Ⅴ 生きたい

 寿梨の一方的な逆恨みだが、その気持ちは分からなくもない。友だちとはいえ全て言い合える訳では無い。身近にあるSNSがその捌け口。顔が見えない分普段言えない言葉も簡単に言えてしまう。

 直接言う言葉を“刃物”に例えるならば、SNSでの言葉は“弾丸”だといえる。無差別に傷つけられるし、気にしないようにって思うほど、多くの弾丸に当たる。そして尚更、見えないことをいいことに撃つのをやめない。

「わたし、どうしたらいいでしょうか...?

 じゅりの本音が分かったって、わたしの状況が変わるわけじゃないし、あったことが全てなかったことにはならない。このまま元に戻ったとして何が変わるの?イザナイさん、死神なんでしょ?もう私の魂もらってください!そのほうが...、ずっと、ずーーっと楽でしょ?」

 言葉が見つからない俺は直視できなかった。

「ほんとにそれでいいのかい?」

 声をかけたのはミケット博士だった。

「見せたいものがあるんだ。少し待っていておくれ。」

 そう言って博士が運んできたものは、瓶の中で揺らめく炎のようなものだった。

「これは人魂さ。」と博士が言うと

「ヒエッ」と小さくゆりさんは叫んだ。

 確かに、普通の炎とは異なり妙な暖かさがある。

「人魂って科学的に作れることが証明されているし、本物の人魂なんて実際はありえないはずじゃ...?」

「日辻...、君は頭がかたいな。何でもかんでも科学で証明されたことだけが有り得ることならつまらんじゃないか!!」

「でも、博士は科学者ですよね?」

「ああ、そうだが、我輩は非科学的なことも信じた上で研究している。まずは何事も受け入れることが進歩への第一歩なのだよ。」


 それから博士は人魂の説明を始めた。

「──つまり、元々魂と肉体からだは別に存在していて、それらが結びついて初めて一人の人間になる。結びついてからはお互いに離れることが難しい。ごく稀に亡くなった人の魂が残留思念として地上に遺っていることがあるだろ?無理矢理に肉体と剥がされたことで、魂が成仏できないのさ。」

「それが無いように、ボク達死神がいるんだけどね。」とイザナイが付け加えた。


「君がこうして魂と肉体が離れてしまった状態でも、『肉体からだは生きている』ということは、君自身が『生きたい』と強く願ってるからなんだ。ほら、あの画面に映るベッドの上の君の姿が見えるかい?」

 さっきまで蒼木寿梨を映していた画面は、病院のベッドで人工呼吸器を付けられたゆりさんを映していた。

「お母さん...?お父さん...?さとる?」

 その傍らには、彼女の家族の姿も見えた。

 ベッドサイドモニターの音が鳴り響く。

 一刻を争う状況。 早くしなければ本当に彼女は死んでしまう。


「君は今までたくさんいろんなヤツらに傷つけられただろう。苦しんで悩んだ。その上で更に自分で自分を傷つけてどうする。

 決して死ぬことが楽になれることではない。」

 博士は落ち着いた声で語っていたが、目は鋭く彼女を見つめていた。

「わたしが、わたし自身が生きたいと願っている...」

 彼女はポツリ、ポツリと博士の言葉を反芻していった。

 瞳からは大粒の涙が溢れていた。

「結局、最後の最後でわたしを裏切ったのはわたしなのかもしれませんね...。こんな状況にならないと気づけなかったなんて、バカだ。自殺するしかないなんて。そんなことないのに……。わたしを追い込んだのは、じゅりでも、周りの人でもない。間違ってた。

 本当は、生きたい。生きたいよ...!!!」

 彼女が叫んだ瞬間、辺りが強い光で包まれた。

「やっと言えたね」

 そこには、純白の翼に白いスーツを身に纏う青年が立っていた。


「エ、エルマ...!!」

 イザナイにエルマと呼ばれるその青年は、意味ありげに微笑んだ。


イザナイ、キミは死を司る者だろ?だから、ここからは生を司る己の仕事さ。彼女を元の世界に帰してあげよう。」


「エルマ!勝手なことするな!!」と引き留めようとしたが、

「またな。」

 そう言い残し、ゆりさんを連れて消えていった。

イザナイ、さっきのエルマって?」


「彼は、『天使』なんだ・・・。」

 そういったイザナイの視線は、エルマの去った虚空を睨みつけていた。


「おや?これは何かな。」博士が何かを拾い上げた。

「この写真、ゆりさんだ。」

 そこには笑顔の彼女の姿が写っていた。

「じゃ、じゃあ今、ゆりさんの様子そのパソコンで見れるんじゃないかな!」

 パソコンに駆け寄ると画面に突然砂嵐が起こった。

「あー、故障してしまったか...。」博士は頭をかいた。

「あの時、悪い気を帯びてしまったせいですね...」とイザナイは何故か申し訳なさそうにした。

「対悪魔用のウイルス対策ソフトを開発しないといけないな。」


 その後の彼女らの様子を知る術は無かったが、きっと上手くいっているのだろう。写真の表情は心から笑っていたのだから。


「生きることへの決意、か。」



 ──カチッ

 腕輪が数を刻む音が聴こえた。




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