旅する女神
翌朝、早めに宿を出てリポーブの西門に向かった。
女神は「街を出る頃にまた会おう」などと言っていたが、本当に来るのだろうか? いや、今まで何気なく聞き逃していたが、僕の行動全てが分かっていた。ギルドに来ることも、宿で一泊することも、ましてや今日街を出ることさえ分かっていた。
「どうせ門の前で待ってるんだろうな」
ボソッと呟いた言葉、だが現実になる確信はあった。だって自分の決めたことは絶対曲げないタイプだからだ。これは自信を持って言える。
それよりも問題なのは女神同伴での旅だ。食事、宿賃諸々の経費が倍になる。ましてやあの大食らい。いや、だが相手は女神。食べなくても生きていけるんじゃないか……?
「おい! おぬし」
その言葉にふっと我に返った。いつの間にか西門を潜っていた。
「おぬし、よもやわしを置いていこうとはすまい?」
大人びた女性の妖艶な声。しかしこの古臭い言い回しは知っている人物。だが、その方向に振り向くといるのは自分の背丈より少し高い女性。着物姿に黒髪を長く伸ばし、足元は歩きやすさを意識しているのか裾が膝丈までしかない。
「………」
「なんじゃ? 惚れたか? わしじゃよ。わし」
呆けた僕の目の前で妖艶な女性はクルッと一周すると、途端にあのギルドの酒場で樽ごと一気飲みしてた幼子に早変わり。
「おぬしはどっちが好みじゃ?」
決めたと言わんばかりにポーズを取る幼子――女神――に門番をしている甲冑姿のトカゲは呆れていた。
「女神さん、いきなりそんなことしたら誰だって驚きますよ」
「いや、この者はわしを知っておる。故にわしに惚れたのじゃ」
人差し指を口元に持ってゆき、瞳を潤わせて誘う女神に一つ咳払い。
「女神、本当に付いてくるんですか?」
「当たり前じゃ! わしは約束を違えん。それと女神と呼ぶのは最後にせい。もちろんミコクノカミもじゃ。そうじゃの、これからはサチとでも呼んでくれ」
腕に抱きつく女神、いやサチに少しばかりの動悸を感じるも、ここで平静にしないとまたからかわれそうだ。
「女神、僕はそこまでして女神の神話を聞きたいわけでは――」
「サチと言うたじゃろ! おぬしがなんと言おうと付いていくぞ。ましてや約束までさせておいて無下にするつもりか?」
この女神……食い下がるつもりのようだ。全く話にならない。
「あんた、女神さんと約束しておいて破るってのは天罰を受けますよ」
このトカゲ! 余計なことを………!
「ほれ、天罰を食らいとうないなら連れて行かんか」
「………分かりました。連れて行きます。でも女神の食費、宿代諸々のお金は持ちませんからね」
「チッ、卑しいの………相分かった」
今聞こえるように言ったね!? わざと聞こえるように言ったね!? なんかもう女神とは思えなくなってくる。あの口を塞がれた男が女神に対してああいうのも分かる気がする。
「それで、旦那さんはこの先どちらに?」
「キングリラの宮都に向かおうかと」
すると門番のトカゲは目を丸くして内まぶたで瞬きをした。
「キングリラにですか。しかし、ここから出るとアルゴス前線に当たるのでキングリラ兵から疑われますよ」
それは承知の上だ。それにアルゴス前線を少し見たかったりする。
「分かってます。なのでここから大回りしてマルスタ街道を経て東門から入ろうかと」
それにまた門番は内まぶたを瞬きする。
「へぇ、旅ってのは大変ですねぇ……どうも、うちらの街が迷惑掛けて、申し訳ない」
深々と頭を下げるので慌てて制した。容姿の割にはかなり律儀なトカゲだ。
「さて、行くぞ。門番よ。街のもんによろしく言うてくれ」
大手を振って「分かりました~」と笑顔で見送る門番に会釈をして幼子を連れた旅姿の物好きは地平線に向かった。
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