第7話 綾音の正体

 部屋に入ると、綾音は僕のベッドに座っていた。

「それで、話って何だ?」

 綾音はにっこり笑った。

「私、コチョウランの妖精じゃないよ、お父さん。」

 僕はその場で硬直した。

「……お父さん?誰が?」

「勇気くんが。」

 もう訳が分からない。

「私はね、お母さんのお腹にずっといてね。でも、産まれる前にお母さんが死んじゃったの。」

「ちょっと待った!その、お母さんって、まさか……。」

「彩、だよ。」

 その瞬間、頭が真っ白になった。

「ウソだろ……。」

 僕はその場で座り込んだ。

「それでね、お母さんが、天国でこう言ったの。あなたは、一度もお父さんに会ったことないでしょう?だから少しだけ、下界で暮らせるようにしてあげる。だからお母さんの分まで、お父さんと遊んで来なさい。って。」

 僕は涙が出そうなのを必死でこらえた。

「なんで早く、それを言ってくれなかったんだよ……。」

「だってー。これ言ったら絶対勇気くん泣くと思って。それに、口止めされてたし。」

 僕はあることに気づいて、隣に置いてあるコチョウランを見た。

「じゃ、じゃあ、コチョウランは関係ない……のか?」

「まあねー。」

 コチョウランはカーテンからもれた日の光に照らされ、輝いていた。

「ごめんね、勇気くん……。私、明日には帰らなきゃいけないの……。」

 綾音は今にも泣きそうな顔だった。

「綾音が謝ることじゃ、ないだろ……。」

「勇気くん……。」

 綾音は僕の前に座って……泣いた。

 だから僕は、綾音を抱きしめた。

「こんなこと、普通だったら、無いんだよ。死んだのに、こうやって、生きてる人と、会えるなんて、本当に、普通だったら、無いんだよ……。」

「うん。」

 綾音は半透明で、体温は感じられない。

 でも、綾音の瞳から落ちてくる涙は何故か、熱かった。

「やだよ……。ずっと……、このままがいいよ……。」

 綾音は声を上げて、泣いた。

 僕は、少しでも綾音が笑顔になるように、背中をさすってやった。

「勇気、くん……。」

 しばらくたつと、綾音は泣き止み、僕から離れて涙を手で拭っていた。

「多分、いや、絶対。勇気くんに会いたいのはお母さんだから。お母さんの分まで楽しまなきゃいけないから。」

「うん。」

 綾音は、満面の笑みをうかべた。

「泣いてたら何も、始まんないもんね!」

 綾音は勢いよく立ち上がった。

「よーし、勇気くん、お散歩行こう!」

 そう言うと、綾音は走って外に出た。

「え、ちょ、ちょっと待てよ。おい、綾音!」

 僕は急いで綾音を追いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る