Ⅱ 思い残し

「なぁ、イザナイどうするんだよ。友達になるって言ったけど、海翔の未練果たせるのか?」


「うーん。それはわかんないよ。」

 あまりにも適当な答えに俺はうなだれた。

 その様子を見たイザナイは、


「まぁまぁ、なんとかなるって!ボクをなんだと思ってるの?死神だよ!し・に・が・み!!こんな案件は手馴れたもんだよ♪」


 イザナイは、胸を張って「大舟に乗ったつもりでね、安心して。」と言った。

 なんだか不安だが、死者に関しては死神が一番よく知っているのだろう。

 俺も、手伝えることはやろうと思った。


「海翔くんは、何をしたい?」イザナイが訊くと、


「ぼく、遊園地行ってみたい!行ったことないから!」


「おっけー!よし、じゃ行こう!」


 俺達は、遊園地へ行った。何年ぶりだろうか。

 海翔は嬉しそうにはしゃいでいた。イザナイもちゃっかり一緒になってはしゃいでいた。


「ふー楽しかったー。」

 ひと通り遊んだ海翔は、ベンチでぐでーっとしていた。


「何か飲み物買ってこようか?」と言うと、


「コーラ飲んでみたい!!あのぶくぶくいってるやつ!飲んだことないんだー。」

 海翔が、そう言ったので俺はコーラを買ってきた。


「大丈夫か?」


「ん?だいじょぶ、だいじょぶ~!男なら一気に飲まないとね!」

 と、調子に乗って海翔は一気にコーラを飲んだ。

 案の定ブシャーと噴き出してしまった。

 海翔びっくりして固まってしまっていた。

 それを見た俺とイザナイは、腹を抱えて笑った。


「言わんこっちゃない。はい、この水飲んでー。」と、予備に買っておいた天然水を海翔に渡した。


 海翔の服は噴き出したコーラでベチョベチョに濡れてしまったので、近くの洋服店に立ち寄った。


「ねぇ、兄ちゃん!ぼくかっこいい??」

 試着してポーズをキメている海翔。かっこいいというより、可愛かった。


「似合ってるよ。」

 俺は海翔の選んだ服の会計を済ませた。


「ねぇねぇ、日辻くん!ボク、イケてるかい?」


 振り返るとそこには、全身派手な服を身にまとったイザナイがいた。


「なぁ、イザナイ。そんな服着てどこに行くつもりなんだ?」

 俺は苦笑いした。イザナイは、「結構似合ってるって思ったんだけどなー。」と、服をしぶしぶ元に戻した。


 それから俺達は、駄菓子屋や、本屋に、ケーキ屋に、立ち寄った。海翔にとっては全て初めて行った場所だったらしく、瞳を輝かせていた。


「海翔くん。あとは、どこに行きたい?」そうイザナイが訊くと、


「ぼく、海に行きたい!!」


「──えっ?!海??」

 海翔の突然の提案に驚いた。


 ここから海は少し遠いが、「分かった!行こう!」とイザナイは勢いよく言った。


 俺は車を借りて、海へとばした。


 俺達は街外れの港町に来た。

 船のドラの音、漁から帰ってきた漁師たちの歌声、猫が戯れじゃれている。

 快晴の天気で、目の前に広がる青々とした海。自然豊かな、昔ながらの漁師町という感じだ。


 ここには、子供を連れて海水浴ができるような場所はなかった。どうして海翔がここに来たいと言い出したのかが分からない。


「海っていいよねー。潮風に当たると全部嫌なことも忘れられるよ。」

 そんなことを呟いたイザナイは、何か辛いことがあるのだろうか。

 海を眺めるイザナイの目は、どこか遠くを見つめていた。

 俺は少し気になったが、イザナイに訊くのはやめておいた。


「ぼくのね、ママも同じこと言ってたよー。外になかなか出られないぼくを元気づけようとして、車で海に連れていってくれたことがあったんだ。」


 海に行きたいと言い出したのにはそんなわけがあったんだ。


「ママはいつもここに来た時に、

『潮風は辛いことを全部忘れさせてくれて、未来に希望を持たせてくれるの。海翔の名前も、大きくて広い海に海翔が潮風に乗って大きく羽ばたいてほしいって思ってつけたんだよ。』って言ってた。だから、ぼくこの名前だぁい好きなんだー!」


 海翔は、目をキラキラ輝かせて言った。ママのことが大好きだってことがよく伝わってきた。


「優しいかあさんなんだな。」と俺が言うと


「うん!優しいの!ぼくママのことが大好き!.....だけど」


 ──ぽつ、ぽつ


 海翔の手の甲には大粒の涙が零れた。


「ぼく、そんなママを悲しませてしまったんだ。ずっーと、ずーっと...。いつもママはぼくに、『ごめんね...ごめんね...。』って謝っていたの...。ぼくは、ママに謝ってほしくなかったし、ママの笑顔がいちばん好きなのに...、そんなママをずっと悲しませてしまってたんだ。ぼく、身体が弱かったけどその分、ママからたくさん幸せを貰った。

 でも、ぼくはママから幸せを奪っちゃったのかもしれない...!!」


 多分、海翔は亡くなってからずっとこのことが心残りだったんだろう。

 ママに会いたくて、謝りたくて、

 ありがとうって伝えたくて────。


 俺が手助けできることは何かあるだろうか。俺が、海翔の思いを届けたいと強く思った。


「海翔くん、ママに会いに行ってみないか?」イザナイが訊いた。


「...ママには僕は見えないよ。行ってもお話しできないよ。」

 海翔は、絶対に無理だと言った。


「たとえ、話せなくても伝える方法はいくらでもあると思う。きみの気持ちは、絶対母さんに伝えるべきだよ!なあ、日辻くん君もそう思うよね??」


俺は少し考えて、

「うん、俺もそう思う。イザナイがそう言うなら俺はいくらでも協力したい。そして、海翔にも思い残しをなくしてほしいからな。」


 俺は、ナビをセットし海翔の記憶にある住んでいた家へと急いだ。

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