第5話

 次の日の朝、わたしたちはさらなる非常事態に見舞われていました。

 なんと、クーラーの蓋が一晩中開いたままになっており、中の食べ物の大半が乱暴に床に投げ出されていたのです。


「とりあえず、まだ食べられる物を取り出そう」


 律子の指示にしたがって事故現場を確認してみた結果、肉類や魚介類のほとんどは生身のまま床の上にくたばっており、氷は言わずもがなですが全滅。全て溶けてしまっていました。生き残った食物をもう一度冷やすことができません。

 あとは、水たまりとなってしまった牛乳は救いがたいですが、蓋が閉じていたジュースは大丈夫そうです。野菜類は常温でも数日の間は大丈夫でしょう。

 パンやお菓子、カレーのレトルトやパックご飯などもあるのでしばらくは持ちますが、六日間の食料としては少し心許ない量です。


「とりあえず、早めに腐りそうなものから消費していけばどうにかなるだろう。だが、残った六日間、満足な量を摂取するには、この島で食料調達をする必要がある」


 生き延びた食物をカウンターの上に並べながら律子は言いました。


「じゃあ、さっさと集めにいこ。待てば待つほどお腹が空いちゃうし」


 タイムリーにぐぎゅーと腹の虫を鳴かせている瀬高さんが言うと、説得力がありますね。

 というわけで、今日の課題は食料集めということになりました。


***


 朝食を食べ終えたわたしたちは、着替えなどの準備をするために一旦各自の部屋へと戻ります。

 最後に個室に入ってきた律子は、他のみんなが部屋に戻ったことを確認すると、個室の扉をばたんと閉じました。盗み聞きされないために用心しているみたいです。


「朝食中にみんなから情報を少し収集してみた」

「何かわかったんですか?」

「昨日の夜、何をしていたのかを聞き出した」


 要するにアリバイですね。律子は部屋の真ん中で屈み込み、わたしと幸が傍に寄ると、小声でみんなの証言を語り始めました。


「奈々と美々は部屋でトランプを遊んでいたらしい。瀬高は寝ていたと言っていた。そして、聖堂は外で木刀の素振りをしていたみたいだ。佐川は部屋にこもりっきりだから、話を聞くチャンスがなかった」


 佐川さんと新宮さんは親友でしたからね。きっとかなりのショックを受けたのでしょう。

 それにしても、なんだか一人だけあからさまに怪しいのがいますね。


「どうして聖堂さんは夜中に素振りをしていたんでしょうか?」

「夜しか開いた時間が取れなかったんじゃないか? 昨日は一日中、忙しかったからな。あいつのことだし、練習を欠かすわけにはいかないのだろう」


 やっぱり怪しいですね。わたしが眉をひそめて訝しげな視線を律子に送ると彼女は語りを続けました。


「まあ、行動の理由など、私はどうでもいいと思っている。立証のしようがないからな。重要なのは、誰が嘘を吐いているのかだ。アリバイを否定する物的証拠か矛盾さえ見つければ、簡単に犯人をあぶり出せる」


 本当にそう容易くどうにかなるものなのでしょうか。律子は自信満々に犯人を見つけると宣言していますが、常にマイナス思考なわたしには不安や心配しか込み上がってきません。自ら罠に踏み込もうとしてしまっているような気すらします。


「今の所、私が目をつけている可能性がいくつかある。一つ目は奈々と美々による共同犯行。二つ目は聖堂の単独犯行。そして、三つ目は佐川の単独犯行だ」

「でも、佐川先輩は新宮先輩の親友だよ?」


 わたしが丁度胸中に抱いた疑問を、幸が口にしてくれました。あんなに仲が良さそうな親友を殺してしまうなんて、わたしにはとても考えられません。


「確かに彼女たちは親友同士なのかもしれない。だが、結局それは私たちが勝手に抱いている幻想ではないのか? 本人たちが実際にそう思っているとは限らないだろ。人の心は脆弱だ。些細なことを理由に壊れてしまうのはよくあること。だから、私が挙げた三つの可能性は動機などを考慮していない。各自のアリバイを頼りに誰があの時間に、あの場所で、他の誰にも見つからずに新宮を殺害できたかを考えてみただけだ。聖堂の近くに他の子はいなかった。美々と奈々は聖堂と同室だったので二人の他には誰も彼女たちの個室にはいなかった。そして、瀬高は寝ていたので犯人にはなりえない」


 なるほど。ですがそれだと、ほぼ全員が犯人候補ということになるので、全く前進していないような気が……。


「瀬高さんが嘘を吐いている可能性はどうなんですか?」

「現段階では考慮する必要がない。佐川に訊けば嘘かどうかがすぐにわかるはずだからな」


 なるほど、なるほど。同室の佐川さんなら瀬高さんが昨夜何をしていたかを知っているはずです。


「もし二人の主張が矛盾していたらどうするんですか?」

「その場合は佐川と瀬高の二人に疑いをかける必要が生じるだけだ。私はそのような矛盾を見つけるまでは全員の言葉を事実として見なす。そして矛盾を利用して可能性を一つ一つしらみ潰しにしていく」


 この調子で査問を続けるのであれば、先はかなり長くなりそうです。

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