの子はいるかな? あ、大丈夫かな。それじゃ、悪の魔王に乗っ取られた砦に侵入するわよ? いい? 黒騎士は全員、闇っぽい力で洗脳された砦の騎士だから油断はしちゃだめよ!!」


 どう見ても闇属性っぽい影さんを肩に乗せたミレーが、砦街少年団の面々を大げさな仕草で見渡して熱い演説せつめいをした。

 その何とも盛り上げる雰囲気にあっさりと乗せられたエミルは、有り余る力を持て余し今にも走りだしそうだ。


 そんな団長エミルのテンションが周りにも伝わったのか、乗り気では無さそうだった男子達もやる気になり、砦街少年団のボルテージがドンドンと上昇していく。

 唯一、純粋な砦街イノシシっ子ではないレッド少年だけが『う、う~ん』と半眼の目つきの低いテンションのままなのである。


 そこにトンテンカンと木槌を打つ心地よい音がレッド少年の耳に届く……三日後に砦街で行われる『砦街の魔王討伐祭』のための準備の音。

 

 いま彼らがいる、この大広場の周辺も様々な飾り付けが施されていた。


 今から砦で行う砦街少年団の魔王討伐も、それに関係したことなんだろうなーと砦街少年団の中で一番聡い彼は思うのだ。

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